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また弦を切ったあの子  作者: 角河 和次
夏蝉、鳴く
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夏蝉、鳴く 19

私が鳩崎先生と話した事は萌には言っていない。

恐らく、その事を話せば萌は喜んだだろう。

でも、話せなかった。

今新しい道を進んでいる彼女を迷わせたくなかったから。


「カクテルグラスのドロシー」

彼女が16区ナゴヤの柄本萌だった頃、ファンやスタッフからそう呼ばれていた。

カクテルを引き立たせるガラスの器という意味合いを持っている。

センターがカクテルならグラスが彼女。

彼女のステージでの振る舞いはまさにその言葉通りだった。


萌はいつも周りの空気を察して動いていた。

西村珠紀という絶対的なエースを支え、ダンスのフォーメーションではどのポジションでもこなす事のできる存在。

グループにとってそういう役割の人間は必要だと思う。

ダンスを作る側の人間としてもそういう人がいてくれると非常に重宝する。


バイプレーヤーとしての立ち位置。

無意識かどうかは定かではないが、萌はその役に収まっていた。


ただ、「カクテルグラスのドロシー」という異名はもう一つの意味を持っていた。

そもそも、何故「カクテルグラス」なのか。

彼女を一気に主人公へと押し上げた曲の名前がそれだったからだ。

魔女に飲み込まれなかったお伽話の主人公。

柄本萌はたった1曲でスポットライトを浴びるシンデレラになった。


彼女にはヒロインになるチャンスがあった。

シンデレラストリートには充分過ぎるほどの事を彼女はやってのけたのだから。

だけど、そのチャンスを彼女は掴まなかった。


"私思ったんです。ただ、踊りたいだけじゃダメなんだなって"

あのライブの後、萌は言った。

そして、バイプレーヤーとしての自分の立ち位置に拘ったのだ。


私はその言葉を鮮明に覚えている。

今のバンドでベースを弾いているのを見て、彼女らしいなと思った。

相変わらず、彼女は変わらない。


誰かに期待されいると分かったら彼女は頑張ってしまう。

自分のやりたい事を差し置いてでも。

だから今、余計な物を背負わせるわけにはいかない。

自分で選んだ道を歩いて欲しいから。

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