たりないぶたい 28
萌がこのグループを卒業した後、バンドをやっている。
ファンの方が教えてくれた。
このフェスに出てるらしく、その事がファンの方々の間で話題になったらしい。
その話を聞いた時、素直に嬉しかった。
ちゃんと夢に向かっているんだなって。
なんだか目頭が熱くなった。
私は涙腺が大人だから。
メンバーにこの事を話していたらきっと泣いてしまうに違いない。
だから、なるべくみんながその話をするまで知らないふりをしていたし、話題に挙がった時も聞く側に徹していた。
珠紀は今日、ステージでパフォーマンスをする前に萌に会っていたらしい。
彼女曰く元気だったそうだ。
正直私も会いたかった。
でも、キャプテンとして私が楽屋から抜け出すわけには行かない。
そう自分を正しその感情を抑えていた。
幸いな事にまだ彼女達の順番は回って来ていないみたいだし、テレビで見れないだろうか。
せっかくなら元気な姿も見たいし、演奏も聴きたい。
そう思っていた矢先、見覚えのある顔を見つける。
「次はこのバンドだ!vacant land!」
MCの方の紹介で入ってきたのは期待していたその本人だった。
髪は短くなったが間違いない。
柄本萌だ。
歓声が上がる。
案外人気はあるみたいだ。
と思っていたが、萌以外は驚いた顔をしている。
歓声に慣れていないのだろうか。
こんな状態で大丈夫なのだろうかと心配になってしまう。
一緒に観ていたメンバー達も不安そうな表情だ。
でもマイクの前に立った時、その不安は解消された。
萌がいい目をしているから。
ちゃんと気持ちを作ってこのステージに臨めている。
「こんにちは。vacant landです」
ボーカルの子が一言挨拶。
会場が静かになる。
決して、会場が白けた訳じゃない。
会場の観客全員が音を待っている。
この静寂はいつもなんとも言えない気持ちになる。
興奮と緊張が同時にやってくるから。
その数秒は何度味わっても新鮮だ。
きっと萌達も今そう思っている筈。
手も声も震え上がりそうな気持ちを必須に抑え込んでいるはずだ。




