卒業のあと 26
扉の前まで来た私は、立ち止まる事なく、私はノックをする。
ここまで来たら勢いで行かないと恐らく動けない。
テレビのロケでバンジージャンプを飛んだ際にそれを嫌という程学んだ。
先ほど事務所の扉の前であたふたしていた自分を恥じる。
少しでも大人に、成長して行かなくてはいけないと思う。
背筋を伸ばし少し待っていると、扉が開く。
自分の中の警戒レベルを少し上げ何があっても大丈夫な様に備える。
社長室に入るのは初めてだ。
「失礼します。」
深々と頭を下げる。
礼儀作法はアイドルになって身体に染み付いている。
特に、挨拶は大切だ。
「よく来てくれたね。」
私は耳を疑う。
聞き覚えのある声だが、恐らく今私はとんでもない表情をしていると思う。
顔を上げていなくてよかった。
恐る恐る顔を上げ周りを見渡す。
ガラスのテーブルを高級そうなソファが囲み、奥には社長の机が置かれている。
壁には高価そうな絵ではなく私達がデビューした時に撮った集合写真が飾られている。
高級そうなソファに座る人物が2人。
一人はこの事務所の社長。
社長室に来たのだから社長がいるのは予想できた。
問題はもう一人の方だ。
「23区トウキョウ」「16区ナゴヤ」を作ったプロデューサーで、その全ての曲の作詞も行なっている人物。
「お久しぶりです。鳩崎先生。」
私達は先生と呼んでいる。
ライブなど大きなイベント以外、滅多に会う事はない。
ましてや「23区トウキョウ」ならまだ知らず、姉妹グループの一員でしかない私が個別に会話した事はない様な方だ。
頭の中の警戒レベルが最大まで上がる。
むしろ、非常事態宣言が発令された。
予想外の事態に頭がついていかない。
私は背中に一筋、嫌な汗が流れたのを感じていた。




