おーばーらいと
ご注意ください。以下が含まれます。
・荒い設定
・ご都合主義
・誤字脱字
・時間をドブに捨てる可能性
それでもよいというお方、どうぞ生暖かくご一読ください
雲ひとつない晴天、風も穏やかで心地よい。
スポーツやピクニックをするなら、こんな天気が最高だろう。
そんな青空の下、俺は、というとビルとビルの間や工事現場を駆け抜け、現在はどこかの雑木林を疾走している。
目的は目標の追跡だ。
実はもうかれこれ1時間以上この追いかけっこを行っていて、正直もう走りたくない。。。
ご、ゴールしてもいいよね?
というか、もう足が動かないって。。。
足を止めようとしたその瞬間、携帯電話がなった。
表示を見なくても誰かは想像付く、というか今の俺へ携帯電話を掛けてくる相手は間違い電話をのぞけば数名しかいない。
大家さんと、現在の上司のどちらかだ。
そして、現在絶賛勤務中の俺に掛けてくるのは当然。。。
「雷斗、止めるのは勝手だけど、そうしたら今月もアンタの達成依頼ゼロよ。わかるわよね?」
「や、やだなぁ、まだ、走ってるじゃないですか」
「さっきから、アンタの位置情報の移動速度が徒歩並なのよね、諦めてないってんなら、態度で示してもらいたいんだけど〜。所長のアタシとしては」
「そ、そうっすか、俺的には颯爽と駆け抜けてるんですけどね、、、あははは」
「まぁ、目標の方も位置情報もどういうわけか、今アンタがいる雑木林の出口辺りで移動しなくなったから、さっさと捕まえて」
「はーい。わかりましたよ」
思ったとおり、上司(所長)だった。
携帯電話の通信を切ったことを確認してから毒付く。
「もともと、探偵なんて柄にもないことさせられたら、成果なんかでねぇっての、しかし、最近のペットは首輪にGPS仕込んでんだからすげえ時代だ」
とかなんとかブツブツ言う割には、ちゃんと走って雑木林の出口に向かうあたり体に染み付いた社畜根性は、生まれ変わっても変わらないんだと思い知らされる。
こりゃ、馬鹿は死んでも治らないなんて言葉も生まれるわけだ。
しばらくして、ようやく雑木林の出口にやってきた。
さて、目標は。。。
と、周囲に目をやると何やらガサガサという音と興奮気味の鳴き声が聞こえる。
その音に近づいてみると、そこには小さなトラバサミに引っかかった茶色と白の縞模様のネコが必死に罠から逃れようともがき、痛みに苦しんでいた。
そう言えば、この周辺には小さいながらも畑があったから、おそらく畑を荒らしに来る動物用だろう。
ちなみに、目標というのはこのネコのことだ。
携帯を開き、所長に連絡を入れる。
「所長、目標を見つけました。罠にはまってまして、怪我もしています。なかったことにして良いですか?」
「了解した。内容の申請を」
「はい。目標を捕らえているトラバサミの解除およびそれによって目標が負った怪我の治療を上書きの内容として申請します」
「よし、申請の内容について実行を許可する、早く助けてやりなさいな」
「了解!」
携帯電話を切って、膝を付きネコに近づいて抱きかかえた。
ネコは当然警戒をし、爪を立てて引っかいてきたがまぁ仕方がない。
「ちょっと大人しくしてろって」
そう言って、まずトラバサミに手をかざす。
「さて、始めますか」
意識を集中し、このトラバサミの記録を見る。
その様子は歴史の年表のようになっていて、その中からこのネコを捕まえたことが書かれている一文を見つけるとその一文をなぞる。
すると、このトラバサミの記録として書き込まれていた一文はスッと消えていく。
その瞬間、トラバサミが音を立てて外れた。
「よし、つぎはお前の傷をなかったことにしてやるからな。悪いけどちょっと記憶を見せてもらうよ」
ネコの顔に手をやり同じように意識を集中する、するとネコは気を失い先ほどのトラバサミと同じ様に、今度はネコの記憶が表れた。
トラバサミにかかった部分を消去し、ネコの傷が消えたことを確認する。
「これで大丈夫だ」
ネコを抱えたまま携帯を取り出し、所長へ連絡を入れる。
「完了しました」
「そう、ご苦労様。悪いけどすぐに戻ってきてくれるかしら」
「あの〜、俺、走りっぱなしだったんですけど。。。ちょっと休憩しても。。。」
「だめよ。かわいい依頼主さんが、首を長くして待ってるの忘れた?」
泣きそうな顔で、飼っていた猫を探して欲しいと依頼をしてきた小学生くらいの少女のことを思い出す。
「出来るだけ早く帰ります。。。」
「よろしい。」
事務所に到着した頃には、すっかり日も暮れて夕食の時間となっていた。
朝からネコ探しで食事をしていない身分としては、漂う香りがもはや凶器に等しい。
カロリーをよこせと荒れ狂う胃袋を理性で押さえつけつつ、俺は事務所の扉を開けた。
「所長、大場雷斗ただいま戻りました」
俺が所属している篠上探偵事務所は、所長である篠上 美香と俺、大場 雷斗の二人でやっている弱小探偵事務所だ。
業務の内容は、一般的な探偵のイメージであろう、人探しやペット探し等の外に、人に言えない悩みの相談。
その他、依頼が少ないときは街頭で企業向けの市場マーケティングの調査手伝いなどもやったりする。
事務所に入ると、手前に応接用のテーブルやソファーが置いてあるスペースがあり、仕事用のデスクは奥の窓際に設置されていて資料整理用のデスクトップパソコンもある。
ちなみに、事務所のWEBページもあるのだがそれは俺が作った。
だがお粗末すぎてここでは描写を避けたい。
「あら、遅かったわね」
俺を出迎えてくれたのは、所長だけだった。
依頼主の少女はどこだろうか?
