幸せ
許されないことから、許されるべく生きることは、なんともまあ、難しい。
彼は28歳の青年だ。見た目は今の若者といった風で、髪の毛は茶色く痩せていて、話し方の下品な人間だ。
僕は猫だ。
ただの猫だ。僕は彼のことが好きだ。
だけど、彼の愛情に答えられない。
僕にはうつしてしまう、病気を持っているからだ。
彼は自身の仕事の帰り道、毎回僕に出くわす。
出くわす、と言うが、僕がわざとそこにいるんだ。
彼はよく会う僕に対して、毎回優しい顔をして声をかける。
だが僕は。
近くに寄ることができないんだ、うつしてしまうから。
そうして今日もまた彼をがっかりさせ、僕は彼の後姿を見送る。
飼い猫のように、足に擦り寄り、頭を強引に撫でられ、そうして抱きしめてもらいたいのに。
それが出来ない。
それでもいいのだ。
彼が飽きないかぎり、僕を無視していかないかぎり、そのことにバレることはなくて、僕はただ帰路の猫でいられる。
そういう出会いはこれまでにもあったが、僕が懐かないことで、ひどく怒り、ゴミを投げつけられたこともあった。
そっと愛することも難しい僕は、一体なんのために生きるのか。
ある日彼が素敵な女性を連れて歩いてきた。きっと恋人なのだろう。
だが、僕が姿を現しても、彼はいつものような笑顔ではなかったんだ。
隣にいる女性は僕を見て悲鳴をあげた。猫は嫌いなんだ。
そうすると彼は、恐ろしい顔をして僕を追い払った。大きな声を出して。
僕はその日野良犬にかまれた足を引きずって、逃げた。
逃げた。
どこまでも逃げた。