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アスファルトの匂い

作者: oku-to

夕立があがって雨に濡れたアスファルトの匂いがした。


僕は誰かに会いたいなと思った。だけれど誰だろう。


僕はアスファルトの匂いを嗅ぎながら考えて、10年前の彼女にたどり着いた。


彼女の家は小さな商店街に入り、すぐに左に曲がる小道を抜けると見える。一段高くなった階段の上にあるアパートだった。


彼女と付き合っていた(付き合っていたのかもわからない不思議な関係ではあった)期間はほんとに春先から秋の気配が感じられるくらいの短い間だったが、その期間、僕にとって彼女は僕の一部であって彼女なしでは生きていくこともできなかっと思う。


彼女の家に行って、というより僕が転がり込んで一晩過ごしたり連泊することが多かったのだけれど、


「いまから行っていいかな?」


という僕の電話に彼女は常に100点の答えを返してくれた。


不思議なんだが、季節がらか、彼女の家に向かう途中でよく夕立に降られた。


だから雨に濡れたアスファルトの匂いは、彼女の家に続く匂いなのだ。


彼女は夕飯を手際良く作ってくれて、突然やって来た僕に嫌な顔ひとつしなかった。


彼女の家は目黒川に近かったから、夕食を食べたあと散歩に出かけることも多かった。


夕立があがったあとの空は綺麗だった。


僕は星を見ながら歩く彼女の横顔が大好きだった。


彼女は夜空ばかり見て歩くものだから、夕立でできた水溜りにはまりそうになりそうなこともしばしば。


「濡れちゃうよ」


僕が手を引いたときに、はにかんだような彼女の顔は少女のようだった。


原因があったわけではないけれど、彼女の家に行く回数は秋になるころには減って行き、いつの間にか音信不通になってしまった。


彼女と会っていた時間ほど心地よかったことはないのに、好きや愛してる、一緒にして欲しいといった類の話はお互いに一切しなかった。


彼女はいまもあの商店街の小道を左に抜けたアパートに住んでいるのだろうか。


まさかそんなことはないだろう。10年が経っているのだから。


雨に濡れたアスファルトの匂いの中で、その日、僕が最後に思い浮かべたのは、

きっといまも変わっていないはずの、星を見る澄んだ彼女の横顔だった。

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