「あの子なら家に帰したわよ。流石にこの時間までここで待たせるわけには行かないから」
「え、」
「そういうわけだから、行きましょうか」
「は? どこに?」
「あの子の家よ、それとも、年端も行かない少女を事務所に呼びつけるの? 鬼畜ロリコンね」
そういうことか、それならそうと普通に言ってくれれば良いのに。
「てか、誰が鬼畜ロリコンだ!!」
「本来の依頼遂行中に、勝手に別の依頼を引き受けて、理由を聞けば『女の子が泣いていたので』と来たら。。。ねぇ」
「あ、それは、その、、、」
「まぁ、マーケティング調査の報告に必要なサンプル数は超えていたから、問題ないといえば問題ないけど。社会人として仕事を途中で投げ出すのはよろしくないわよね。」
「すいませんでした」
観念して頭を下げる。
反射的に少女の依頼を引き受けてしまったのは、確かに問題があった。
所長は、少し笑うとソファーから立ち上がりコートを羽織った。
そして、雷斗が抱えているネコを預かると、代わりに小さな紙袋を雷斗に渡す。
中にはサンドイッチが入っていた。
「冗談よ。社会人としては褒められないかもしれないけど、一人の人間としては悪くないんじゃないかしら。おなか減ったでしょ? それ食べなさい」
依頼主の少女の家は、篠上探偵事務所からそう遠くない住宅街にあった。
最近のマンションはペットを飼うことを許可しているものもあると聞いていたが、彼女の住んでいるマンションが正にそうだった。
マンションの入り口にあるインターフォンに部屋の番号を入力し、呼び鈴を鳴らす。
ずっと待っていたのか、すぐに少女の声が聞こえてきた。
「はい。探偵さんですか!?」
「ええ。篠上探偵事務所の大場です。」
ネコが見つかったことを伝えると、少女はマンションの入り口まで急いでやってきた。
所長からネコを小さな腕の中に受け取ると、しっかりと抱きしめた。
「茶々丸、おかえり。探偵さんありがとう」
「いいんだよ。お譲ちゃんが笑顔になってくれて満足だ」
イタイイタイ、所長の視線が痛い。
絶対ロリコン疑惑深まってる。
あと、一切無言なのがすごく怖い。
「そ、それじゃ、おじさんたちはもう行くから」
そうして、少女と別れマンションを後にした。
満を持して所長が話しかけてくる。
「よかったじゃない」
あれ、絶対いじってくると思ったけど、俺の疑いすぎか。
「彼女の笑顔に免じて、鬼畜ロリコンから善良ロリコンにランクアップしてあげましょう」
2秒くらい前の俺の自戒の気持ちを返せ。
よ、よろこぶべきか? 怒るべきか?
言葉を紡げずにいると、所長が話しを続けた。
その横顔をチラッと見る。
あーくそ、やっぱり美人だよなぁこの人。
一見、腰まで届く黒髪でプライドが高そうなオーラがありそうなんだけど、小料理屋の女将さん的な柔らかさを兼ね備えていて、おそらく同姓からも好かれるタイプじゃないだろうか。
さらには、スタイルも良い。
実際仕事も出来る。
もはや無敵ウーマンだ。
なんで探偵をやっているのかを不思議に思う。
「ところで所長、今月、俺の給料出ます?」
「出ると思ってるの?」
「即答ですか、ということは今月も?」
「ご名答、察しが良い部下をもてて幸せだわ」
「今回の依頼内容は?」
「詳しくは明日話すけど、簡単に言うと自爆霊の除霊ね」
「先月よりはマシですよね?」
「マシになるかどうかは貴方次第だけど、何とかなるんじゃない? よろしく頼むわよ、見習い探偵クン」
こちらを振り向いてにやっと意地悪そうに笑う彼女の顔は、月明かりに照らされている。
それは、あの日のように不思議な魅力を兼ね備えていた。
そう、秋山 徹としての最後の夜のように。
**********
俺の前職について簡単に説明すると、パソコンに関するトラブルやQAについて調査して回答をするサポートという仕事だ。
その日は、珍しく問い合わせが少なく、手持ちの問い合わせを多く終了することが出来て、久々に手持ちの件数が15件を下回った。
その中には、日本有数の大企業で発生したトラブルも何件かあり、久々に何も考えずに眠れそうだと思っていた。
半年前に先輩が転職し、3ヶ月前に同僚が体調不良から入院、リーダーを含めて5人でやっていた対応を、俺とリーダーの二人でやることになったものの。
リーダーは自社の会議に出たり、雇用主側の社員と打ち合わせがあったりで実質俺一人でやっているようなものだった。
途中2名ほど増員したが、仕事量に付いて行けず辞めてしまった。
そんな状況の中、よくまぁやってるなと自分でも思った。
もっと厳しい状況の人もいるとは思うが、そうとうヤバイ労働環境だった自信がある。
そんなこんなで、久しぶりに定時上がりを果たした俺は帰り道でゲームセンターにでも寄ろうかなと考えながら、会社から最寄の駅へ歩いていた。
その途中、踏切で電車の通過を待っていると、隣に誰かがやってきたのを感じた。
雰囲気から女性であることは分かったが、お化け屋敷の幽霊役が着ているような白装束に帯だけ黒という姿で、左手に持つ大きな死神の鎌を肩に担いで右手を腰に当てドッシリと立っていた。
何かもう、鬼退治に行く桃太郎のごとく、威風堂々としていた。
そしてそのまま顔だけこちらに向ける。
その横顔が雲から顔を出した月明かりに照らされると、同時に彼女はこう言った。
「貴方、私のこと、見えているわね」
そう言った彼女の表情は、悲しそうだった。
「私の姿が見えるということは、貴方はもうすぐ死んでしまうの、言葉の意味、理解できる?」
不思議と「ああそうか、そうなのか」としか思わなかった。
しいて言えば、後もう少しでゲームセンターでプレイしているゲームがAランクに到達するからその後がいいなと思うくらいだ。
「いつ死ぬんですか?」
「正確には教えられないわ。遅くとも今日中には」
「有給いっぱい残ってたのに残念だなぁ」
「もし、まだ生きていたいと思うなら、とにかく今日を生き延びなさい」
「えっ?」
その瞬間、踏切を電車が通過しその音に少し驚いていたら、彼女はどこかへ行ってしまっていた。
疲れすぎで頭が変な幻覚を見せたのだろうかと思い、今日は寄り道しないで返って寝ることにした。
踏切を渡って、駅の改札を通りホーム向かう途中、案内の掲示板に電車が10分ほど遅延していると表示されていた。
