赤黄色の胸騒ぎ 40
「先輩達はもう帰られるんですか?」
変化に気付いてもらうことを諦めた私は話題を変える。
「そうだな。課題もあるし、夏休みには模試もあるし勉強はしておかないと」
そう言って先輩達は私の横を通り過ぎて行く。
少し期待を裏切られた気がする。
だが、楽器屋に来たのは今の自分を見せびらかしに来た訳じゃない。
ベースの練習に来たのだ。
基礎練習は欠かす訳にはいかない。
「今日は少し気合い入ってたな」
お店を出る前、豊田先輩が私の顔を眺めながら言う。
結局私の化粧に気付いたのは豊田先輩だけ。
だけど、少しだけ嬉しかった。
お店のカウンターの中に立てかけられたベースを背中に背負って私はスタジオに降りていく。
もちろんこのベースは自分のいつも使っている物。
実は小高さんと駅で待ち合わせする前にお店に寄って置かせてもらっていたのだ。
商店街や栄の街と打って変わり、そこは暗くて静か。
この方が居心地がいい気がする。
身体も身体もリセットさせていくように、私はベースの練習を始めた。
「嬢ちゃんそろそろ店閉めるぞ」
ベースの練習をしている1時間はなんで早いのだろう。
授業を受けている時は5分でもとても長く感じるのに。
店長に言われ私はスタジオを出る。
「店長コーヒー淹れられたんですね」
店内に戻るとそこには私の好きな匂いが広がっていた。
そういえば、最近は先輩達といる事が多くこの匂いに会うのは久しぶりだ。
店長はカップを私の前に差し出してコーヒーを注ぐ。
その間会話はない。
淹れられたコーヒーを一口。
久しぶりの苦味が私の舌を刺激する。
「久しぶりに飲みましたが、この苦味私は好きですね」
その言葉を聞いた店長はニヤリと笑い自分のカップにコーヒーを注ぐ。
金木犀からコーヒーの匂い。
今日は鼻が幸せな日だ。
コーヒーをもう一口。
すると店長は私に問いかける。
「どうだ?調子は?」
随分ざっくりな質問だ。
私はその大味な質問に対しこう答える。
「全然ダメです」
私は苦い顔をしてもう一度コーヒーに口をつけた。




