プロローグ第1話「勇者召喚」
私は名もない『語り部』でございます。
これから私がお話しするのは……
魔法のない異世界から連れて来られ……
数奇な運命に翻弄され、
一旦、いいようのない孤独と絶望に陥りながらも……
最後には愛する家族と大切な仲間に巡り会い、
不可思議な人生をまっとうした、ある男の生涯ででございます。
では……
お話を始めましょうか。
男……いや少年の名は大星ダン。
体格は中肉中背。
大きくも小さくもなく、顔立ちも人並み。
どこにでも居そうな、さして目立たない平凡な17歳。
日本在住。
都会から少し離れた私鉄沿線に住む。
家族は父トオルと年が10歳離れた妹ネネの3人。
母は……
残念ながら、ダンが12歳の時に病気で死んだ。
都心に勤める会社員の父は多忙だった。
朝早く出勤し、帰宅するのはほとんど深夜である。
馬車馬のように働いても、会社から正当に残業代を貰っていなかったのではと、ダンは疑っていた。
母が亡くなった直後から……
ダンは幼い妹ネネの面倒をずっとひとりで見ながら学校へ通った。
重ねていうが、ダンは平凡な容姿に特筆すべきところがない体格。
そして運動神経も並以下であった。
武道は勿論、競技スポーツもやった事はない。
ただ読書だけは大好きであり、自分が足を踏み入れない架空のファンタジー世界を良く想像する夢見る少年ではあった。
そんなダンが高校3年生の時に、不運が襲った。
父がリストラの余波を受け、失策などないのに、年齢を原因に理不尽ともいえる仕打ちを受けた。
給料を下げられてしまったのだ。
幸い通学していた高校は公立。
学費未払い等の問題は生じなかった。
でもダンはまともに高校には通えなかった。
母の代わりに幼いネネの面倒を見るのは勿論……
具合が少しでも悪くなったら、休んでつきっきりで妹を看病した為、出席日数はギリギリであったから。
でも勉強は真面目にやった。
何とか、まずまずの成績で卒業した。
やがて高校を卒業したが、遊んではいられない。
生活費が足りない。
ネネにお人形やお菓子でさえ買ってやれない。
ダンは安定した就職を考えたが……
自宅で妹の面倒を見ながら、正社員として決められた時間に勤める事は無理だった。
その為、まずは時間に自由がきく様々なアルバイトを多くこなし、生活費を稼いだ。
いわゆるフリーターである。
そんなこんなで月日が流れ……
ダンは成人し、20歳となった。
アルバイトでダンが家に不在だと10歳のネネはひどく寂しがった。
「おにいちゃん大好きぃ!」が口癖で、ダンも妹を目に入れても痛くないくらいに可愛がっていた。
その為、友人と酒を飲んだり夜に遊ぶなど一切しなかったのだ。
アルバイトが終わったら、買い物をする以外はほとんどまっすぐ帰宅の日々。
しかしダンはそんな生活を苦にしなかった。
幸い、家族皆が病気もせず、致命的なアクシデントもなく……
ささやかな幸せを感じて暮らしていたのだ。
しかし運命の神は残酷であった。
かけがえのない肉親の父と、同じく愛する妹との永遠の別離という非情な裁決をくだしたのだ。
ある日ダンが、街中を歩いていたら……
いきなり足元の感覚がなくなった。
手足をばたつかせ、必死にもがいたが……
抵抗など出来なかった。
そのままダンの意識は遠くなって行ったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……気がついたら、ダンは見知らぬ場所に居るようだった。
目が良く見えないから、はっきりした事は分からない。
その上、身体の調子もおかしかった。
以前より腕に力が入るが、使いこなせず持て余すという表現がぴったりな気がした。
まるでダンは自分が自分でないようだった。
頭へ膨大な知識も流れ込んで来て、大いに混乱した。
クラクラして、とても立っていられなかった。
しばし経ち……
めまいは、何とかおさまっていた。
目は少しづつ開き、ダンの視界がはっきりして行く。
ようやく見える目でゆっくりと周囲を見やれば……
ダンはうつぶせで、薄暗く広い部屋の中心に這いつくばっていた……
ここは……どこだろう?
とダンは朦朧とした頭で考えた。
床に書かれているのは?
人間の文字ではない、特異な文字である。
本で見た事がある。
バイキングが使ったという、ルーン文字に似ている。
その文字と変わった形の絵を組み合わせ、直径5mはありそうな何か巨大な魔法陣が描かれており、その中心にダンは居たのだ。
ここは、普通の部屋という感じではない。
窓が全くない。
灯りは淡いランプのような光を放っている。
何か、儀式を行う祭儀の間という感じだ。
あ?
目の前に誰かひとり居る?
細身のシルエット……
どうやら女性のようだ。
もしかして人間?
た、助けてくれるのか?
しかし何か違和感を覚える。
ああ、髪から突き出た耳が!?
と、とがっている
女性は……
人間ではない?
このような特徴を持つ者も本で見た事がある。
そう!
エルフだ!
物語の中の架空の存在といわれるエルフだ。
虫けらのように這いつくばっているダンへ、エルフは言った。
細い腕を組みながら偉そうにして見下ろすように。
「お前はダンという名らしいな。しかし冴えない奴だ」
「な?」
「お前という男は、本当に不細工で不器用。どうしようもなく馬鹿で未熟だ」
「な、何?」
ダンは身体に少し力をこめた。
うつぶせのまま、何とか半身の状態になる。
そんなダンへ、エルフは罵倒を続ける。
「しかし! 愚かで不完全なお前がこの世界へ来たのは、偉大なる創世神様の意思であり御心である。だから勇者として崇高なる使命を果たせ」
「お、お前は!? だ、誰だ!」
「無礼者! 口を慎め! 主となる召喚者の私を敬い称えるがよい!」
「な、何!」
「私は高貴なソウェル、ヴェルネリお祖父様の血を引く者。人間にはエルフと呼ばれる、リョースアールヴの魔法使いヴィリヤ・アスピヴァーラである!」
「だ、だ、誰でもいいっ!! お、お、俺を元の世界へ帰してくれっ!!」
「ははははは、無駄だ。絶対に不可能だ! お前を異世界から呼んだ召喚魔法は一方通行。元の世界への扉は閉じ、既に消滅したぞ」
「な、なに~~っ!? じゃ、じゃあ!」
「ああ、お前が思った通りだ。さすがに馬鹿でも理解出来るか?」
「ぬうう……」
「そうだ! お前はもう二度と元の世界へは戻れない」
「戻れない!? ふ、ふざけるな! 俺をネネの、妹のネネの下へ帰してくれ~~っ!!!」
ダンは心が暗くなる。
ネネは……今頃、どうしているのだろう?
なかなか帰宅しない俺に待ちくたびれ、寂しがり大泣きしているかもしれない……
帰りたい! 帰りたい!
ネネの下へ帰りたいっ!!!
「おお、いいぞ、いいぞ。元の世界に戻りたいという渇望と執念の波動を感じる。その思いがお前の力を目覚めさせ、増幅させる」
「な、何だと!」
「ダン! もう諦めろ! お前は良き勇者となるであろう! は~はははははっ」
もう二度と元の世界へは戻れない……
うつぶせになっていた半身のダンから……
完全に力が抜けた。
再び這いつくばるダンの背に、ヴィリヤの嘲笑が容赦なく降り注いだ。
こうして……
後に『救世の勇者』となる大星ダンは、遥か遠き異世界へ召喚されたのであった。