5話 強敵現る
『んー、さっきもここ通ってなかった?』
『俺は、さっきからずっとそんな気がしてるぞ・・・』
ヴォルフとの戦いの場所から結構
歩いて行ったが完全に迷ってしまっていた。
まず、途中で気が付いたことだが
この洞窟はほとんどがT字路や十字路だらけの
単調なマップになっている。
しかし、その単調さが目印のない洞窟で
迷っている最大の原因となっていた。
しかもゲーム、地図がない。
大問題である。いきなり洞窟を地図もなしに歩かされるとは
思いも寄らなかった。
『もしかして、このゲーム洞窟歩いてるだけで終わっちゃうかも』
妹が冗談めかして、不吉なことを言う。
『さすがにないだろう』と笑って返したものの、
今歩いているこの道がさっき歩いた道ではないという
確証も取れず、内心嫌な予感がしていた。
『痛って!』
またも首のあたりに痛みが走る。
犯人はあの蝙蝠だ。最初のやつはある程度歩いたら
どこかに行ったが所々に配置されているらしく
たびたび攻撃され、居なくなったと思えば
また攻撃されるのを繰り返していた。
「グルル…」
どうやら痛みも共有される様で
食べ物以外には興味がないシャーも流石に
イライラが募り始め、今にも俺の首ごと噛み砕かんとしている。
『おかしいな、広大な大地を冒険し、仲間と交流し、
強敵を倒すみたいな感じを考えていたんだけどな・・すまん』
長いこと歩いて、蝙蝠の嫌がらせを受けているせいか
なんだか、気分が滅入ってきた。
こんな予定ではなかったんだが・・
『ありゃ、さっきの冗談真に受けちゃった?
まあ、まだ始まったばっかりだし、いつかどっかに出るよ』
『そうかねぇ・・・』
『もう、落ち込んでないで、私をこのゲームに誘っておいて
リードしないなんてお兄ちゃん失格だよ!』
フードから出てきた小さな炎が
俺を叩こうとするが命中せず、俺の体をすり抜け
妹がその手を見て複雑な表情を浮かべている。
たぶん、気合入れの為にやろうとしたのだろうが
触れられないというのはやはり少し不便なのだろう。
しかし、確かに誘った俺が真っ先に
諦めるというのは兄としてどころか人間として
不味いことである。
何とかして、俺が打開策を見つけなければならないだろう。
しかし、どうしたものかと考えていたところに
ふと、カツン・・・カツン・・・と
何かが洞窟内に響く音が耳に入ってくる。
『もしかして、誰かの足音?』
妹にも聞こえたらしく、その音の聞こえる方向に向く。
どうやら、この先の突き当り左から聞こえるようだ。
『もしかして俺たちと同じプレイヤーがいるんじゃないか!』
『ヴォルフみたいなモンスターかもよ?』
『それでも、このまま出口を探すよりましだろう!
よしよしよし、希望が見えてきたな!』
『あっ、ちょっと待ってよ!私これ以上早く動けないんだから!』
おっとと
危うく妹を置いて走り出しそうになる。
そうだそうだ、リ-ドしなきゃいけないんだったな。
妹のスピードに合わせて、音のする方向に向かう。
何回か曲がり角を曲がるたびに音が大きくなり、
その足音が増えていくのが分かった。
恐らく、数は三、四ぐらいだろう。
『数が少し多いな。』
『流石にヴォルフみたいな敵が何匹も出てきたらやばいんじゃない?』
『ああ、だからバレてもすぐ逃げられるような
距離を保っていこう・・・ん?』
ふと、少し先にある次の突き当りの壁にオレンジ色の光が差し込むのが見え、
だんだんとその光が強くなっていく。
『あれって・・・』
『やべえ、戻れ!』
俺はとっさにすぐ近くの壁にに隠れる。
妹は反対側の壁に隠れたようだ。
ここならば距離は近いが死角になっているので
見つかることはないだろう。
慎重に覗いてみると
間をあけず、光の正体が姿を現す。
現れたのは、松明を持った四人組、体格から見るに
全員男だろう。すかさず識別を試みる。
★イキリット lv4 ヒューマン|ファイター 通常状態