込み合ったホームの状況からしばらくかかりそうだなと思い、進行方向側のホームの端のほうにあるイスに腰掛けた。
その瞬間、とてつもない睡魔に襲われ、逆らうことも出来ず眠りに落ちた。
「あ、あれ」
気が付くと、ホームの込み具合も電車の遅延も解消していて、時刻は23:30をすぎていた。
俺は、寝過ごさないよう、次の電車を立って待つことにした。
しばらくすると意識もハッキリして、ホームにも次の電車の到着を告げるアナウンスが流れた。
電車が速く来ないかと、線路の向こうを眺めると
遠くのほうから電車の明かりが見えた。
それと同時に、ホームの端をフラフラしながら歩いているいかにもサラリーマンな男性が目に入る。
だいぶ白髪になっているが、そこまで年を取っているようにも見えない。
せいぜい30台後半〜40台前半くらいだろう
危なくないか、そう思った瞬間、案の定サラリーマンは体制を崩しホームに落ちそうになった。
思うよりも先に体が動いた。
引っ張れば何とかなる。
しかし、その瞬間。
先ほどの女性が現れ、回りの時間が止まった。
「その人を助ければ、貴方は死ぬわ、助けなければ貴方は生きられる」
そういうとまた彼女は消えてしまう。
ただ、彼女の目は「選べ」と言っているようだった。
でも、そんなの動き出した時点で決まってる。
俺は、姿勢を崩したサラリーマンが何とか持ちこたえている間に手の届く距離まで詰め寄って声を掛けた。
「掴まれ!」
そして思いっきり引っ張り、見事にサラリーマンはこちら側に戻ってきた。
俺と入れ替わる形で。
これで終わりかぁ。
ほんと、人生クソだわ
まぁ、それでも、人助けが死因なら閻魔様も地獄に落とすようなことは言わないだろう。
死ぬ間際だというのに、走馬灯を見るでもなくそんなことを考えてしまった俺は、結局この世界に執着などなかったのかもしれない。
しかし、俺は電車に引かれることはなかった。
恐る恐る目を開けると、目の前に先ほどの女性が三度現れていた。
「呆れたわ。あそこまで迷いのないのは珍しいわよ」
そこは、暗い何もない空間だった。
ただ、自分と声の主である彼女の姿だけが分かる。
そんな空間。
そして彼女はこう切り出してきた。
「改めて自己紹介をするわ。初めまして秋山 徹。私は貴方たちの言葉で表すところの死神よ」
「ああ、なんとなくそんな気はしてました」
「あら、貴方が空想好きでいろんな世界の設定とかを日頃からあれこれ考えて楽しんでるのは知ってたけど、そんなに素直に受け入れられるとこっちが戸惑うわね」
「いやー、それほどでもー、、、って、どうして俺の趣味を知ってるんですか? お知り合いでしたっけ?」
「貴方が私を認識しているのは初めてでしょうけど、私は死神、貴方が生まれたときから見守ってきたわ、そのくらい知ってるわよ」
俺が彼女の発言を疑っていると、それに気が付いた彼女がニヤっと笑ってこういった。
「小学校のときに隠れて飼っていたネコの名前はシャロ。初恋の子に送る歌もこっそり作ってたわね、タイトルは。。。」
「スターップ!! それ以上は、それ以上はいけない!!」
この女、なぜ俺の黒歴史をここまで詳細に知っている。
死神云々はおいといて、俺を知っていることだけは確かだ。
とにかく、話の矛先を変えよう。
「それで、その死神様がやってきたということは、本当に死んだってことなんですかね」
「そうね、このままならそうなるわ」
そういうと彼女は、俺にこう言った。
「そこで一つ提案なんだけど、私の助手として生き返ってみない?」
「生き返る?」
「そう、当然、秋山 徹とはまったく異なった人間として生きてもらうことになるわ。」
「助手ってことは、何を手伝うんです」
「貴方たち人間が生きている世界と、死んだ後に来る世界の間で起こる問題の解決よ。詳しい話は助手になってからにさせてもらうわ」
うーん、正直あの世界にもう一回生き返れといわれても、罰ゲームにしか思えない。
さっさと輪廻転生の輪に加わったほうが良いんじゃないだろうか。
もう、散々いろんなトラブルに巻き込まれてきたよ、休ませてくれ。
「せっかくですが。。。」
「ちなみに、異能が使えるようになるわよ」
「えっ?」
「当然普通の人間のままじゃ、私も助手にしないわ」
特殊能力ではなく、異能という言葉を持ち出すあたり、やはり俺の好みを把握している。
二つの世界の狭間に存在し異能を用いて問題を解決する。
そのうち、バトル物になりそうな雰囲気のある割と好みのジャンルだ。
どんな能力なんだろうか、気になる気になる。
「もちろん、能力についても助手になってから教えることになるわ」
そりゃそうだ。
というか、正直もう心は決まってた。
「一つ教えて欲しい、俺が助けたおっさんは無事?」
「ええ、無事よ。貴方のおかげで、彼は3日後の娘の誕生日を祝うことが出来るわ。そのために無理して仕事を詰めていたの、だから許してあげて」
許すも何もない。
俺の命でそれだけのものが救えたなら、おつりが来るじゃないか。
生まれ変わって、また誰かの助けになれるなら、悪くはないかな。
「わかった。俺、やってみるよ」
俺はそう答えた。
その瞬間、ゆっくりと周りの景色が輝きに包まれていき、俺の意識も遠のいていくのを感じた。
「ありがとう、あなたならきっとそう言ってくれると思っていたわ」
それが秋山 徹としての最後記憶だ。
そうして、人間の生きる世界(生界)と人間が死んだ後の世界(死界)の二つを舞台に、俺の2度目の人生がスタートしたわけだ。
与えられた異能が記憶や記録を操作できる能力というのは想像してなかったけどね。
いや、わりとすごい能力だと思うんだけど、いかんせん地味だ。
間違いなくバトル物には発展しない。
さらに、第二の人生を生きることになった訳で、当然、以前とは何もかも変わる物だと思っていた。
が、変わったのは、俺の名前だけ。
それ以外は、昔と変わらない。
平均よりちょっと低めの身長、真ん中よりはややイケメンよりの容姿。
油が切れて回転の遅い脳みそ。
正直、スペックアップを期待していた。
以前よりは高スペックになると期待していただけに、結構ショックだった。
これでは、以前より人生が楽しくなるとは思えない。。。
よくて前と同じ、前より悪くなる可能性のほうが高いんじゃないか?
