第63話「エリンのお手伝い②」
勇者亭内には、リアーヌの私室がある。
彼女は、勇者亭に住み込みで勤めていた。
リアーヌが着る、英雄亭の給仕担当の制服は、典型的なメイド服であった。
黒のワンピースを着て、白いフリルのエプロンを付け、エプロンと同色のフリルのカチューシャを付けるのだ。
ダンに言われた通り、リアーヌは予備のメイド服をエリンに渡した。
エリンからメイド服の着こなし方を聞かれたので、リアーヌは丁寧に教えてやった。
エリンとリアーヌの、背格好はほぼ同じ。
身長とスリーサイズは殆ど変わらなかった。
それゆえリアーヌの制服はエリンに「ぴったり」である。
頭からつま先まで、「まじまじ」と見て、リアーヌが「ほう」と息を吐く。
「エリンさん、やっぱり……似合いますね」
リアーヌの、言う通りである。
ダンの魔法で姿を変えられたとはいえ、エリンの身体の各パーツは美しい。
そして、スタイルは全く変わっていない。
薄い栗色の、長い髪はさらさら。
鼻筋が「すっ」と通った端麗な顔立ち。
輝く瞳は、美しいダークブラウン。
小さな桜色の唇。
ぼん! きゅっ! きゅっ!
挑発するように突き出た巨大な胸と、芸術品のようにくびれたウエスト、そして上向きに引き締まったお尻。
誰が見ても完璧だ。
リアーヌに褒められて、エリンは「にこにこ」している。
当然だが、メイド服は生まれて初めて着る。
エリンから見たら、とても不思議な服である。
でも……
可愛い服だ。
姿見に映る、自分の姿を見て悪くはないと思う。
果たしてダンは、褒めてくれるだろうか?
「そう?」
嬉しそうなエリンを、リアーヌは眩しそうに見つめる。
「ええ……とても似合います。で、でも……」
口ごもるリアーヌを見て、エリンは首を傾げる。
「ん?」
「エリンさん、ウチのような仕事って、やった事あります? どうやるのか分かりますか?」
リアーヌの疑問は、尤もだ。
エリンの素晴らしい才能を、まだ彼女は知らないのだから。
だがエリンは「けろっ」と言う。
「うん、大丈夫! リアーヌが働くのを見てて大体覚えた」
「ええっ!?」
「任せて! エリン、頑張るよ。料理の種類だけ、もう少し教えて貰えば何とかなる。さあ、早く行こう!」
エリンはもう、やる気満々であった。
多忙なリアーヌを助けたいと。
ダンを巡って、生まれた先程の微妙な雰囲気など微塵もない。
そんなエリンの勢いに、押されてリアーヌも頷く。
「はっ、はいっ!」
「よし、リアーヌ、出撃!」
エリンは、気合が入るとつい癖が出る。
悪魔と戦う際、亡き父と共にダークエルフ一族の先頭に立って、士気を鼓舞していたのだから。
エリンの生真面目な顔を見て、リアーヌはだんだん楽しくなって来る。
「出撃? ふふ、何か戦いの号令みたいですね」
「戦いだよ! 女子にとって恋と仕事はすべて戦い! 行っくよ~」
「はい! 行きましょう!」
エリンの気合に触発されたリアーヌも、今迄の疲れが吹っ飛んだように元気が出た。
そして、ハイタッチを求めるエリンと手を合わせて、改めて気合を入れたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方……
厨房では、ダンがアルバンへ『手伝う旨』を申し入れていた。
しかしアルバンは、中々承知してくれない。
昔気質のアルバンは、一本気で頑固なオヤジとして、王都では有名なのだ。
「とんでもねぇ! 客であるお前達に手伝わせるわけにいかねぇよ!」
アルバンの答えは、ダンには想定出来るものであった。
当然、返す答えは考えてある。
「アルバンさん、そんな事を言っている場合じゃないぜ」
「何!」
怪訝な表情をするアルバン。
その時。
酔っぱらった冒険者の、大きな声が厨房へ届く。
「お~い、リアーヌ! どこだよぉ、エールをくれぇ! 大マグ2杯で頼むぞ」
当然、返事はない。
リアーヌは、エリンを連れて自室に居るのだから。
注文した冒険者は、不満そうに周囲を見渡していた。
ダンは「だから!」という顔をする。
「了解、エール大マグをふたつね! ほら、こうなる。アルバンさん、外も見てみなよ」
「むむむ」
ダンが指さした、入り口の方を見たアルバンが唸った。
店内に入れず順番を待つ客で、表の通りが一杯だったからだ。
ようやく、アルバンは理解した。
今夜の仕事量をこなすには、アルバンとリアーヌのふたりだけでは、もう限界である事を。
アルバンがしぶしぶという感じで頷くと、ダンが更に念を押す。
「遠慮しないでくれ。助けるのは当然だろう? 俺、リアーヌの事は妹みたいに思っているし、アルバンさんは爺ちゃんと同じだもの」
「う~む、お前にとってリアーヌは……妹か……って、俺がお前のジジイだとぉ!」
リアーヌは妹……
ダンの言葉を聞いて一瞬考え込んだアルバンは、同時に自分が年寄り扱いされたと分かって憤る。
青筋を立てて怒るアルバンを、ダンは「にやにや」しながら見ている。
「だってエリンもそう呼んでいたじゃないか」
「バカヤロー! むさい男と可愛い女は全然違うんだよ。お前が俺を、『じじぃ』と呼ぶのは許さんぞ!」
アルバンが、ダンを叱ろうと拳を振り上げた瞬間。
「アルバンさん!」
「おう、リアーヌ」
聞き覚えのある声に、モーリスが視線を向けると……
何と!
メイド服姿の、エリンも立っている。
「お爺ちゃん。エリン達が手伝うの、素直にOKしなよ」
「う、うお! エリンちゃん……凄くメイド服が似合うな」
リアーヌ同様、アルバンもつい年甲斐もなく見とれてしまう。
それほどメイド服姿のエリンは可憐だったのだ。
しかしエリンは、アルバンへ「ぴしり」と言い放つ。
「エリンちゃん似合うな、じゃないよ、ガタガタ言う暇あったら仕事だよぉ!」
「くう!」
エリンにやりこまれるアルバンを見て、ダンとリアーヌは笑ってしまう。
「はははは」
「うふふふ」
「く、くそ! 笑うな、こら!」
悔しがるアルバン。
だが、エリンの追撃は容赦ない。
「おじいちゃん、そんな『汚い言葉』を使っちゃダメ、みんな、ごはん食べているんだからぁ!」
「う! す、済まん りょ、了解だ」
防戦一方のアルバン。
ダンとリアーヌの笑い声は、止まらない。
「ははははは」
「あはは!」
「お~い、エールまだかぁ」
和む4人へ向かって……
痺れを切らした冒険者は、なかなか来ないエールの催促をしたのであった。
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