勇者と魔王と恋のはじまり
R15です。苦手な方はお気を付けください。
これは何度目の挑戦だろう。
目の前の魔王は、魔剣を片手に私の攻撃を受けている。
――本来なら指先一つ振るだけで、私を殺せるはずなのに。
遊ばれている、手加減されている。
それがわかるから悔しい。
その余裕を崩してやりたいのに、その情けがなければ……私は今この場にいない。
最初に魔王と対峙した二年前に死んでいたことだろう。
「くっ……」
胸を辛うじて隠していた布が、とうとう切り裂かれる。
「やはりお前……女だったのか。どおりで……」
魔王は、私が女じゃないかと疑っていたらしい。
得心がいったというように、呟いていた。
魔王を倒すための戦士として作られ、生まれ、育てられてきた。
肉体も魔法能力も遺伝子も、何もかもが人為的なもの。
だが、筋肉質で薄いこの胸でも、やはり女のものには違いないらしい。
恥じらいなんて、当に捨てている。
女としての幸せなんてものは、最初から私にはない。
魔族の王、魔王を倒すため人為的に作られた――『光の子供達』。
その子供達の中でも辛い修行をこなし、一番強い光の力を持つ者だけが、勇者として選ばれる。
闇を切り裂き、魔族を滅ぼすとされる光の剣を与えられるのだ。
魔王を倒す。
それができなければ、殺されるまで戦って……戦いの中で誇りを持って死ぬ。
それが勇者のつとめだ。
今まで魔王に挑んで、生きて帰ったものはいなかった。
けれど私は例外で。
死ぬ直前まで痛めつけられ、魔王本人の手で毎度国へと送り届けられていた。
そんなことを何度も繰り返し。
未だに魔王を討ち果たせない私は……とうとう勇者の資格なしと判断された。
この戦いが終わって生きて帰れば、次の勇者を産むための母体になる未来が待っている。
強い子を産むために、ひたすら力のある男と交わる。
女を捨ててここまで生きてきたのに、最後は……そういう役割しか求められない。
魔王を殺すために生まれてきた。
なら、最後は……戦いの中で死にたかった。
城の最上階は、天井がない。
幾度か前に、私が魔法でぶち抜いたまま、修復はされていなかった。
「くらえ……! 最大奥義――《光の鉄槌》!!」
「ムダだ」
私の全力の攻撃は、やはり魔王が指を一振りするだけで防がれてしまう。
水属性の反射魔法で、光の稲妻は落ちる方向をずらされてしまった。
無防備になった私の剣をはじき飛ばし、魔王が私の体を床に押しつける。
馬乗りになると、私の首のすぐ横に魔剣を突きつけた。
「ただの魔族ならともかく、光の魔法はオレに通用しない。何度も言ってると思うんだがな。もっと別の方法を考えろ」
くくっと魔王が笑う。
魔王は真っ黒な長髪に、端正な顔立ち。蝙蝠のような黒い翼に、羊のようなくるりと巻いた角。喉元には他の魔族にはない、赤い小さな鱗がある。
長い時を生きているのに、魔王は二十代前半の青年の姿をしていて。
残虐性を秘めたその赤い瞳が――楽しげに私を見下ろしていた。
「お前に光属性の魔法が効かないことくらい、知ってる。だが、これが私の……勇者として選ばれた理由だからな」
魔族は光に弱い。
太陽のある時間は活動できなかったし、光属性の魔法を使えば簡単に退治できた。
だれよりもその光属性の力が強いという理由で――私は勇者に選ばれていた。
けれど魔族を束ねる――この魔王だけは、光属性の魔法が効かない。
それでも、最後の技はこの技にしようと決めていた。
もはや、意地のようなものだ。
それも全く、魔王には通用しなかったが。
「私の負けだ。好きにしろ」
剣を捨て、力を抜いて目を閉じる。
「……いつもなら、『次こそは殺してやる。お前を殺すのは、この私だ!』と噛みつくところだろう」
不機嫌な魔王の声が聞こえた。
勇者としての初陣の日。
パーティは全滅し、魔王によってトドメを刺されそうになった。