俺がそう思うのは、唯一変わった俺の新しい名前だ。
「大場 雷斗って、能力を現す名前にする必要があるっていってもさぁ、これどっちかって言ったらDQNネームですよね?」
自室に戻り、シャワーを浴びて布団に潜り込みため息をつく。
新生活の自室は、事務所の上の部屋だった。
といっても、間取りも、以前使用していたPC等も全部そのままこの部屋にスライドしてきたような状態だった。
ありがたいことはありがたいのだが、なんだか生まれ変わったという気がしない。
これなら、まったく別の異世界にでも転生されたほうが新しい人生のスタートという意味ではワクワクしただろう。
今日の仕事もメッチャ走って疲れたし、帰り道もネコが暴れたりして大変だったし。
飯もあんまり食えなかったし。
愚痴りながら、ふとあの少女の言葉を思い出す
「探偵さん、ありがとう」
まぁ、そんなに悪くは、ないのかも、なぁ、、、
そんなことを考えながら、俺は眠りに落ちていった。
翌日、俺と所長は生界(人間が認識してる世界)を離れて、死界(普通の人には認識できない世界、死んだ後に認識できるようになるのが普通)に来た。
所長が事務所の玄関でなにやら呪文を唱えたら、地獄の門みたいな禍々しいものに変わり、多少ビビリながらそれを通ったわけなんだが。。。
「何ぼんやりしてるの、時間的な余裕はそんなにないのよ」
所長がポカーンとしている俺に話しかけてくる。
あわてて所長の後を追おうとしたが、頭に浮かんだ疑問のせいで動けなかった。
いや、だってさ。。。
「ここ、新宿ですよね?」
想像していた世界、良くある地獄っぽいものとかけ離れすぎていた。
「位置的にはそうなるわね」
「いやいや、建物だってそうじゃないですか」
「まぁ、そうなるわね。話してあげるから、早く歩きなさい」
戸惑いつつも所長の後を付いていくキョロキョロ辺りを見回すと、サラリーマン風の人々が歩いている。
やっぱり、ここは新宿なんじゃないだろうか。
「死界というのは、人間が死んだ後に認識できるようになる世界というのはこの間はなしたわね?」
「ええ、おぼえてますよ」
「生きている人間には認識できないだけで同じ場所に存在しているの、ちょっと意味が違うけど、鏡の中の世界みたいなものよ。貴方には同じフォルダにファイルが置いてあるけど、権限がなくて見えなくなっている状態といったほうが良いかしら?」
「は、はぁ」
「まぁ、そんなものだと思ってちょうだい。すぐに慣れるわ。理由はあるのよ、死んだ後に色々と審査にかけられて天国と地獄のどちらに行くか決まるんだけど順番がすぐに回ってくるわけじゃないの」
「そんなの、順番待ってれば良いんじゃないんですか?」
「それがねぇ、この国の人間はどうも暇があると『何かしなくちゃいけない』って強迫観念に駆られるみたいで、自由にさせておくとメンタル的に不安定になる傾向が強いのよ。」
「ええ。。。」
「もちろん強制的に何かさせてるわけじゃないわ、望む人にはこちらの手伝いをしてもらっているの。最近はゆっくり自由を満喫する人も増えてきたけどそれはそれで、判決受けて天国にも地獄にも行きたくないってゴネるやつばかりだし。。。」
なんでこう両極端で扱いつらいのか、所長がそう考えていることは聞かなくても分かるくらい顔に出ていた。
そうこう話しながら、目的地に着いた。
ああ、建物ね、都庁だったよ。。。
所長ってそういえば死神だもんね、死んだ後の世界で言えば公務員みたいなものになるよね、そしたら都庁に用事があっても不思議じゃないや。
建物の中に入り、エレベーターで上昇する。
外に見える景色もきっと同じなんだろう。
やがて目的の階に到着し、会議室に通された。
ソファーに座ろうとしてふと思う。
あれ、この場合どこに座るのが常識的なんだっけ?
入り口から近いほう? 遠いほう?
しまった、会議なんて自席で電話会議しながら、別件のログ調査しながらだったし、こういう偉い人との話をするための会議なんて初めてだぞ。。。
あー、電話会議で思い出したけど、相川先輩は元気かなぁ、あの人、電話会議しながら、社内用のチャットで後輩の調査アドバイスして、自分の調査までやっちゃうからなぁ。
あ、俺の抱えてた問い合わせ、、、相川先輩に行ったのかなぁ。
結局、世話ばっかりかけてしまった。
何一つ、役に立てず仕舞いだ。
「お待たせしてすいません」
と、扉を開けながら背の高い男性が部屋に入ってきた。
ビシッとした上物のスーツに身を包んだ、仕事のできるビジネスマン的なオーラがすごい。
サラリーマン階級の最下層としての習性でどうしても下手に出なければいけない気がする。
どう対応して良いかわからず、あたふたする俺を尻目に所長が挨拶をする。
「お久しぶりです、秦広王」
え、王? 王様?
