漆黒の竜人
「…………ふう」
派手に吹き飛び、倒れたUDB達は、さすがに今度は起き上がらなかった。いくら理性を保って振るっても、この力の本質は破壊だ。
「……終わった」
「そうだな。やたらと頑丈な奴らだから、死んじゃいねえと思うけど」
別に不殺生主義じゃねえけど、殺さないほうが気が楽なのは確かだ。フィオの事もあるし、UDBでもできる限り、な。
奴らの姿が、歪んでいく。まあ、息があれば向こうがどうにかするだろ。それよりも……。
「……なあ。観てるんだろ? 趣味の悪い見物なんか止めて、姿を見せたらどうなんだよ」
俺は宙に向かって、そう呼びかけた。このまま獣たちを倒し続けたとこで、どうにもならない。対処すべきなのは……大元だ。
「これ以上、雑魚をぶつけたって意味がねえのは分かってんだろ? 第一、用があるならてめえが出てきやがれ! それとも俺が怖いってか、チキン野郎が!」
こんな安っぽい挑発が通じる相手だとは思っていない。こちらの意図さえ伝われば、動きがあるかもしれないと考えただけだ。
返事の代わりに、今度は俺たちの全周囲を取り囲んで、空間が歪み始めた。
「…………!」
それと同時に、俺が感じ取ったもの。獣のそれとは違う、それでいて、人にしては強烈な威圧感。
獣人に残された獣の本能が伝える。ソレが危険な存在だって。そして、人の理性が理解する。ソレが、今の状況を作り出した存在だって。
「昨日に引き続き、良いデータが集まった礼だ。安い挑発に乗ってやろう」
聞き覚えのある無機質な声。背中に冷や汗を流しつつ、俺は歪みから出て来るそいつを凝視した。
現れたそいつは、竜人の青年だった。
身長は俺よりも少し高く、全身を覆うのは、夜闇のような漆黒の鱗。反面、着ているのは白いローブのようなもので、余計に黒が目立つ。
声と同じく無感情な瞳は、血のような真紅だ。頭部から角の後ろにかけて、銀色の髪が流れている。
「てめえが……アイン、か」
「その通りだ。お初にお目にかかる、とでも言っておこうか」
漆黒の竜人は、身じろぎ一つせずに、淡々と名乗りを上げた。そして、俺達の周りには、先ほどの倍……十体の獣が、次々と転移を終了させていた。
「……この人は、危険」
フィーネの言う通りだ。今までの行動からも、実際に対峙した気配からも、ヤバいもんしか感じない。けど、動揺を見せたら押されちまうと思った。
「ようやく現れやがったか。昨日から、散々世話になったな?」
「此方こそな。先も言ったが、おかげで良いデータが採取できた。これで主も喜ぶだろう」
男の声はどこまでも冷たかった。昨日から感じていた、まるで人形か機械みてえな無機質さは、全く動かない表情のせいで余計にその印象が強くなる。
「言いてえことは山ほどあるし、何発かぶん殴ってやりてえが……先に質問だ。データがどうのと言ってたが、結局、てめえの目的は何だ?」
「昨日、廃棄した奴に聞かなかったか?」
廃棄、か。あの、見捨てられたUDBの事を言っているんだろう。別にあいつと仲良くなったわけじゃねえが、まるで物扱いの発言に、さすがに胸くそ悪くなる。
「あいつは、実戦テストがどうのとか言ってやがったが……UDB達の戦闘をテストしてたってのか?」
「そうだ。新たな部隊の編成に備えてな。加えて言えば、転移装置の改良チェックも兼ねている」
「……へえ」
部隊……部隊、か。UDBを戦力として扱ってやがるってのは、もう分かっているが。
「結果は上々、と言えるだろう。装置の稼働状況は良好。プロトタイプ、戦闘型共に被害は出たが、結果として改善点も洗い出せた。同時に貴様たちの戦闘データが取れたことも良い収穫だな」
プロトタイプ、戦闘型……それは兵器の呼称としかとれないが、この男が指しているのは、UDB達のことなんだろう。
「特に、貴様のPSはなかなか興味深い。今後に研究すれば、面白い成果が出てきそうだ。主にも報告させてもらおう」
「……成程な。よーく分かったぜ」
俺は小さく溜め息をついてから……トンファーをしっかりと握り直した。
「てめえは、とことん気に喰わねえ!!」
