夏蝉、鳴く 5
「萌さんじゃないですけど、私もうすぐコンクールが始まるんです!」
加奈子ちゃんはドーナツを食べながら嬉しそうに話す。
「そうなの?私の心配してる場合じゃないじゃん!」
驚いてコーヒーをこぼしそうになる。
今までコンクールがあるなんて微塵も感じさせずにいた彼女。
しかもついこの間まで、なんなら今日も私の心配をしてくれていた。
選考の度に不安になっていた私とはえらい違いだ。
「お気遣いしていただきありがとうございます。でも、全然大丈夫ですよ。もう慣れてますから!」
コンクールとは何かよくは分かっていない。
ただ、加奈子ちゃんの顔を見る限り強がっている感じはしない為、本当に慣れているのだろう。
「そうなんだ!私、コンクールってよく分からなくて」
トランペットだけでなく、クラシックの世界のことをよく知らない私。
彼女から詳しくコンクールの事について話してもらった。
彼女曰く、今回出るのは国内の若手の最高峰のコンクールとの事。
50年以上続く格式のあるもので、最優秀賞が出ない事もあるくらい厳しい。
様々なコンクールで良い結果を残したものだけがエントリーする事を許され、全国の名の知れた若手が集まるらしい。
私は唖然とした。
目の前にいる彼女は格式のあるコンクールに出る事の出来る逸材。
学業の方も学年1位。
しかも、細身の美人ときている。
才色兼備とは彼女の為にある言葉ではないか。
彼女の持っている事実だけで否が応でもその事を納得させられる。
そんな人が目の前にいて、美味しそうにドーナツを食べている。
忘れかけているが、元々は私のファンで握手会にも来てくれていた。
今までフラットな態度で彼女と接していたがそう考えると背筋が凍った。
知らないという事は時に危険に自分を晒す事になる。
ただ、今更丁寧な態度にするのもわざとらしく見えるし、今までの態度を謝罪するのも彼女を困らせてしまうだろう。
結局今のままでいる事にした。
私の中で小高加奈子はもう加奈子ちゃんなのだから。