「なんというか、先輩にそう呼ばれるのだけは慣れないですね、職についてから時間はたっているんですが」
「それくらいは職責の一つと考えなさいな」
え、所長、王様の先輩なの?
もしかしてすっごく偉い人なの?
いや、人じゃなくて死神か。。。
え、一番えらい死神って誰? タナトスさん?
「ほら、あんたが余計なこと言うから、ウチの助手が処理しきれなくなったじゃない」
「ああ、申し訳ない。僕は先輩の元同僚で秦広王という役職なんだよ。知ってるかもしれないけれど、死んだ人の逝く先を審判する十王の一人。今日は篠上探偵事務所にお願いしたい仕事が会あってわざわざ来てもらったんだ」
王と名の付く役職の立場とは思えないほど温和で気さくな感じだと俺は思った。
秦広王は俺と所長にソファーに座るよう促し、自分も所長に向き合って座るとその仕事内容を話し始めた。
「仕事というのは、私の部下の女性に関することです」
え、それって何、アレな昼ドラ的なお話? うっわこんなところも現世仕様かよ。。。
なに、その女性とのアレでアレアレなアレレレノレの記憶を消せってか?
うわー、やりたくねぇ。。。
と、俺が思っていると、所長が茶化すように言った。
「なに? アンタまた手出したの?」
「違います!!」
今までの冷静沈着な態度を一気に覆すような全力否定だった。
この人、この手の話は苦手なんだな。。。
なんだろう、なんだか親近感がわいてきた。
「根も葉もない噂はいくつかありますけど、僕が誰かに手を出したことなんて一度もないのは、先輩が一番知ってるじゃないですか」
「冗談よ冗談。相変わらず耐性がないのねぇ」
「い、いいですか、ちゃんと聞いてください」
「話は簡潔に結論から短くまとめてね、あんたの話は余計な感情が入って長くなるから」
あ、何このやり取り、身に覚えがありすぎて俺が怒られてる様な気がしてきた。
所長の視線、高圧的で逆らいがたいんだよなぁ。
絶対いじめっ子だよ。
俺のいじめられっ子センサーがビンビン反応してるもん。
「僕の部下の女性の一人が。。。」
「『の』が多い」
「くっ、、、あちら側の世界へ研修に行っているんですが、事故が起きてしまいました。」
が、頑張って秦広王マジ頑張って!
「監視対象の女性に憑依してしまい、その女性の肉体と一体化してしまったのです」
それを聞くと、流石に所長も茶化したりしなくなった。
話をまとめるとこうだ。
秦広王の部下の女性が、死期の近づいた監視対象「安達恵美」さんの最後を見届けに人間界へ向かい、その時を待っていた。
しかし、何の間違いか死期よりも早く彼女に死が訪れてしまう事態が発生した。
具体的に言うと、安達恵美さんが買い物帰りに自転車をこいで坂道を登っていたところ、坂道の上で子供が転んでしまい、その子供が持っていたサッカーボールを手放してしまった。
安達恵美さんは、坂道の上から転がってきたボールを避けようとしてバランスを崩し、自転車ごと倒れてしまう。
それだけなら大丈夫だったのだが、ボールを追いかけてきた子供が車道に飛び出し背後からトラックが来ているのが視界に入ってしまった。
安達恵美さんは反射的にその子供を庇ってトラックに引かれてしまった。
それを見ていた秦広王の部下の女性は、安達恵美さんの肉体に憑依して肉体と精神の死を回避させた。
その事態を把握できたのが昨日、安達恵美さんの本来の死は今日を入れて2日後。
そういう状況だ。
ということらしい。
が正直何がどうなってそうなるのかが分からないので、そういうものだと思うことしか出来なかった。
そして、秦広王の依頼内容は簡潔に言うとこうだった。
「今回の依頼は、安達恵美さんに憑依した私の部下を、安達恵美さんの肉体から解放していただきたいのです」
なるほど、憑依した事実を消してしまえば肉体と切り離されて元の状態に戻るということか。
俺の能力は今回の件に関して言えばうってつけだ。
所長は少しだけ思案した後、「わかったわ、受けましょう」と言った。
それを聞いた秦広王は少しだけ安堵の表情を見せたような気がしたが、おそらくは思い違いだろう。
それより気になることがあった。
「秦広王の部下の女性を安達恵美さんの肉体から解放した場合、安達恵美さんはどうなるんですか?」
秦広王が答えようとしたが、所長がそれを制してこう言った。
「安達恵美さんは死ぬわ。本来はね、今回みたいな状況になった場合、何もしないのがルールなのよ。私たちが知っている死期や死因はあくまでその予定であって決定じゃないの」
「じゃぁ、そのまま生活を続けた場合は?」
「その場合は、予定されていた死期と死因で安達恵美さんと一緒に死んでもらうことになるわ」
まぁ、そうなるか、そういうものか。
予期せぬ出来事や事態は起きるもので、そうなった場合はなるべく被害が小さくなる方法を選択するのが当たり前だ。
何もかもを救うみたいな理想を追っちゃいけない。
だけど、本当にそれで良いのか。。。
話を聞き終えた所長と俺は、一度事務所に戻り安達恵美さんの事故について人間の世界ではどのような情報が伝えられているかを調査した。
内容としては、先ほど秦広王から聞いたものと大差は無い。
新しい情報として彼女が36歳ということと、子供がいるということが分かった。
「それじゃ、そろそろ行くわよ。いいのね?」
あらためて所長が俺に確認を取った。
「良いも悪いも、受けちゃったらやるしかないじゃないですか」
「あの依頼内容なら、貴方の力がなくても問題ないのよ。現在の状態を解除するほう方はいくつかあるわ。術式を使って肉体と精神のひも付きを解除するとかね」
「じゃあ、なんでわざわざ俺たちに?」