次なんてないとわかっていた。
それでも悔しくて悪態をつけば、それが魔王にとっては面白かったらしく、私を殺さずに帰したのだ。
「くくっ、この後に及んで『次』だと? その生意気な目……気に入った。いいだろう、お前になら次をくれてやってもいい。気長に待っててやるから、オレを殺してみせろ――退屈させるなよ?」
魔王の気まぐれで、私は生き延びた。
何度も何度も魔王を殺しに行って、そのたびに情けをかけられた。
その屈辱を糧にして、私は自分を鍛え上げて。
歴代の勇者や、他の勇者候補達なんて足下に及ばないほどの強さを手に入れていた。
なのに……それでも、魔王には勝てない。
「……『次』がないんだから、しかたないだろう」
呟いた言葉は、自分でも驚くくらいにいじけたものだった。
まだ戦っていたかった。
勝てないと分かっていても、魔王と戦うこの瞬間だけが――私の存在する意味だったのに。
「それは、どういう意味だ」
「魔王を二年も倒せない勇者は用無しだそうだ。戻れば研究所で、次の世代の勇者の母体になる。何人も産まされて、子供は全て研究所に取り上げられる。私はそんなのはゴメンだ。勇者として、戦いの中で死にたい」
「お前は……オレを殺すんじゃなかったのか?」
ゆっくりと目を開ければ、魔王が眉を寄せていた。
約束を違えるのかというような口ぶり。
苛立ったような表情は、初めて見る。
退屈そうな顔か、私と戦っているときの……底意地の悪い笑い顔しか見たことがなかった。
「なぁ、魔王。私は、お前に殺されたい」
魔王の慈悲を請うように、首筋に当てられている魔剣に手を添える。
ぐっと力を込めれば、熱い痛みが首に走った。
「戦っているとき、生きているって思うんだ。お前は私と同じだろ?」
何度も剣を交わした相手だ。
極限の命のやり取り――私がこの瞬間を楽しんでいるように、魔王もまた楽しんでいる。
それは手に取るように分かっていた。
きっと私と魔王は似ている。
似ているけれど、正反対だから殺し合っている。
「オレの好きにしていいと……言ったな?」
魔王が剣を置いて、私の首に手をかける。
首を絞めて殺してくれるんだろうか。
できれば剣で殺してほしかったが、文句は言えない。
「あぁ。私の存在は最初から、お前の為に作られたものだ。最後はお前の手で終わらせてくれ」
ありがとうと言葉にはしなかったが、心の中で礼を言う。
魔王の顔が近づいてきて、首筋に噛みつかれた。
「――痛っ!!」
首を噛まれ、先ほど自分で傷つけた部分に舌を這わされる。
「おい、何をして――んっ!」
強く噛んだくせに、魔王は傷口を優しく舐める。最後に強く吸われ、思わず変な声が出た。
「やはり、血は美味くないな。それに、牙が生えてくるわけでもないか。お前相手ならと思ったんだがな」
顔をしかめた私の耳元で、魔王が呟く。
魔族は人の血をすする。
若い女の……特に処女の血を好む魔族は、夜になれば女をさらった。
男のほうは遊ぶように殺し、人間を玩具か餌のように扱った。
人間は夜の間、怯えてすごすしかなかったが、昼になれば人間の時間だった。
魔族の住処を見つけ、胸に杭を打ち込めば、彼らは灰になって二度と蘇ることはない。
しかし、魔王が現れてからはそうもいかなくなっていた。
魔王は昼の間、やってくる人間から魔族を守る。
魔族は安心して昼の間は眠り、夜になれば人を食らいつくす。
……そうして人間は追いやられていったのだ。
女だと悟られれば、餌にされる。
勇者ともあろうものが、魔族の糧になるわけにはいかない。
だから男のふりをして、私は魔王に挑み続けていた。
「私は普通の女じゃないからな。血もまずいんだろう」
魔王が血を吸うところは見たことがなかった。
顔をしかめて口元の血を拭う姿に、なぜだか笑いがこみあげた。
「それは、処女じゃないということか?」
