チョコ予約〜合理的なバレンタインにチョコを貰う冴えたやり方〜
私、飯島 薫17歳は、夏の暑さに完全敗北して教室の自分の席に座り、机に顔を突っ伏して寝ていた。
「あ、暑いよぉ。」
こんな一人言を言い出したら、もうヤバい。窓際の席って普段は風が吹いて気持ちが良いのに、今日は無風で直射日光がガンガン私を焼いてくる。
ジュースを買いに行こうにも行く気力も無いし、大体今月は漫画を買いすぎて先立つ物も無い。
でもこのままでは人知れず熱中症になって・・・下手したら死ぬ。
その時、私の首筋にヒヤリと冷たい感触が。
「ひゃっ!!」
もう変な声出たじゃんよぉ・・・誰?
私が振り向くとそこには意外な人物が立っていた。
クラスに一人ぐらい居るメガネガリ勉キャラの大河内・・・うん、下の名前知らんわ、大河内ナントカ。
「これは前金です。」
クールな口ぶりでペットボトルのスポーツドリンクを私に差し出す大河内。
「いやいや何の前金だよ。ワケを話しなよ。ドリンクは有りがたく貰う。」
私は大河内からスポドリを奪い取り、ガブガブと一気に飲み干す。
「良い飲みっぷりですね。」
「ぷはぁ、こんなことで感心すんな。で、私に何か用事?」
「はい、折り入ってお願いが。」
面倒事なら速攻で断ったる。
「では単刀直入に言わせて頂きます。バレンタインデーに僕にチョコをくれないでしょうか?」
「あっ?」
意味が分からなかったから断ることが出来ない。
まだ9月だし、それも男の方から頼むとか、しかも何故私?
「ワケ分かんないんだけど。」
結局それしか言えなかった。
「でしょうね。それではワケを話します。僕・・・バレンタインデーにどうしてもチョコが欲しいのです!!」
急に声がデカい!!このメガネはバカなのか?
でも待てよ。私にチョコを頼むってことは・・・私のことが好き?
えぇ!?ヤバい・・・そんなの慣れてない!!
自分でも分かるぐらい顔を赤くする私。
それを察したのか、大河内がこう言い放った。
「いや違いますよ。別にアナタのことは好きじゃありません。」
冷静に、極めて冷静に否定する大河内。殴りたいわぁ。
「ならなんでアタシなのよ!!」
「飯島さんはサバサバしてて後腐れなさそうだと思って。」
チッ、中々に人間観察出来てやがる。私は自他共に認めるサバサバ女子である。
「僕、思ったんです。このまま義理チョコも貰えないで高校生活が終わったら悔いが残るって。だから無理矢理でも貰って、思い出を脳内変換してチョコをちゃんと貰ったことにしようかと。」
とんでもないバカだなコイツ。やっぱり勉強し過ぎるとダメだな。
私が呆れているとも知らずに更に大河内は畳み掛けてきた。
「一万円払いますし、ホワイトデーは全力でお返しを制作します。あとは土下座しましょうか?」
ここまで来るとスゲーな。しかし一万円か・・・。
「乗った!!」
「あ、ありがとうございます!!じゃあ土下座を・・・。」
「土下座したら殺す。」
この後、私が湯煎すら知らなかったことが大河内にバレ、意外にも料理が上手な大河内からの料理特訓をさせられるハメになった。
あれから20年、私は結婚して主婦になり、バレンタインデーのあの変な体験は、変な思い出になっていた。
今、私の17歳娘が台所でチョコを作っているのを目撃したので、丁度あの頃の変な思い出が頭を過ったところ。本当に嫌な思い出、鳥肌が立っちゃったわよ。
「あれ?チョコってどうやって溶かすんだっけ?バーナーであぶるの?」
・・・ヤバい、見守ろうかと思ってたけど、まずは家を守らないと。
「ストップ。私が手伝ってあげるわ。」
「あ、ママありがとう♪」
しかし、可愛い娘は誰にチョコをあげるのかしら?
ここで私の変な思い出が再び蘇り、一応確認の為に私は娘に聞いてみた。
「まさかチョコ予約されたんじゃ無いわよね?」
「え?普通に好きな男の子に私からあげるだけだよ。」
あぁ、ホッとした。娘まで変なことに巻き込まれたんじゃないかとヒヤヒヤしたわよ。
「でもパパは9月ぐらいから予約してきたよ。あげたら一万円くれるって。」
・・・私は笑顔の娘を見ながら頭を抱えた。あのバカ自分の娘にまで要求しやがったな。
というワケで私の苗字は飯島から大河内になってしまった。
皆もチョコ予約には注意してね。