「私が顔見知りで、立場上お願いしやすかったというは事実でしょうけど、建前だと思って良いでしょうね。なんとなくだけど、彼の本当のお願いには貴方の力が必要だったんじゃないかしら、それが何なのかは流石に言ってくれなきゃ分からないけど」
「なんで言ってくれないんでしょうね」
「昔からそうだけど、誰にでも出来るお願い以外はしないのよ。失敗しそうなお願いは言えない子なの」
「管理職としては苦労しそうですね」
「いいえ、そういう上司で苦労するのは部下のほうよ、出来ることだけやっていたらそれ以外のことが出来なくなるもの、無茶振りして責任も取るのが本当の上司よ。普通の上司は無茶を振るだけだけどね」
なんとなく秦広王の人柄がわかってきたような気がするが、最後の方は素直に聞き入れたくは無い内容だった。
俺はどちらかといえば全部面倒見て欲しい。
なんて反論したらお説教されそうだったので止めることにした。
「で、話がそれちゃったから、もう一回聞くけど、あなたは今回の依頼についてくるの?」
おそらく所長が安達恵美の情報を調べるように指示したのは、経緯云々の確認じゃなくて、彼女が妻であり母親であることを事前に知っておけということなんだと思う。
そう、俺はこれからこの人を"殺さなくちゃいけない"そういう依頼だから。
先に決めておけということだ、その覚悟を。
あと、逃げ出すなら今のうちだぞって言うことなのかもしれない。
所長の優しさなのだろう。。。それは考えすぎか。
今の俺には逃げる場所なんてないしな。
はは、元の人生もクソみたいだと思ったけど、死んだ後の世界だってクソみたいでかわりゃしねぇな。
**********
時刻は17時を少し回ったくらい。
千鳥保育園では、迎えに来る母親を待つ子供たちがいた。
その中に少しそわそわした様子で安達香苗はお友達の三上祥子と遊んでいた道具を片付けていた。
「カナちゃん」
三上祥子に声をかけられ、安達香苗は反射的にビクッとしてしまった。
三上祥子は、なぜ安達香苗がこんなにそわそわしているのか察しが付いていた。
「カナちゃんお母さんのこと心配?」
「うん」
「大丈夫だよ。ちゃんと迎えに来てくれるって」
「うん」
「昨日だって、一昨日だって、ちゃんと来てくれたでしょ?」
「うん」
香苗は何を言っても『うん』と力なく返事をするだけ。
祥子はそんな香苗が心配だった。
香苗の母親が事故に遭って以来、香苗は自分を迎えに来る母親のことが心配でならなかった。
香苗の母親はパート先がスーパーなので、仕事上がりに買い物をして香苗を迎えに来る。
その事故の日、香苗は母親に保育園へ送ってもらう際に、夕飯はカレーハンバーグが良いとリクエストをしていた。
そのせいで、いつもより買い物の量が多く、そのせいで自転車のバランスを崩してしまったと思い込んでいた。
祥子は、可能性として確かに香苗の考えは否定出来ないと思っていたが、いくらなんでも思いつめすぎだと思っていた。
保育園のお昼に出たカレーを見て泣き出してしまうほどだったので、何とかしなくてはと子供心に思っていた。
さて、どうすべきか何か香苗の好きな話題で意識をそらすことを考えたが香苗が好きな話題というとお母さんの話になってしまうことを思い出す。
祥子はダメもとで好きなドラマやスポーツの話をしてみようと心に決めた。
「カナちゃん、あのね、昨日の。。。」
と香苗に話しかけたところ、保育士の石田由紀に声をかけられた。
「祥子ちゃん、お母さん迎えに来たわよ」
それはマズイ! このタイミングでそれは困る。
香苗に対してこの上なく心苦しくなる。
祥子は焦った。
かくなる上は聞かなかったことにするしかない。
祥子がそう心に決めた瞬間、香苗と目が会った。
「ショーちゃん。また明日ね」
香苗は少し困ったような顔をして祥子に手を振った。
「え、えっと、、、、うん、、、またね」
祥子は石田先生に連れられて、母親の元へやってきた。
なんだか気まずそうな顔をしているわが子を見て、「アンタどうしたの?」と母親は声をかけ事情を聞いた。
「んじゃ、アンタ、カナちゃんのお母さん来るまで待ってなさいな」
「いいの?」
「そうしたいんだろ? ならそうしな。どうせカナちゃんが気になって家でソワソワするんだろうからねアンタは」
「うん、じゃあそうする」
「先生にはアタシから言っておくよ」
母親から許可を得た祥子は香苗の元に戻った。
祥子の母親は石田先生に事情を説明している。
俺と所長は少し離れた上空から特殊な双眼鏡で様子を見ていた。
「ステキなお友達がいるのねあの子」
それは、不幸中の幸いで、その幸いもこれから起きる不幸に対しては焼け石に水でしかないという気持ちが読み取れる台詞だった。
その不幸をもたらすのが俺たちな訳だからやりきれない。
そんなことを思っていたら、安達恵美が保育園に到着した。
事故以来、彼女は自転車ではなく徒歩で送り迎えを行っている。
それは香苗のお願いだそうだ。
なぜそんなことを知っているかというと、実はこの保育園に来るより先に恵美に会ってきたからだ。
所長は彼女が自分の状態をどこまで認識しているかを確認するためだと言っていたが残りの時間を大切に使えと教える為だったんじゃないかと思う。
しかし、先に接触してきたのは彼女のほうだった。
仕事を終えて買い物を済まし、娘を迎えに行こうとした彼女は俺と所長を見て悟ったのか、自分のほうから近づいてきて「死神の方のお知り合いですよね?」と聞いてきた。
所長は特に驚く様子もなく、「その通りです。安達恵美さん貴方をお迎えに来ました」と告げた。
それを聞いた彼女から、娘の保育園へ向かう間で少し話をしないかと誘われて世間話のような会話をした。