不機嫌な顔で、魔王が尋ねてくる。
……なんてことを聞くんだ、こいつは。
そうは思ったけれど、相手は魔族で人間とは違う。
魔族は基本的に生殖ではなく、自らの血を別の種族に与え、相手を魔族へと堕とし増える化け物だ。
それを考えれば、その言葉に下卑た意味は一切ないんだろう。
ただそこには、血が美味いかマズイかの意味しか込められてない。
「こんな男女を相手にする奴なんているわけがないだろう。それこそ、次の勇者を産ませるという使命がなければ、誰も相手をしたがらないさ」
自棄になりながら答える。
魔王とこんなに話したのは、初めてかもしれない。
「そいつらの見る目がないだけだ。戦うお前は、このオレが目を奪われるくらいに美しい」
「な、何を言ってるんだお前は!」
魔王は真顔で、妙なことを言う。
思わず、胸がドキリとしたのは、きっと気の迷いだ。
「まだお前は、誰のものでもないということだな。好都合だ」
魔王が微笑む。
女ならくらりときそうな極上の笑みだった。
「こんなのでも血がすすりたいのか? なら、好きなだけ食らって……そして殺してくれ」
物好きだな、魔王は。
その美貌があれば、血を捧げる美しい女がいくらでもいるだろうに。
勇者として、魔族の糧になるのは嫌だった。
けれど、魔王になら血を吸われても構わないと私は思っていた。
魔王を倒すために生まれてきた。
勇者であることが生きる理由で、それを奪われた私にはなにもない。
戦いしかなかった短い人生の中で、私の全てをぶつけた目の前の魔王だけが……きっと自分を理解してくれている。
不思議と、そう思えたのだ。
死んでなお、魔王の中に自分の証が残るなら、それでいい気がした。
「そうさせてもらう」
魔王はそう言って。
私へと顔を近づけ――そして、唇を貪った。
「ッ!? んぅ、ン……!!」
予想もしなかった魔王の行動に、パニックになる。
止めろというように胸を押し返そうとしたのに、抵抗は意味をなさなかった。
戸惑う私の肌を魔王の手がなぞり、ぞくぞくとした知らない感覚が、体を支配していく。
「んむ……あ、はぁ……。ちょっと待て魔王! お前、私に何をする気だ!」
「食べて、好きにしていいと言ったのは……お前だろう?」
ようやく口づけから解放されて叫べば、魔王は艶っぽい声で囁く。
慌てる私を見下ろす彼の目は――怪しい光を帯びていた。
ぞくりと震えるほどの色気が、その体から放たれていて。
また口づけを受ければ、体から力が抜けていく。
「た、食べるとはそっちの意味じゃない! 魔族はそういうことをしないんじゃないのか!」
「オレは異端だからな。他の魔族とは色々と違うんだ。光を浴びても灰になることはないし、血よりもお前が欲しい」
熱の灯る魔王の瞳には、自分が映っている。
おかしい。
なんで私は魔王に……こんなふうに迫られているのか。
告白されたように感じて、顔が熱くなるのを認めたくはない。
「勇者ともあろうものが、一度口にした約束を違えるのか? オレに怯え、恐れるならそれもいいが」
キスをしながら、くくっと魔王が挑発するように笑う。
勇者を引き合いに出されると、私は弱かった。
「っ……好きにしろ! けど、覚えていろ。私はお前に屈したりしない。この屈辱は倍にして返してやる! 絶対にお前を殺してやるからな!」
「くくっ、ようやくいつもの目に戻ったな。お前がオレを殺すその日まで、気長に遊んでやるから――退屈させるなよ?」
睨んで悪態をつけば、楽しむように魔王の口づけが降ってきて。
その日、私は魔王の好きなようにされてしまった。
その後色々ありましたが、現在勇者は九人の子供と孫に囲まれ、魔王と幸せに暮らしております。息子達が目を背けたくなるくらいにはラブラブです。
「本編前に殺されている乙女ゲームの悪役に転生しました」に出てくる、イクシスの両親ニコルとオリヴィアの話になります。