第110話「迷宮初心者②」
会話が『念話』へ切り替わり、ダン達の打合せは更に続く。
主導するのは当然、クランリーダーのダンである。
これから迷宮深くへ乗り込む……
クラン炎を救うのだという正義感、そして未知の冒険が始まるという期待感。
とても張り切っていたエリンだったが、少し表情が暗くなっていた。
理由は……念話にあった。
念話自体は、素晴らしい魔法だと思うのだが……
エリンには、ひとつ大きな心配があったのだ。
念話を習得して会話した際、もしもヴィリヤに、自分の心の内を見られたら……
エリンの『正体』、つまりダークエルフだという事が、あっさりばれてしまうのでは……
そんな危惧であった。
エリンの不安が、大きな波動となってダンへ伝わって来る。
しかしダンは、エリンだけに念話で内々に説明してくれた。
安心して、念話を習得するようにと。
さすがに、ダンは抜かりがない。
念話を使うと決める前に、きちんと手を打っていたのだ。
果たして、どんな手を打ったのか?
ダンは、ちゃんと説明してくれた。
まず……
念話自体はエリン達が習得するまでは、ダンが居ないと使えない。
また全ての会話は、ダンを介して伝えられる。
以上の事実がある。
つまり……現状では、エリンとヴィリヤふたりの間で、直接念話を使って話す事は出来ない。
だからヴィリヤに直接、エリンの心の内を見られる心配はないのだ。
更にダンは、エリンの心にこっそりと『ある仕掛け』もしてくれた。
当然だが、特別な魔法を使ってである。
エリンとヴィリヤがもし念話を習得したとして……
誤ってエリンが、自身の正体を心に思い浮かべても、ヴィリヤには見えないようにしてくれたのである。
どう魔法をどう使ったのか、表現が難しいが……
エリンの心の一番奥にある、秘密の引き出しに鍵をかけてしまってくれた。
そんな言い方が、妥当であろう。
ダンの㊙の手立てを聞き、エリンの表情がみるみるうちに明るくなって行く。
やっぱり、ダンは頼もしい。
エリンの事を、いつもしっかり考えてくれている。
本当に嬉しい。
例えるなら、愛と信頼が限界値を遥かに超えるくらい、ダンが大好きで信じられる。
やっぱり、ダンは運命の人なのだと、エリンは思うのだ。
込み上げる喜びを隠し切れず、ダンに向かって、エリンは「にっこり」と笑いかけた。
しかし、ダンは素知らぬ顔で話を続ける。
『まずは基本方針、ミッション成功の可否に関わらず生きて帰還する事。チャーリー達行方不明者には悪いが、俺達自身の命と身の安全が第一。その上でミッション完遂を目指す』
『了解!』
『理解しているわ』
エリンの機嫌の良さが、ヴィリヤにも伝わる。
すると、少しずつ距離の縮まったヴィリヤの気持ちも温かくなる。
ふたりから、元気の良い返事を聞いたダンの口調は、ますます滑らかになって行く。
『次にクランに関して……クランが発揮する力とは個人技よりも総合力だ。つまりバランスが大事。全員の力を合わせて、この迷宮を生き抜いて帰還する。当然怪我もしないように。その為には、お互いに足りない部分を上手く補い合って勝利するんだ』
『了解!』
『りょ、了解!』
気分が良くなったヴィリヤは、エリンが使う返事を使ってみた。
少し噛みながらも、何とか言えた。
エリンと同じ返事をして、ヴィリヤはとても気持ちが良い。
ダンやエリンと、更に距離が縮まった気がした。
ふたりがノリを良くして行くのを見て、ダンは嬉しそうに話を続ける。
『ははは、改めて3人の役割をおさらいする。俺が盾兼攻撃役、エリンが攻撃&支援役、ヴィリヤが支援と回復役。ちなみに俺も回復魔法を臨機応変に使う』
ここでエリンが、「さっ」と手を挙げる。
『ねぇ、旦那様、偵察役が居ないけど……すなわちシーフの役目は?』
『シーフねぇ……』
『ねぇ、エリンがやりたいっ、シーフ役。相手の気配を読めるものっ』
『いや、出発したら、人目のない場所でケルベロスを呼ぶ。彼に先行して貰いシーフ兼攻撃役をやって貰う』
ケルベロスが先導役?
エリンが、あからさまにがっかりする。
自分が、先頭に立ちたいと思っていたから。
『う~、エリンが、敵の気配を読んでシーフやりたいのに、つまんないっ』
『ははは、少し経てば、エリンには嫌でもいっぱい働いて貰う事になる。私は暇よ、なんて絶対に言わなくなるぞ』
『そ、そう? ならオッケー!』
やる気を見せるエリンに、相当刺激されたのだろう。
ヴィリヤが、おずおずと聞いて来る。
『ダン、わ、私は?』
『うん、お前も迷宮は初めてだが、エリンに比べると、実戦経験が圧倒的に不足している。まずは後方から魔法中心に援護対応して欲しい。まあ少しは接近戦もこなすだろうが、魔法に比べればそう得意じゃないしな』
『少しは接近戦をこなす? ううん、全然いけるわ。け、剣技ならそこそこは……この国へ来る前に、イエーラで、しゅ、修行したもの』
ヴィリヤはそう言うと、着ている法衣のすそを、少しめくりあげたのであった。
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最強魔法使いルウが活躍する異世界学園ファンタジーです。
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