たりないぶたい 46
「今日は大変でしたね」
小高さんがロースターの上のお肉をひっくり返す。
肉が焼ける音。
でも、今この音はテーブルの主旋律ではない。
「めっちゃ疲れたよ。だからお肉を身体が求めてた!」
私は笑いながらお肉を食べる。
2人の間で会話が弾む。
2人の話し声がこのテーブルの主旋律なのだ。
「小高さんも今日レッスンだったんでしょ?毎週名古屋まで行くって大変じゃない?」
「うーん、考えた事なかったかもしれません。物心ついた頃からやってるのでそれが当たり前でした」
彼女は淡々と語るが、学校が終わると名古屋にいる先生にレッスンを受けにいく。
土日は一日8時間練習する日も珍しくなく、休日はほぼトランペットに費やす。
こんな生活を16歳にして10年以上続けているらしい。
ただ例外として、私の握手会に行く時は先生に頼んで午後からのレッスンにしてもらっていたらしい。
そういえば、彼女が握手会に来るのは決まって午前中の早い時間だった。
小高さんはそこまでして私の握手会に来てくれていたのだ。
今その事を伝えられるとなんだか申し訳なくなる。
彼女だけじゃない。
ファンの皆さんは私に会うために色々なものを犠牲にして足を運んでくれていたのだろう。
握手会では様々な人と接してきた。
褒めてくれる人もいれば、悪い点を指摘してくれる人もいたし、友達みたいに接してくれる人もいれば、小高さんみたいに私に憧れてくれる人もいた。
もちろん心無い言葉をいう人もいたが、色んな人と接することの出来る握手会は楽しかった。
来てくれた人の事は全員じゃないけど、まだ覚えている。
「柄本さん大丈夫ですか?」
小高さんは不安そうに私の顔を見ている。
また私は物思いにふけていた様だ。
「ごめん!ごめん!大丈夫だよ!」
気を取り直し彼女の話を聞く事に意識を向ける。
ところが、彼女は私の方を真っ直ぐ見つめたまま動かない。
「これ使ってください」
小高さんは私にハンカチを渡す。
「え?あれ?なんで?」
彼女にハンカチを渡され気づいた。
自分が泣いているのだと。




