夏蝉、鳴く 8
「これ!ずんだ餅ですか?」
黄緑色の餅を目の前に置かれ、私は懐かしい気持ちになった。
「ずんだ」とは枝豆やそら豆をペーストにしたもので、それに砂糖などを混ぜ餅に練り込んだのがずんだ餅と呼ばれる。
「嬢ちゃんよく知ってるな。先週仙台に行った時に買ってきたんだ」
店長は先週1日お店を開けた時、宮城県に行っていた様だ。
「かなり遠くまで行ってらっしゃったんですね!」
私はずんだ餅が結構好きだ。
ツアーで宮城県にライブに行った時、ケータリングコーナーに置いてありよく食べていた。
牛タンの人気が凄まじく影に隠れてしまう存在だったがリハーサル中の間食としてはちょうど良く重宝していたのだ。
「それにしても、嬢ちゃんがベース持たずにくるなんて久々だな」
コーヒーを飲んでいると店長が言った。
「確かに久しぶりですね。選考も終わりましたし、少し踊りたくて」
私はずんだ餅に手を伸ばす。
「そうか。嬢ちゃんはダンス好きなんだな!」
ダンスが好き。
そう言われた時、一瞬考えた。
後ろめたさを感じてしまったのだ。
踊ることが当たり前の中にいた。
踊れなければ周りに迷惑をかけてしまうし、そもそもステージに立つ事は出来ない。
だから、必死に練習もした。
その内、色んな事が出来る様になった。
新しい曲が手元に来る度心が踊った。
踊れる様になる事、技術が上達する事が嬉しくて。
心から好きだったはずなのに。
居残りしてまで踊っていられたのに。
またコーヒーを啜る。
調子に乗って何も入れずにブラックで飲んだがやっぱり苦い。
角砂糖を1つ入れる。
味覚はなにも変わっていない。
ダンスから離れた私はダンスを好きと言ってもいいのだろうか。
あの頃の様に打ち込めていない私が。
口元に付いた黄緑色の粉をハンカチで拭き取る。
ハンカチに付いたずんだの粉。
私の口元を拭ってくれたあの人の事を思い出す。
あの人は今日もダンスの練習をしているのだろうか。
鏡に向かい必死に練習する姿を想像し私はハンカチを置いた。




