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ディレクション  作者: 夜波 琳
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序幕



「この世は時を刻む羅針盤。針が廻り、歯車が廻り、時が廻る。清流の如く滑らかに、春風の如く穏やかに。其処に干渉し侵し、穢すことは何者にも許されぬ。森羅万象如何なる折にも、神の御身は世を愛してやまないのだ。…………はぁー」


 手にした古ぼけた手記を、古ぼけた本棚の古ぼけた本の間にそっと戻す。今日はここまでにしておこう、というか、何故本棚に手記があるのだ。謎といえば謎だが。置き忘れか゚何かだろうと適当に結論付ける。むっとした空気と鼻につく埃の匂いが、色濃く身にまとわりついているような感じがした。


 それを払うつもりで手で払い、ギシギシと鳴く梯子を登って湿った雰囲気から脱する。

 早く帰らないと怒られてしまうだろうか。いや、ちゃんと侍女たちに母様と父様に遅くなると伝えるよう言づけてきたから大丈夫なはず。


「わっ……」


 外気に晒された刹那、頬に冷たいものが落ちてくる。顔を上げれば、ネズミが群れを成して行進しているかのような、分厚い天蓋があった。地下書庫が、いつも以上にじっとりとしていたわけがわかる。


 ぽつりぽつりと落ちてくる雫が身を濡らす。あーぁ、新調したばかりの服なのに……。

 足場の悪い草地を、サイズの合わないサンダルで駆ける。


 結局今日も、面白そうな文献はいくつか目にしたが、これといったものを見つけることができなかった。8歳にして世界の謎に興味を示し、それに関した本を読みたいと両親に告げたときは苦笑いをされた。お前にはまだ早いと言わんばかりにただ頭を撫でられ、部屋に戻るよう言われた。いくら抗議しても受け流され、わたしは諦め半分で部屋を出るが、その前にちらりと振り返ってよかったと思う。

 父が、侍女帳に地下書庫の鍵を渡しているのを、わたしは見逃さなかった。

 元々直感は優れているのだ、親譲りで。


 それからというものの、侍女帳が眠っている隙に鍵を奪取、後に地下に潜り込むという日々を送っていた。そこには思った通り多くの、多すぎてわけがわからないほどの文書、文献が収容されていた。

 読んでも読んでも読みつくすことは出来ず、また、わたしの興味をそそる項目があっても肝心の内容が読めなかったり。煤が濃くて読めなかったり、虫に喰われてしまっていたり。決して保管状態が良いとは言えぬ環境だった。


 両親や侍女帳にバレて散々な思いをしたこともあったが、わたしの好奇心は折れなかった。知らないことを知るために書を読むのは当然のこと。わからないところがあればわかるように勉強する。その都度、わかることが増えていく。その量は微々たるものだが、知識であることに違いはない。


 8歳の少女の趣味にしては渋く、パッとしないものだという自覚もあったが、楽しいものは楽しい。やめられるわけがなかった。


 そんな生活を続けること早5年、13歳になった今もなお、求める答えには辿り着けずにいた。

 もっとも、何が知りたくて、知った上でどうしたいのかも明確ではなかったが。




 雨脚がより一層強まる、ザァザぁと耳に煩い音から逃げるように、門扉を目指す。

 ぬかるんだ地面はとても滑りやすく、何度も足がもつれかけた。


「きゃっ……」


 角を曲がろうとしたとき、思いっきり足が滑る。視界が揺れ、体が傾き、固く目を瞑る。

 だが、その衝撃のかわりにわたしの身を包んだのは、冷たくもしっかりとした誰かの腕だった。


「……っ」

「あ……、大丈夫、ですか…?」


 おそるおそる目をあければ、少々驚いたような表情でこちらを見つめる、深い赤の髪に憂いを帯びた金の瞳をもつ、わたしとそう大して差のない年であろう少年がいた。ボロボロの麻の布を体に巻き付けただけのような恰好に、腕や頭には赤いものが滲む包帯……。


 憂いを帯びた、というのは間違いかもしれない。何とも形容しがたい、雑多な感情が入り混じったような目をしている。


(金の、瞳……)


 以前読み漁った文献の中で、金の瞳を持つ者について何か記載があった気がするのだが、うまく思い出せない。あれは何だったか、何の文献だったか――。


「…あの……?」

「あっ……ごめんなさい!」


 すっかり自分の世界に入ろうとしてしまっていた自分を叱咤し、慌てて少年の腕から脱する。すると、彼が靴を履いていないことに気付くと同時に、腰に帯びる一振りの剣が目に付いた。


(脱走兵か何か……?)


「じゃぁ、俺はこれで……」


 おぼつかない足取りで去ろうとする少年に、わたしは慌てて声をかける。


「あ、ありがとう……!それから、あの」

「……?」


 気だるそうに振り返る少年に、わたしは微笑んだ。


「よかったら、うちで休んでいかない?」








 あの時どうして、声をかけてしまったのだろう。

 本当に、本当に、ただの気まぐれだったのだろうか。


 自分でもよくわからない思いは、空を覆う天蓋のようにしばらく晴れることはなかった。


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