第2話「エルフの魔法使い」
日本から……
時間と次元を超えた異世界へ、勇者として召喚された大星ダン。
ダンを召喚したエルフことリョースアールヴの魔法使いヴィリヤ・アスピヴァーラは『主人然』として振る舞った。
エルフの長ソウェルの血を引くというヴィリヤは……
何かにつけて高圧的な態度で、容赦なくダンを叱責し且つ罵倒した。
しかし……
ダンは召喚された際に起きた、原因不明の倦怠感がなかなか抜けなかった。
この世界の勝手もさっぱり分からなかった。
反撃する手立ては全くなく、じっと耐え忍ぶしかなかった。
遥か遠き日本へ残して来た家族……
父は勿論の事、幼い妹ネネの事を考えると居ても立っても居られず、とても辛かった。
いつか……
必ず帰還しようと固く固く心に誓っていた。
そもそも……
何故自分が勇者として召喚されたのか?
ダンは甚だ疑問であった。
元々、彼は平均的な体格で、運動神経も並以下、特別な能力も持ち合わせてはいなかったから。
そうこうしている間に時間がどんどん過ぎて行った。
召喚されて1週間が経ち……
ダンの容姿には著しい変化が生じていた。
顔付きが別人の如く精悍となり、身体全体にも水泳選手のようにまんべんなくバランスの取れた、しなやかな筋肉が生じて行ったのだ。
四肢にはどんどん力がみなぎり、身のこなしも俊敏となっている。
そんなダンの変貌を見て、ヴィリヤはさも自分の手柄のように言い放った。
「見たか ダン! お前は勇者たる者に相応しい存在へ覚醒しつつある」
「…………」
「いずれは誉れ高き、世界を救う勇者となるだろう。感謝するがよい」
「…………」
「この世界へ召喚した私ヴィリヤ・アスピヴァーラのお陰なのだぞ」
「…………」
「いずれ、名を変えよ。ダンの名のみ許してやろう。姓を変えるのだ、良いな!」
「…………」
ヴィリヤが何を言っても、ダンはずっと無言だった。
彼は自分が強くなる事など、世界を救う事など全く望んではいなかった。
はっきり言って、この世界がどうなろうと関係なかった。
ただただひたすらに愛する妹の下へ帰りたかった。
そして更に……
1週間が経った。
主を自称するヴィリヤから新たな指示が下された。
「いいか、ダン。そろそろ魔法の訓練を始める」
「魔法?」
彼の居た日本、否、世界のどこでも魔法など存在しない。
しかし、ダンが今居る異世界には……
ちゃんと魔法が存在する。
現にダンが拉致されたのもヴィリヤの召喚魔法によるものだ。
これ以上……
人間離れするのは……嫌だ!
断固拒否の意思を示そうとして……
ダンは思い直した。
今後、けしてヴィリヤの意のままにならぬ為……
習い始めた武技以外にも、彼女に対抗する術が増えるのは、絶対マイナスにはならないと考えたからだ。
それにヴィリヤは一方通行だと言い切ったが、召喚魔法を習得すれば帰還する手立てが見つかるやもしれない……
「ダン、最初は基本中の基本、呼吸法から教えよう。次に精神の集中をはかる」
「…………」
「既にお前は、体内に満ちる膨大な魔力を感じるだろう?」
「…………」
「この世界の知識も数多移植した。発動のコツさえつかめれば、すぐに魔法を行使出来る筈だ」
……身体全体にみなぎる不思議な力……
これが魔力であろうか?
「分かった」
短く答えたダンは……
何にしても、まずは自分が強くなる事だと割り切ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ダンが魔法を学び始め、約2か月が経った。
ヴィリヤの言った通りであった。
勇者ダンの資質は完全に開花し、数多の魔法とスキルも習得し、能力レベルは際限なく上がって行った。
まるで砂漠の乾いた砂が水をどんどん吸い込むように……
そして……
ダンは密かに隠していたが……
彼の能力はいつの間にか、『師』であるヴィリヤを遥かに超えていた。
しかし……
ダンは召喚された際に覚えた凄まじい殺意を復讐に転じようとはしなかった。
ヴィリヤを殺してやりたい。
それも!
思い切りむごく殺してやりたいと。
激しく燃え盛る復讐の炎。
憤怒のダンが考え直したのには、いくつかの理由があった。
いろいろと熟考した結果……
もしもヴィリヤを亡き者にしても……
ダンは必ずしも元の世界に戻れるわけではないと理解したからだ。
そして高慢さがやたらと鼻に付く、誇り高いヴィリヤではあったが……
いろいろと話すうちに、その本性はけして邪悪なものではないとも分かった。
却って真面目な、否! 真面目過ぎる性格だったのだ。
更にいろいろな事情が分かって来た。
驚いた事に、ダンが居るこの国はエルフの国ではなかったのだ。
意外にも人間の国らしい。
名はアイディール王国といい、ヴィリヤ・アスピヴァーラは理由あって、この王国の王宮魔法使いに任じられていたのである。
そして、この屋敷はヴィリヤのアイディール王国における仮の住まい。
王国王都トライアンフに位置しているようだ。
そして衝撃の事実が発覚した。
ダンを勇者として、召喚したのはヴィリヤ自身の意思ではなかったのだ。
ヴィリヤの機嫌が良い時、何気に聞き出したところ……
ダンの召喚を命じたのは、巫女だという。
それもこの世界の最高神・創世神に仕える巫女だというのだ。
ちなみに巫女とは神に仕え、神事を行う女性である。
更にダンは驚いた。
創世神の巫女は一般人ではない。
この王国ではやんごとなる者だという。
彼女の名は……
何と!
アイディール王国王女ベアトリスであると。
徐々に真相が見えて来た。
ある時、ベアトリスは創世神の神託を受け、実行を王宮魔法使いのヴィリヤへ命じた。
その神託こそが『勇者召喚』であったのだ。
しかし結局……
ダンはベアトリスに対しても恨む事をしなかった。
ベアトリスは悲劇の少女であった。
世界を救う使命を帯びた、創世神の巫女になる事と引き換えに……
身体機能の殆どを喪失していたのである。