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第4話 「俺の名は」

「き、貴様ぁ! 人間か?」


 王宮の壁をぶち壊して、いきなり現れた闖入者に対し、アスモスは怒鳴り散らした。

 しかし法衣ローブ姿の若い男は、苦笑いして大袈裟に肩を竦める。


「おお、もしかしてお前ら取り込み中なのか? それはすまん」


「ふ、ふざけるな」


 大声で怒鳴り散らすアスモスであったが、男は全く動じない。


「まあ、怒らないで聞けよ、おっさん。俺、他人の愛の語らいを邪魔する趣味はないから、さっさと失礼するよ」


「な!? お、おっさん……だと……ぬぬぬぬ、この下郎めが」


 あまりにも、人を喰ったような男の台詞に、アスモスは怒りの炎を燃やした。

 しかし男は全く気にせず、踵を返して立ち去ろうとする。


「じゃあな、邪魔して悪かったよ」


 あまりといえばあまりな会話の内容に……

 呆然としていたエリンが、「ハッ」として大声をあげる。


「人間! 待てぇ、良~く見ろ! これのどこが愛の語らいだぁ」


「あれ? 違った」


 男は振り返ると、「にこり」と笑った。

 

 エリンが、人間を見るのは生まれて初めてであった。

 人間の容姿、性格、暮らしぶりは父から教えられてはいた。

 また、古文書に書かれていたものも、少しは読んだ。

 

 いまいち、理解出来なかった記憶がある。

 だからあまり人間に対して、興味が湧かなかった。


 だが……

 現在エリンは、絶体絶命の状況だ。

 人間とは何が何だか良く分からないが、少なくとも目の前に居る下種で不細工な悪魔――つまり父や一族の仇アスモスよりは、まだましであろう。 

 思わずエリンは、縋るような視線を飛ばす。


「違う! み、見て分からないのか?」


「えっと……おっさんと君じゃあ年齢差もあって、ちょっと釣り合わない気もするけど……」


 エリンの問いに対して、男は暫し考え込む。

 しかし、「ぱあっ」と顔が明るくなって「ぽん」と手を叩く。


「おお、分かったぞ! むっさいおっさんから巨乳美少女へ、年齢差を超えた愛の告白タイムだ」


 正解間違いなしと、納得する男にエリンが否定の叫びをあげる


「ちが~う! 断じて愛の告白タイムではない! バカモノ! わ、私はてごめにされかけているのだ」


「ほう、てごめと言う事はだ、この汚いおっさんが無理やりエッチさせろって迫ってるの?」


 男は漸く状況を理解したようだ。

 「にっこり」と笑うが、エリンは「いらっ」として怒りのあまり足を踏み鳴らす。


「理解が遅い! そうだ! この最低悪魔が私を強引に犯すとほざいているのだ!」


 エリンがアスモスを「悪魔!」と指さしたのを見て、男はまたも首を傾げる。

 納得がいかない表情だ。


「え? 悪魔って? この弱そうな魔族のおっさんがか?」


「何? 弱そう……だと? 聞き捨てならないぞ、貴様……」


 先程から、アスモスの怒りは沸騰しっぱなしである。

 しかし、男の何かが気になるようであり、何とかたぎる気持ちを抑えているようだ。


「ふ~む……貴様の魔力が異常に高いのが少し気になるが……人間の貴様など所詮うじ虫に過ぎん……」


「俺がうじ虫? うっわぁ、ひで~事、言うよな、でもおっさんだって充分弱いよ」


「まだ言うか? 貴様のようなうじ虫如きが、この偉大なる余を愚弄するとは……許さぬぞ」


「はぁ? 愚弄って……おっさんが先に俺の事を『下郎』とか『うじ虫』とか酷い言い方するからさ、つい言い返しただけだって」


「黙れ! 余は大魔王アスモスだ! ふむ、貴様は目障りである……女を抱く前に嬲り殺してやろう」


「大魔王? アスモス? アスモス、アスモス……あれ、どこかで聞いた事あるな?」


 アスモスは牙を剥き、襲い掛かろうとする。

 しかし男は手を挙げて、いきり立つアスモスを制すと、懐から何やら紙きれを取り出した。


「な、何だ、それは?」


「内緒! これは秘密の指令書だ。俺……今、仕事中だからさ」


「秘密の指令書? そして仕事中だとぉ? ふ、ふざけるなぁっ!!!」


 またもや惚けた男の物言いに、アスモスの怒りの声が響き渡った。

 大気が「びりびり」と震える。

 凄まじい咆哮とも言うべき怒声であり、エリンは吃驚して目を閉じた。

 しかし、男は気にせず紙に書かれた内容を読み返している。


「ええっと、ちょっと待て!……おお、あった、指令書にあんたの名前あったぞ、おっさん」


「…………」


「ええと、ああ、確かに書いてあるぞ。凶悪な魔王アスモスって、あんただろう?」


「……違う」


 否定するアスモスに、エリンは首を横に振る。


「いいえっ、さっき魔王アスモスって名乗ったわ」


 名前を確かめられたのが嬉しかったのだろう。

 エリンの言葉を聞いた男は拳を振りあげた。


「おお、そうか! 巨乳ちゃん、ナイスフォローだ」


「はあ!? きょ、巨乳?」


 エリンは「え?」という表情をする。

 片や、アスモスは忌々し気に叫ぶ。


「黙れっ! 違う!」


「ん? 違うの?」


「断じて違う! 余は大魔王アスモスだ」


 あくまでも『大』に拘るアスモスであったが、男は苦笑する。


「成る程、大魔王ねぇ……気持ちは分かるけど、大を付けたのって所詮自称だろう」


「…………」


「俺が依頼主から聞いてるのは、おっさんは単なる魔王だって事だ。敢えて言うのならスケベ魔王だな」


「貴様……くううう……生まれてこのかた、ここまで余が愚弄されたのは初めてだぞ」


「そうかぁ、よかったな……挫折を知るって人生においてとっても大事だぞ……ちなみにおっさん、あんたの人生はもう先が無いけどな」


「ははははは……死ねっ」


 アスモスは遂に我慢の限界に達したのだろう。

 乾いた笑いと共に、いきなりいくつもの巨大な火球を出現させ、男へ投げつけた。


「きゃあああっ!」


 エリンが悲鳴をあげ、数多の火球が真っ直ぐ男に迫る。

 その瞬間であった。


 ばしゅん!

 火球が男の手前ですべて四散し、消え去ったのである。


「えええっ!? な、何?」


 何が起こったのか?

 驚くエリンへ男が叫ぶ。


「良いから、巨乳ちゃん! どこかへ隠れていろっ! 俺、さっさと仕事やっちゃうから」


「私を変な綽名で呼ぶなぁっ! エリンと呼べっ」


「おう! 分かった! 俺の名はダン、ダン・シリウスだ」


「ダン!」


「よっし、エリン、任せろ!」


 エリンは不思議だった。

 この正体不明な人間の男の言葉に癒されていた。

 自分以外、父や一族全員を殺されたのに悲しさが癒されていたのだ。

 

 絶体絶命な危機の筈なのに何故か安心感が満ちて来る。


 もう大丈夫……なのだ。

 そう思う理由わけは明らかである。


 エリンの視線の先には、驚くアスモスへ向かって大きく跳躍するダンの姿があったのだ。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

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