娘が通っている保育園は、ずっと昔に自分が通っていた保育園であること。
卒園の際、記念樹として保育園の門の近くにハナミズキの苗を植えたこと。
高校進学して一旦この町を離れたが、就職の際に戻ってきたこと。
戻ってきて結婚して、子供を授かったこと。
自分の植えたハナミズキにずっと見守られてきたこと。
そういう話を聞いた。
そして、彼女が話し終えると所長は彼女に残された時間が今日を入れて後2日しかないことを伝えた。
その後、保育園までの途中で俺たちと安達恵美の話は終り、俺たちは先に保育園に来たということだ。
人間の世界ではおおっぴらに活動できないので、人間の感覚では認識できなくなるレインコートのようなものを着ている。
ちなみに、機能はオンオフの切り替えが可能だ。
安達恵美が在園時に植えたというハナミズキのそばで様子を伺っていた。
俺は、それまで疑問に思っていたことを所長に聞いてみた
「もし仮に、仮にですけど、俺が安達恵美さんの死をなかったことにしたらどうなります?」
「残念だけど、どうにもならないわ。死んでしまうと肉体と魂が切り離されてしまうのよ。肉体的には死ななかったことになっても、魂が無い肉体だけという状態になってしまうわ。肉体と魂は命で結びついているの。仮に新しい命を用意できてもうまく行くかどうか。。。」
なるほど、ハードディスクやCPUやメモリを修理しても、インストールされているOSのファイルシステムが読み込めなかったら起動できないようなものか。
「それに、アナタの能力は他者の命を別の肉体に紐付けたり切り離したりはできないわよ。私と違って死神じゃないんだから」
そこまで言って、所長はハッと何かに気が付いたようだった。
小さく「もっと素直に人を頼りなさいな」と溜息をつく。
その言葉の相手は、秦広王のことだろうか。
そして、キリッとした表情でこちらへ向き直る。
「今、安達恵美の肉体と魂を紐つけているのは、担当の死神よ。彼女の命を肉体に入れて魂をつなぎとめている状態なの。だから、私が別の命を安達恵美の肉体に紐つけてアナタがその命に安達恵美の魂ごと記憶を定着させることが出来れば、二人とも助けられるわ」
「本当ですか!?」
「理論上はね。そもそも変わりの命をどうやって用意するのかが問題よ。仮に用意できたとして魂と適合していないと成功しないわ」
「魂と命の適合ってどういう条件なんですか?」
「そうねぇ、魂の方は一緒に過ごした時間や価値観とか、大雑把に言うと仲の良い友達や親子みたいな関係かしら。肉体の方は魂に引きずられるから気にしなくて良いわ、例え適合してなくても時間と共に馴染んでいくから」
「命の用意って具体的には?」
「生きてる物から引き抜くしかないわね」
「え、、、そんなことできるんですか!?」
「あら、わりと普通よ。河童にも出来るし」
「は!? 河童?」
「そうよ、尻子玉ってしらない? 昔は結構手伝ってもらったのよ仕事を。わずかなきゅうりで働かせすぎちゃって総ストライキ。人間の世界からは居なくなっちゃったけどね」
「そうなんですかぁ。。。じゃない。つまり誰か他の人の命を取っちゃうってことですよね?」
「ええ、そうなるわ。花や他の動物にも命はあるけど、種族が異なると利用するには難しいわね」
「何か条件があるんですか?」
「人間もそうだけど、長い年月を経てある境地に至った場合、その命は上位の存在となれるの。物なら九十九神、花や山や木なら精霊になるって言ったら少しは理解しやすいかしら」
「なるほど、人間なら仙人ってところですか」
「ああ、確かにそんなところね。その中でも上位となれば自分の命を分け与えることも可能よ」
「それじゃ、その九十九神や精霊から命を分けてもらいましょうよ」
「忘れたの? 単に命を与えただけではダメよ。彼女と適合する命でないと」
家族や親しい友人のような関係で、九十九神か精霊のような存在。。。。
条件を並べてみただけでもう意味が分からん。
所長は知恵熱が出そうな俺の顔を見ながら、どこか腑に落ちない様子でこういった。
「状況が理解できたようね。つまり、そんな条件は狙って用意でもしない限り不可能ってこと」
「でも、俺、助けたいです。誰かを死なせる為に生き返ったわけじゃない。助けたいからここに居るんだ。死神は死なせるだけかもしれないけど、こんな形じゃなくて幸せに生きて、それで死んでほしいんだ」
そんなやり取りをしていると、安達恵美が娘を迎えに保育園に到着した。
それを一番最初に見つけたのは祥子だ。
嬉しそうに香苗に安達恵美がやってきたことを教えている。
それを聞いた香苗は急いで帰り支度を終えて母親の元へ走っていった。
それを聞きつけたのか、祥子の母親も石田先生と一緒にやってきて4人は石田先生に別れの挨拶をする。
そして保育園の門の近くまで来ると、香苗と恵美は門の側に立っている立派な樹にたいして小さく手を振った。
それを見ていた所長は、ようやく納得したというように小さく「やれやれ」と呟いた。
「なるほどね、いったい誰の仕込みなのかしら。ま、この際、それは良いか直接聞けば良いだけだし。雷斗、アナタ次第だけど助けられれるわよ彼女」
つい先ほど感情を高ぶらせていた俺は、その言葉に困惑してしまい喜びも驚きも通り越して「え? なんで?」という顔になってしまった。
「説明は後、まずは彼と話をしましょう」
そう言って所長は保育園の門の方へ降りていった。
なにがなんだか分からないまま、俺は所長を追いかけた。
所長は俺のほうに少し振り向くとこう言った。
「あと、アタシだってアンタに誰かを死なせる手伝いをさせたいわけじゃない。私たち死神も、できれば全ての人に幸せに生きて人生を終わらせて欲しいと思ってる。いいわね?」
