赤黄色の胸騒ぎ 3
「せっかくだから言ってみなよ。ただし、時間はあまりないから手短にな」
恐縮している彼の背中を押す。
彼は名古屋会場のスタッフではあるが、演奏を一切聴いていない。
だから、語るとしたら演奏以外の事になる。
彼がこのバンドについて何を語りたいのか。
俺は少し興味があった。
「このバンドのベースの女の子なんですけど…」
彼が話し始めたのは名古屋会場での出来事。
新人ADである彼は雑用を任されており、審査員への弁当配りや、アルバイトで来ているスタッフへの指示などを主に行っていた。
そんな彼が慌ただしく会場の廊下を駆け回っている時、髪の短い女の子とすれ違った。
その子はきっとお手洗いから帰るところだろう。
手にはハンドタオルが握られていた。
すれ違う瞬間、その女の子は彼に頭を下げこう言った。
「おはようございます!今日はよろしくお願いします」
突然の事に驚きながらも急いでいた為、軽く会釈してその場を通り過ぎた。
その後も仕事に追われ、その事を気に留める暇もなく働いていた。
ようやくひと段落ついたのは、夕方になる手間。
彼は冷めた弁当を食べながらスタッフルームで遅い休憩を取っていた。
「あの子凄いな。ショートカットの女の子」
「確かに!いきなりでびっくりしたけどな」
休憩室ではアルバイトのスタッフ達がある女の子の話題で盛り上がっていた。
「ちょっと地味だったけど、可愛かったよな」
「あんな可愛い子に礼儀正しいく挨拶されたら悪い気しないよ」
その会話を聞いていて、彼はすれ違いざまに挨拶して来た女の子のことを思い出す。
話を聞いていくと、どうやら彼女はすれ違うスタッフ全員に頭下げていたようだ。
アルバイトも新人ADも関係なく。
そんな人間は名古屋会場で彼女しかいなかった。
そして、その会場にいたスタッフ誰もが彼女の顔を覚えていたのだ。
かなりの人数の出場者いる会場で。
と、まあ手短にと言ったはずなのにかなりの長尺で話をしてくれたADの彼の話はこんな感じだ。
これでも、自分なりに短くしようと努力したのだろう。
彼からはまだ話し足りないという雰囲気が漏れ出している。
これがまとまるようになれば、彼も立派なディレクターになれるだろう。
俺ははそう思い彼の将来を案じた。




