夏蝉、鳴く 22
代役が立つ。
ダンスの世界でもある話だ。
ただ、それはサポートで待機しているメンバーがいるから成立する話である。
自分のポジションを持っている、しかもまだデビューして一年足らずの経験も浅い子が出来る訳がない。
私の経験がそう語っている。
私は悩んだ。
手は恐る恐る挙げたのに、萌の目は真剣そのもの。
出まかせで言った訳ではなさそうなのだ。
撮影まで時間がある訳ではない。
とりあえず、彼女に一度踊らせてみる事にした。
彼女は振り入れが早いが分かっている。
踊れていなくても、その場で教えればいい。
しかし、彼女が踊り始めるとその心配は杞憂に終わった。
彼女はちゃんと踊れていたのだ。
しかも、今すぐ撮影を開始しても問題ないレベルで。
私は細かいアドバイスをいくつかし、撮影スタッフの元に戻る。
「行けます!」
私のその一言を待っていたかの様に、一斉に準備に戻るスタッフ達。
その顔には、安堵の表情が浮かんでいた。
こうして、MV撮影は無事に日程をこなす事が出来た。
完成した映像は必然的に萌が映ったカットが多くなり、センターの西村よりも目立っていた。
ファンの間では萌のMVと言われているらしい。
この撮影の功労者なのだから、これくらいのご褒美を貰ってもバチは当たらないだろう。
「萌、この部分だけ踊ってみてくれない?」
撮影も終わり、通常のレッスンに戻る。
レッスン終了後、メンバーに頼まれた彼女。
その部分をすぐさま踊って見せた。
「なるほど!そう動くのか!ありがとう!」
その踊りを真剣な眼差しでみた後、質問したメンバーは去っていく。
その光景が、普通に行われている。
そのせいで、異常さに今まで気付かなかった。
「萌って、他のメンバーのポジションのダンスどれくらい覚えてるの?」
質問したメンバーを私は呼び止め尋ねる。
「確かめた事はないですけど、全ポジション覚えてると思います。他のメンバーも、よく質問してるの見るんで」
それを聞いた時、私は柄本萌の認識を改めなくてはならない事に気づいたのだった。




