たりないぶたい 48
「これいる?」
私は加奈子ちゃんに口臭予防のタブレットを渡す。
「欲しいです!萌さんありがとうございます!」
下の名前で呼んでもらえる様になったが、相変わらず敬語は外れていない。
心の距離が近付いたとは言ってもまだまだ道のりは長い。
店を出て2人で駅へと向かう。
こうやって帰るのは2回目。
前は加奈子ちゃんのオーケストラの定期演奏会の時だった。
あの時は大人ぶって食事代を全部支払ったが今回は割り勘。
本当は今回も全部払おうと思ったのだが、お会計を見て心が折れた。
あの人と2人で焼肉に行った時の倍の金額が記載されているレシートは財布の中。
レシートを捨てなかったのは次に加奈子ちゃんと行く時は食べ放題にしようと心に決め忘れないようにする為だ。
電車に乗ると前と同じように彼女はすぐに夢の中へと落ちてしまった。
多分電車に乗ったら寝てしまう習慣があるのだろう。
トランペットを大事そうに抱えながら少女の様な表情で私の肩にもたれかかっている。
私も眠い。
でも、私が寝てしまったら最寄り駅で降りれなくなってしまう。
だから寝る訳にはいかない。
ベースを足元に立てかけ、気を紛らわせる為車内を見渡す。
私が名古屋の学校に通っている頃は車両の中の乗客のことなんて気にもしていなかった。
いつも窓の外を見ていたから。
もしかしたら、私の肩にもたれかかって寝ている彼女とも同じ列車に乗っていたのかもしれない。
お互いの事を認識せぬまま隣同士の席に座っていたかも知れない。
同じ時刻、同じ列車でも座席が少しでも違えば会う事はない。
運命の出会いなんてロマンチックなものは信じていなかったけど、今私達が一緒にいる事はそれなのかも知れない。
「萌…さ…萌さん!着きましたよ!」
加奈子ちゃんに起こされ我に返る。
眠気まなこで駅名をみると私達の最寄り駅。
トートバッグとケースに入ったベースを手に持ち慌てて電車を降りる。
難しい事を考えていたらいつの間にか私も寝てしまっていた様だ。
柄にもない事は考えるものじゃない。




