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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
3章 内なる闇、秘められた過去
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黒と黒、朱と黒

 俺たちが何事かと思う間も無く――金属音が辺りに響いた。紛れもなく、槍と()()がぶつかったのだ。


「な……?」


 何が起こってんだ?

 俺たちの目には、何も見えない。だけど、アインの行動、そして今の音……そこに何かがあるってことだけは、分かった。


「……ここまで気配を感じないとはな。流石だ、と言っておこうか」


「お前こそな。おれの気配を読み取れる者など、そう多くはないのだが」


 アインが呟くと、何も無いはずの空間から、返事があった。もう、何が何だかサッパリだ。


 ……急な事態に混乱しつつあった俺の目にも、次の変化は見えた。

 それは、何も無かったはずの場所に、突如として人のシルエットが現れたってことだ。いったい、何者が……。



 ――――!!



「お、まえ、は……」


 声が、上手く出て来なかった。

 現れたのは、漆黒の毛皮を持つ、豹人の男。アインの槍と、男の双剣が、静かに拮抗している。

 俺は今が窮地である事も忘れて、そいつの姿に釘付けになっていた。



 ――俺は、()()()()()()()()()



 男の鋭い眼光の中に、昔の俺がうっすらと見えた。目の前の冷静な表情の奥に、優しく俺に語りかけて来ていた笑顔が見えた。

 それは、遠い遠い過去の記憶。それでも、一時たりとも忘れたことなど無かった人。その面影が、目の前の男と完全に重なった。


 心臓が、興奮と動揺に暴れている。

 俺は回らぬ舌を無理やり動かして、絞り出す。長い間呼んでいなかった、探し求めてやまなかった名を。


「……フェリオ。お前、フェリオなのか……?」


 男は、俺の言葉に、視線だけを俺に移した。その瞬間、無表情だった豹人の顔に、微かな笑みが浮かんだ。


「そうだ。久しぶりだな……アトラ」


「…………!!」


 俺は、今度こそ頭が真っ白になった。色んなことが一気に起きすぎて、全く追いつかない。

 どうして。何で、フェリオがここに。なんで……今になって。


「……貴様は、()()()この身の邪魔をしてくれるな」


「別に、お前に恨みがあるわけではないがな。こちらとしては、いつも厄介ごとを起こしてくれると、そのまま返したいところだ」


 二人は一旦武器を引いて、距離を離す。知り合いなのか、この二人は。


「お前がこの近くで動いていると報告を受けた。丁度、この付近ですぐに動けるのがおれだったから、様子を伺いに来たというだけだ」


「様子を伺いにという割には、直接的な介入をしているようだが?」


「おれも最初は姿を見せるつもりではなかったが……少しばかり、こちらにも事情があるのでな」


 フェリオは、ちらりと俺の方を見た。もう笑顔は消えている。


「そもそも、この男は銀月の仲間だ。銀月については、おれ達に全て任せ、その仲間を含めて介入はしないと誓約が結ばれていたはずだが?」


 フェリオの言葉に、アインは押し黙る。……銀月? 何の事だ。言い方からして、人を指しているみたいだけど。

 それに、フェリオの言い種は、まるで前々から俺の事を知っていたような感じだ。本当に、どうなってんだ? 誰か、今の状況を説明してくれ……。


「同盟関係にあるとは言え、最低限の約束は守ってもらいたいものだな。銀月に関しては、おれ達の内輪の問題だ。余計な手出しはしないでもらおうか」


「内輪の問題、か。よく言ったものだ。貴様が介入した理由は、銀月だけでは無いようだが?」


「………………」


 今度はフェリオが押し黙る。


「仮に銀月の事だけが理由としても、今回は()()()()件のギルドとその男が引っかかっただけのことだ。それ以前に、我々とて、銀月が刃を向けてきた時に、約束だからとそれを受け入れるほどに間抜けではない。苦情があるのならば、銀月の側を制御するのだな」