★シン=ボォル lv4 エルフ|ウィザード 通常状態
★スマットフォン lv4 ワーウルフ|ファイター 通常状態
★デスマーチ lv4 リザードマン|ファイター 通常状態
何か名前の最初にヴォルフの時には無かった
星のマークがあるが直感でこのマークの意味を感じ取った。
恐らくこれは『別のプレイヤー』だ。
別の人間がこのゲームをプレイしているという
喜ばしい瞬間なのだろうが
俺は一番会いたくなかった敵を見つけてしまったといえるだろう。
「魔物」____全ての種族と敵対する者だ。意思はなく、死ぬまでただ破壊や虐殺を繰り返す者
他の種族を上回る力を秘めているが、別の種族が魔物を見つけたら仕留めに来るだろう。
俺たちが属する魔物の説明文を思い出す。
このまま素直にあの人達に次に進む道を尋ねれば、間違いなく
袋叩きに合い、狩られてしまうだろう。
これは、ここに来るまでに考えていた。だから、
レベルが低ければ不意打ちをし、一人だけ残して
尋問にかけて、情報を吐かせようとか考えていたのだが・・・
『まさかレベルがあんなに高いとはなあ・・』
ヴォルフはレベルで負けていたが
数と妹の不意打ちにより勝てた。
しかし、数もレベルでも負けてしまったら
流石に勝ち目がない。
『戦わないの?』
『ああ、とてもじゃないが勝てる見込みがない・・
というか、お前あれを見て戦うつもりだったのか』
『意外と何とかなりそうじゃない?』
『とてもじゃないがそうは思わないな』
四人組はこっちには来ないで、
そのまま通路を通りすぎていく。
どうにも迷いがないように見える、
もしかしたらこの洞窟のどこかに‥
その瞬間、首筋に痛みが走り、瞬時にまたもや蝙蝠に噛まれたのだと
理解した。そこまではよかった。
だが、この一撃が少しずつ切れていた
一本の線が俺のすぐ横で切れた。
瞬間、怒りと憎悪の混じった化け物の叫び声と
表現するしかない雄叫びが洞窟を揺るがした。
俺は反射的に伏せ、耳を塞ぎ、目をつむった。
声の主はシャーだ。頭を振り回し
所構わず噛みつこうとする様子は明らかに異質だった。
痛みもそうだが今考えてみれば、長いこと食べていなかったのが
一番の原因だったのかもしれない。
叫び声の中で何かの声が聞こえる。
徐々に小さくなっていく雄叫びに反して
その声は鮮明に聞こえてくるようになる。
「なんだ、今の声は!」
「ヴォルフか!?」
「いや、ヴォルフはあんな声出さんだろ」
「レアモンスターかもしれないですよ」
「声はあっちからだ。とにかく行ってみよう」
まずいまずいまずい
位置がばれてしまった。耳に激痛が走るが
そんなことを気にしている余裕はない。
『相手に位置がばれた。逃げるぞ!」
『お兄ちゃんのシャー・・・躾が必要みたいだね』
急いでさっき来た道を戻ろうとするが
何故か足が思うように動かない。
『どうしたのお兄ちゃん?』
『いや・・足が動かないのだが・・』
感覚的には綱引きのように逃げようとする方向の反対に
引っ張られている気分だ。
四人組の方には動かせている。
まるで別の意識に動かされているような・・・
いや、考えている時間はない。
『だめだ動かない・・戦うしかないのか・・』
『オッケー!戦うのね!』
そういうと妹の手に黒いエネルギーが集まり
球状になっていく。
ヴォルフの時と同じ技なのだろう。
もうやるしかないだろう。
曲がる寸前に襲い掛かれば何とかなるかもしれない
何とかならなかったら、妹には謝って
好きなお菓子でも買って許してもらおう。
足音がすぐ近くまで聞こえ、
俺はより深く伏せ、とびかかれる体制を作る。
「失敗してはいけない」、「ここで失敗したら
本当に役立たずになる」ともう一人の自分が囁きが聞こえ、
プレッシャーが重くのしかかり、足音と共に心が締め付けられる様だ。
そしてついに松明をもつ、黒髪の端正な顔立ちの男が
その姿を現した。