グサッと心に来る一言だった。
後でちゃんと謝っておこう。
そして所長は、保育園の門の側に立っている樹を見つめていた。
樹には札がかかっており、記念樹として植えられた時期と『ハナミズキ』と書かれていた。
「この樹って、安達恵美さんが植えたって言ってたハナミズキ」
「ええ、親子揃って手を振ってたしそうでしょうね。他にハナミズキも植えられてないし。念のため記憶を見てもらって良いかしら」
所長に促され、ハナミズキの記憶を見ようとしたところ、いつもとは違う違和感を感じた。
それは、拒絶や抵抗というマイナスなイメージのものではなく、どちらかといえば温かくて優しい感じがした。
そして、ハナミズキの記憶が流れ込んできた。
安達恵美を含む園児たちの手によってここに植えられたこと。
たくさんの園児達を過ごしてきたこと。
卒園していった園時がこの町で大きくなっていく姿を見守ってきたこと。
安達恵美は、自分の植えた記念樹だからか、ちょくちょくこのハナミズキにの元にやってきて学校のことや友達のことを話していたようだ。
この町を離れるときも、またこの町に戻ってきたときも、恋人が出来たときも、結婚したときも、子供を授かったときも、その子供が自分と同じようにこの保育園に入ることになったと報告を受けたときも。
その報告を受けたときは、とても、とても嬉しかったそうだ。
それを所長に告げる。
「やっぱりね、記憶と感情を持っているということはこのハナミズキは精霊化してるわ。これなら、何とかなりそうね」
どうやら、この世界もたまにはクソじゃないらしい。
**********
件の保育園の近くから、俺は様子を伺っていた。
保育園の近くに自家用車が止まり、安達香苗が車から降りてきた。
「お父さん、ありがとう」
父親は安達香苗に手を振ると、車を出した。
安達香苗は、保育園の門を通り過ぎ自分の教室へ向かう。
「カナちゃん。今日はお父さんに送ってもらったの?」
「うん、お母さんお腹が大きくなってきたから」
「そっか、安静にしてなきゃだもんね」
「うん、でも、すぐお掃除とかしようとするんだよ。じっとしてられないのかなぁ」
「大人なのにねー」
「ホントだよねー」
「でも、カナちゃんがお姉さんになるんだね、いいなぁ」
二人は楽しそうに話しながら、歩いていった。
結論から語らせてもらうと、安達恵美も担当の死神もハナミズキも、誰も死ぬことはなく、今日という日を生きている。
そういうことだ。
知らなかったのだが、記憶を別の場所に移すという作業はとてつもなく負荷がかかるものだった。
魂から記憶という形で感情を含む情報を一旦自分の意識の中に溜め込んで、一定量溜め込んだら命のほうに移す。
言葉にすれば簡単に思えるが、実際にやってみると脳みそに無理やり情報を詰め込まれる為、意識が飛んでしまいそうになる。
実際その作業の後には限界に到達し、意識を失った。
どうやらそのまま半年ほど経過してしまったらしい。
今回の件のもう一人の中心人物である、秦広王の部下の死神は無事に職務に復旧できたが、私情を優先し騒動を起こしたとして担当地域を離れることになった。
とうとう遭うことはなかったが、元気にやっていてくれたならそれでいい。
見舞いに来た秦広王に、彼女へ何か伝えることは有るかと聞かれたので、ありがとうと伝えて欲しいと話した。
彼女が私情に流されてくれたおかげで、たくさんのものを悲しみから守れたんだから。
安達恵美、娘の香苗、香苗の妹、その3人の父親、祥子をはじめとする彼女らの周囲の人々、数え切れないくらいだ。
「もういいかしら? あんまり見てるとロリコンって通報されるわよ」
「へいへい、わかりましたよ」
「アンタがのんきに寝てる間に結構仕事たまっちゃったんだから、キビキビ働きなさい」
「はいはい、で、その仕事のないようはまだ聞かされてないんですけど」
「簡単に言うと、自縛霊を成仏させるって依頼なんだけど、ワケありで自爆霊しててねぇ」
「ワケあり?」
「恋人が出来てその日に事故に遭ったらしく、ずっとその恋人の近くで10年以上は成仏できてないそうよ」
「手ごわそうですね、ちゃんと成仏させられるんでしょうか」
「成仏は可能よ。その自縛霊の心残りを解消すればいいわ。問題はその解消によって自縛霊が幸福を感じられるかどうかね、下手すると悪霊になってしまうわ」
「大丈夫ですかねぇ」
「アンタなら出来るわよ、雷斗。悲しみや苦しさを、喜びや楽しさに上書き(オーバーライト)できる力を私は与えたつもり。だから大場 雷斗なのよ」
良い名前でしょ? と所長は言う
「ほんと所長ってネーミングセンスだけは皆無ですよね。誰かの子供の名付け親とか絶対になっちゃダメですからね」
無言のままグーで殴られた。
記憶が飛びそうになるほど痛かった。
「ふん、ならもう好きな名前に自分で改名でも何でもすれば良いわよ」
痛いってことは、生きてるってことで、生きてるってことはクソみたいな世の中と一緒に居るということだ。
「やだなぁ、冗談ですって」
「あっそ」
「あ、ちょっと、待ってくださいって」
でもさ、もしも、仮に、クソみたいな世の中に、自分の力でちょっとはマシな世界を作れるなら、それは凄く幸せなことじゃないだろうか。
「怒らないでくださいよ、焼きプリン買ってきますから。ね」
所長の後を追いながら、俺は思うのだ。
世の中、そこまで悪くないってさ。
このような作品を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
自分がこうなったら良いなと思うことを念頭に書きました。
よろしければ、評価コメント等お願いいたします。