「お前の主に似て……そうなるように仕向けておいて、よく口が回るものだな」


「それは貴様たちも同じことだ。ついでに口を出しておけば、裏切り者など早々に消しておかねば、後に自分たちの首を絞めると思うがな?」


「……忠告として受け取っておこう。だが、こちらにはこちらの考えがある」


 フェリオの声は少しだけ不機嫌そうだ。元々、あまり感情がこもってはいないけど、俺には何となく苛立っているのが分かった。


「とにかく、上での決定を破ると言うならば、今後の関係に支障をきたす事になるぞ」


「今回の目的はただの兵器実験、そこまでの事態にするつもりは無い。此方とて、今はまだ、貴様たちと事を交えるつもりは無いからな」


「ならば退け。そして、お前の主にも釘を刺しておけ。こちらの忍耐にも限界があるとな」


「……良いだろう。此度は得られるものもあった。これにて満足しておいてやろう」


 アインはそう言いつつ槍をしまう。……混乱した頭の中に、逃がしてはいけない、と言う思いが浮かんでくるが、俺が前に出ようとすると、フィーネがそれを止めた。


「止めたほうが良い。私たちに、手に負える事態ではない」


「…………っ」


 彼女の言う事が正しいのは、俺だって分かっていた。ここで俺がでしゃばった所で、あの男に勝てるとも思えない。

 それに、何だかいろいろとややこしい事態になってるみてえだ。こういう時に下手に動けば、余計に状況が悪くなるだろう。だけど、感情はなかなか追いつかない。何とか抑えようと、拳を握った。


「彼女の言う通りだ、アトラ。この男は、その気になれば躊躇いなくお前たちを殺す。大人しくしておけ」


 ……フェリオ。くそ、会ったら言おうとしてた事は山ほどあったはずなのに、何も言葉が出て来ない。

 あれから十年以上だぞ……どうしてこいつは、こんなに平然としてるんだ。こいつは何を知ってるんだ。本当に何なんだよ、この状況は?


「だが、素直に退くだけと言うのも、面白くない話ではないか?」


 そんな俺の思考は、アインが出し抜けに放った一言で止められた。


「何だと……?」


「繰り返すが、銀月は、我々にとっては危険因子だ。この誓約は貴様たちに有利なものである。それを理由にこちらを妨害し、退かせるのならば、少しは対価を支払ってもらおうか」


「……詐欺師の弁だな」


「なに、そう難しい話ではない。この地に来た目的、その手伝いをしてもらうだけだ」


 その言葉に、俺ははっとして周りを見渡した。目に入るのは、待機している獣たち。こいつの目的って言えば……戦闘データを集めることか?


「このUDB達と戦えということか。だが、おれを相手に、まともな戦闘データが取れると思うのか?」


「安心しろ、貴様をそこまで過小評価はしていない。性能を発揮するまでもなく、蹴散らされるであろうさ。だが、その代わりに……貴様の戦闘データが手に入る」


 その会話の最中、また耳鳴りが始まった。


「その二人を護る必要もある。さすがに、下手に手を抜くことはできないだろう?」


「……おれのデータ、か。いずれおれを殺すための算段でも立てるつもりか?」


「それは、マリク様が決めることだな。仮に貴様を相手にするとすれば、どこまでの能力が必要か……存分に計算させてもらうとしよう」


 フェリオは顔をしかめる。アインはそんな彼を一瞥すると、俺とフィーネに視線を移した。


「改めて、礼を言っておこう。おかげで、今回は思わぬ収穫が多かったぞ。……ああ、一応言っておくが、次の群れは制御せず、暴れさせる。死にたくなければ、全力で抗ってみるがいい」


「てめえ……!」


「この身を捕らえるつもりならば、次に会う時には、せいぜいその力を扱えるようになっておくことだな」


「ふざけんな……待ちやがれ!!」


 どこまでも上からの言葉に、俺は思わず、怒りに任せて飛びかかった。

 だが、次の瞬間には……アインの姿は、かき消えていた。トンファーが、虚しく空を切る。


「……畜生おぉっ!!」


 悔しくて仕方なかった。利用された事が。見下された事が。何も分からない事が。何もできなかった事が。

 その怒りをぶつける対象が消えたせいで、やり場のなくなった感情に任せて、俺は叫んだ。


「アトラ。悪いが時間が無い。怒るのは後だ。今は、目の前のことに集中しろ」


「…………っ!」


 フェリオに叱責され、俺は牙を噛み締めて、感情を抑えながら周りを見た。

 UDB達は、次々とその数を増していた。俺たちは、獣の群れに包囲されていく。今までとは、比較にならない。見えているだけで、20から30体は……いや、もっと増えていきやがる。


