たりないぶたい 0
「不安だよ。でも、いつもの事だから」
小高さんの瞳から目を逸らす。
もちろん今のは強がりだ。
彼女に弱い姿は見せられない。
私は元アイドル。
彼女にとって憧れの存在で居なくてはならない。
ステージに上がれば笑顔を作り続ける。
それがアイドルだ。
コンサートだけじゃない。
テレビでも、雑誌でもそう。
誰かが見ているなら辛い顔は見せる事は出来ない。
その癖が抜けないのは、小高さんの前だけではない。
先輩達の前でもそう。
吐きそうな位緊張していてもそれは見せられない。
迎えた3次選考会当日。
私達は朝早くからライブハウスにいた。
ライブが始まる3時間も前から。
「じゃあギターの方音ください」
今岡先輩はステージの上でギターの弦を鳴らす。
音響スタッフの声に従って。
ライブ前のリハーサル。
これは物凄く時間がかかる。
ライブを行う為の準備はかなり多い。
楽器のチューニングは当たり前。
楽器の音とボーカルの歌のバランス調整。
「返し」と呼ばれる音の調整。
「返し」とはモニタースピーカーと呼ばれる各演奏者の足元にあるスピーカーから流れてくる自分達の演奏の事。
この音の音量を調節していく。
この調整を間違えると、自分達の音が分からなくなり演奏し辛くなるらしい。
観客が入ると自分達の音が聞こえなくなる。
アイドル時代はダンスをしたりステージを動き回る為、イヤーモニターを使っていた。
だから、この作業の重要性はわかる。
今回はこの様な作業を10組分。
時間がかかる筈である。
私達なんかよりずっと早く、スタッフの方はこの様な作業を行なっている。
ライブをやるという事は簡単ではないのだ。
「では、歌い出しだけ音ください」
一通り楽器の音を調整が終わると、音響スタッフの方から指示が出る。
10組もいると1曲演奏出来る時間がない為、演奏出来るのは歌い出しだけ。
私達は楽器を構える。
このライブハウスは300人を動員できるそうだ。
2次選考の会場より広い。
先輩達は慣れないステージに緊張しているのだろう。
動きが硬い。
引きつった顔のまま第一音目を奏でるのだった。




