第29話「ダンの告白②」
「ダンがこの世界の人間じゃないって? じゃ、じゃあ、やっぱり天から遣わされた勇者様じゃない! だってダンは魔王なんて問題にしないくらい強いんだもん」
ダンの衝撃の告白……この世界の人間じゃない?
エリンは吃驚すると同時に、ダンが『勇者』だと断言した。
しかしダンは、迷惑そうに首を振る。
「いや、俺は絶対に勇者じゃない、あのスケベ魔王が弱かっただけだ。あんな程度で自分が勇者とは認めたくないよ」
どうやらダンは、己の力を素直に認めたくないようだ。
だがエリンは、反論したくなる。
「で、でも!」
あんな程度?
違う!
ダンは凄く強いのに!
とんでもなく強い怖ろしい悪魔から、私をあっさりと助けてくれたのに、と。
しかしダンは、エリンの意見を聞こうとしない。
とても頑なである。
「そもそも、エリンが以前言った通りさ」
「え、エリンが言った?」
「ああ、勇者ってのは他者の追随を許さない、生まれついての万能戦士だろう? 実をいうと元の世界の俺は魔法使いでもない、剣さえも持ったことがない単なる普通の人間だったから」
「へ? ダンが魔法使いでもない、単なる普通の人間だったの?」
エリンには、想像も出来ない。
強いダンが普通の人間だったなんて。
?マークが頭の上に飛び交うエリンへ、ダンは言う。
「ああ、最初から話そう。信じられないかもしれないが、俺はこことは全く違う異世界に居た。魔法がない、魔物も居ない世界だ。唯一文明だけは発展していたけど……そこで普通に地味な生活をしていて、ある日いきなりこの世界に連れて来られたんだ」
ある世界から違う世界へ連れて来られる。
それはすなわち……
「もしかして、それって!?」
「うん、俺がケルベロス達をこの世界に呼んだのと同じ……俺はこの世界のある魔法使いから召喚されたのさ」
「ダンが召喚された? 召喚魔法で!?」
「そう、俺はこの世界とは違う『異世界』から召喚された人間なんだ」
「い、い、異世界って!? あう、あう、あう~っ」
やっと話が飲み込めたエリン。
可哀そうなくらいに混乱する。
ダンは両手を合わせてエリンへ謝りながら、説明を続けている。
「ははは、御免な、びっくりさせて。まあこの世界に来た時、ただの人間だった筈の俺は火と風の魔法使いになり、風貌も変わり、頑丈な身体に変わっていた」
「ふ、ふえ~っ」
「頭にも膨大な知識が流れ込み、混乱した。クラクラしてとても立っていられなかった。虫けらのように這いつくばっている俺へ、そいつは言った。腕組みをしながら偉そうにして見下ろすように、な」
「その……魔法使いが?」
「うん、お前という男は、本当に不細工でどうしようもなく馬鹿で未熟だ。しかし不完全なお前がこの世界へ来たのは、創世神様の意思であり御心である、だから勇者として使命を果たせ、ってね」
召喚した魔法使いは、現れたダンを酷く罵倒したらしい。
エリンは、ダンを改めて眺める。
眉は適度に細く、鼻筋は通っていて、鳶色の瞳を持つ目は切れ長で涼しげ。
エリンには、いつも穏やかな笑顔を絶やさない。
物知りで優しくて、爽やかな好青年という印象である。
このダンが、不細工で不完全なんてとんでもない!
「酷いよ、そいつ! ダンは格好良い! とっても素敵だよ! エリンの優しい王子様なんだもん」
「ありがとう、エリン」
エリンが褒めてくれて、ダンは素直に嬉しい。
今なら分かる……
あのバカな魔法使いは、人間の上っ面しか見ない極端な面食いだったのだと。
一方、エリンはやはり気になっていた。
魔法使いが言っていた、ダンの召喚された理由である。
「だけど、ダン……創世神様の御心? 勇者? それって名誉じゃ……」
エリンが言いかけた言葉を遮るように、ダンが叫ぶ。
「絶対に名誉じゃねぇ! 創世神の意思や御心なんて適当なでっちあげで、真相は奴のインチキな召喚魔法で呼ばれただけだ! 何故なら俺はどこにでも居る平凡な人間だったし、元の世界でそれなりに幸せに暮らしていた」
思いがけないダンの激しい口調。
そして、元居た世界を懐かしむような言葉と表情。
エリンは、だんだん辛くなって来る。
「…………」
黙り込んだエリンの気持ちに気付かぬまま、ダンは憤る。
「それをあいつがいきなり勝手に呼びつけやがって! 何が面白くてこんな糞世界に来るものか!」
糞世界……
何て、酷い言い方なのだろう……
エリンには、ショックだった。
ダンの怒りは分かる。
やり場のない怒りといえるだろう。
しかし……
汚く棘のある言葉が、ショックだった。
ダンとの楽しい思い出を全否定されてしまったような感覚にも陥るのだ。
「…………こんな糞世界? この世界にはエリンが居るのに? エリンとダンは運命の出会いなのに……ううううう」
泣き出してしまったエリンを見て、ダンはやっと彼女を傷つけていた事に気付いたのである。
「ああ、御免! 泣くな! 俺が悪かった! 言い過ぎた!」
「だって、だって、だってぇ! エリンが嫌なの? エリンはダンと会えて幸せなのに、ダンはこの世界が嫌なの? エリンは悲しくなるよぉ」
切々と訴えるエリンの姿に、ダンも悲しくなった。
目の前に居るダークエルフの少女は、今やダンにとってかけがえのない存在なのだ。
それが、改めて実感出来たのである。
「エリン!」
ダンは短く叫ぶと、エリンを「きゅっ」と抱き締めた。
「あうっ」
「俺、エリンが大好きだし大事なんだ……分かるだろう?」
抱きしめられたエリンは、ゆっくりと目を閉じた。
そしてダンの背中に、優しく「そっ」と手を回した。
エリンには、分かるのだ。
ダンの気持ちが、自分が味わったのと同じ孤独な思いを……
「ダン! いきなり違う世界に連れて来られてひとりぼっちで寂しかったんだよね? ……エリンもそうだよ、分かるんだ! だって……たったひとりぼっちのダークエルフなんだもん。可哀そうなダン、エリンが癒してあげるからね」
優しく温かいエリンの言葉が、ダンの心に、魂へしみて行く。
自分を強く真っすぐに愛する者の言葉を聞いて、ダンは改めて自分の失言に気付いたのであった。
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