「すごい数。苦戦は必至」


「連れて来た奴を全て投入しているんだろう。転移の規模から考えて、まだ半数にも満たないだろう」


 あのUDBが、これだけの数。完全に、絶体絶命って感じだ。

 それでも、横にいる黒豹も少女も、何とも落ち着いていた。だから俺も、少しは頭が冷える。


「フェリオ……」


「話は後だ。手は貸すが、さすがに一人でこの数は受け止められない。全員で切り抜けるには、お前たちの力も必要だ」


「……分かってるよ。ただ、終わったら色々と聞かせてもらうからな」


「ああ。だから……死ぬなよ、アトラ」


 最後に付け加えられた俺の名は、静かだったけど、昔と同じ優しい響きを持っていた。

 やっぱり、彼は間違いなくフェリオだ。ある意味では当たり前なそんな思考に、ほんの少し安心したのとほぼ同時に――奴らの攻撃が始まった。

 まず狙われたのは、フェリオだった。一斉に三体が、彼に食らいつかんと飛びかかる。


「フェリオ!」


「………………」


 だけど、フェリオは一切動じる事無く双剣を構える。

 そして――まさに一瞬だった。獣たちの身体から、大量の鮮血が溢れ出していた。


「な……!」


 一体は喉を裂かれ、一体は頸動脈を断たれ、もう一体は心臓を貫かれている。致命的な急所への容赦ない攻撃に、三体は悲鳴すら上げずに絶命した。


 ……動きが、ほとんど見えなかった。一切の無駄がねえ。俺とは比べものにならないほどに、強い。マスターとまでは行かなくても、あの辺の人とも戦えそうなぐらいに。


「余所見をするな!」


「ッ!!」


 その言葉に我に返って、自分に飛びついてきていた奴らの攻撃を、トンファーで何とか受け止める。PSを全開にし、根性でそれを押し返すと、波動を纏った渾身の叩き付けで群がる奴らをまとめて吹き飛ばす。

 フィーネも、白炎を盾の形にして獣を受け止め、隙を見て鎖や剣で応戦する。そんな芸当もできるのか。だけど、やはり接近戦は苦手みたいだ。どこか、苦い表情に見える。


 吹っ飛ばした奴らは、直撃した一、二体以外は仕留めきれていない。

 そして、どんどん奴らの数は増え続けている。分かってはいたけど、これは……。


「いくらなんでも……多すぎだろ!」


 このまま物量で攻められちまえば、フェリオはともかく俺とフィーネはヤバい。連戦で体力が減ってる今、持ちこたえられる自信はあまり無かった。

 俺はできるだけフィーネを庇うような形で迎撃していく。彼女も俺に合わせ、的確に支援をしてくれる。

 一方のフェリオは、素早く駆け巡りながら、相手に一撃で致命傷を負わせていく。俺達に向かう奴らから仕留めつつ、敵を引き付けようとしてくれているようだ。


 それでも、数は減らない。むしろ転移のスピードからして、増えているんじゃないだろうか? もちろん総合的には減っているんだろうが、いつまでも減らないような錯覚を覚えそうになる。


「はあ、はあ……畜生!」


 データを集めるって言った以上、アインの野郎は何らかの手段で俺達を見ているはずだ。たまらなく、腹が立つ。

 それよりも、このままじゃ本当にマズい。いっそ、衝動を完全に解き放っちまえば何とかなるかも……いや、駄目だ。それをやっちまえば、間違いなく俺はフィーネ達まで襲っちまう……! 何とか、何とかしねえと……。



「はあああぁっ!!」



 そんな俺の思考を止めたのは、聞き慣れた少女の声だった。


「え……?」


 俺は最初、自分の耳を疑った。続いて、目を疑った。

 二本の短剣を手に、遥か上空から、UDB目掛けて飛び降りてきた猫人の少女の姿に。


『グォウ!?』


 奇襲を受けた獣は激しく暴れたが、少女は巧みにその背に張り付き、数回にわたって短剣を突き刺した。

 そして、そいつが倒れると同時に背から離れ、俺の目の前に着地する。


 まさか。どうして、こいつがここに。ってか、どういう登場の仕方だよ。


「美久!?」


「あんたはほんと……目の届かないとこで、変なことに巻き込まれてるわよね!」


 そして、どうやって彼女が空から降りてきたのかも、とっくに目に映っていた。

 俺たちの頭上を、巨大な影が横切る。


「行くよ、気を付けてね!」


「って、おわぁ!?」


 俺が備える間もなく、俺達の目の前に、四足歩行の巨大な獣が降り立った。

 衝撃に大地が揺れる。何体かの運が悪いUDBが、その四肢を回避しきれずに吹っ飛ばされていく。

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