少しだけ緩めていた能力を、再び全開まで高めた。怒りが、俺の心を満たす。
「アトラ……!」
「黙って聞いてりゃ、何様のつもりだよ、てめえ。命を弄びやがって……神にでもなったつもりか?」
アインの表情は動かない。ただ、首だけをゆっくりと横に振った。
「この身はただの調査員にすぎない。神がいるとすれば、それは我が主だけだ」
「は、じゃあてめえは神のしもべってか? それはそれで大層な肩書きだな」
「それも違う。我が身など、あの方にとってはひとつの道具にすぎない」
淡々と、アインはそんなことを口にする。正直、気味が悪いと思った。
「自分で自分のことを道具って言うかよ、普通」
「事実だからな。もしも用済みになれば、あの方はこの身を躊躇いなく棄てるだろう」
それが分かってて、こいつはその主とやらに従ってやがるのか。
「呆れてものも言えねえな。お前、ホントに人形か何かかよ?」
「そうあることを望まれれば、そうするだけだ。あの方の指令をこなすために、感情など不要な因子にすぎない」
こいつは……本当に駄目だな。盲目ってレベルじゃねえ。話し合いがどうこうとかいうのは無駄だって、考えなくても分かる。
「……ま、そんな事はどうでもいい。てめえがろくでもない野郎ってのは、とっくに分かってんだ」
「そうか。ならば、どうするつもりだ?」
「決まってんだろ? 俺はギルドの一員だぜ。その仕事のひとつは……人に害をなす野郎をぶっ倒すことだ!」
武器を構え直す。こいつを、これ以上のさばらせるつもりはねえ。罪状なんざ、俺が知ってる限りでも十分すぎておつりがくる。
「殺しはしねえが、少々痛い目は見てもらうぜ……!」
アインは、俺が武器を向けてもなお、何も動きを見せなかった。ただ、その真紅の目だけが、不気味なほど真っすぐに、俺を射抜く。
――次の瞬間、俺の目の前から、その姿がかき消えた。
「なに!? ……ぐうっ!」
そして、脇腹に強烈な衝撃が突き刺さる。状況を理解できないまま、俺の身体は吹き飛び、地面に投げ出される。
「その意志こそが、そこから生まれる力こそが、我が主が望むものだ」
背後から聞こえてくるアインの声……回り込まれた? いつの間に……。
「だが、貴様ではまだ、この身を捉えるにはまるで足りない」
「…………っ!」
痛みを何とかこらえ、跳ね起きる。そのまま、後ろに迫っていた黒竜にトンファーを叩きつけようとした。だが、攻撃が当たる直前、またしても奴の姿が消える。若干のタイムラグの後、奴の姿は数メートル先に現れる。
これは……違う。スピードが早いとか、そういう話じゃねえ。
「空間転移能力……!?」
「その通りだ。理解は早いようだな」
「…………!」
フィーネの剣が、奴を貫こうと放たれる。しかし、やはり当たる直前にその姿が四散する。まずい、厄介なんて次元じゃねえ。次はどこだ……!?
「……後ろ!」
「なっ……があっ!」
フィーネの忠告は、少し遅かった。奴の打撃に、背骨がへし折れそうなほどの衝撃が走る。不意打ちのダメージは大きく、俺はそのまま吹き飛ぶように倒れてしまった。
「アトラ!」
「ぐ、う……」
丈夫な背中に喰らっただけなのに、かなりの激痛が俺を襲っていた。細いくせして、なんて力だ……。
何とか上体を起こすと、アインは真正面で俺を見下ろしていた。
「貴様の力は、まだ目覚めたばかりにすぎない。どれだけ強大な破壊力を持とうと、触れられねば無と同じだ」
この男は、これでも本気を出していないのが分かる。正直、ここまでとは思っていなかった……実力差がありすぎる。
俺は力を振り絞って、起き上がる。先ほどからの連戦で積み重なった疲労が、能力の反動が、ここに来てかなり重荷になってきた。いや、全開だったとしても、相手が何枚も上手だったのは変わらないだろう。
「だからって、引き下がれるほど……俺は物分かりが良くないんだよ……!」
こいつを止めなければ、次は何が起こるか分からない。食い止めなければ……みんなに申し訳が立たない。
「……フィーネ、悪い。君は逃げろ」
「気にすることはない。それに、逃げることは交戦するよりも状況を悪くすると判断した」
彼女の言う通り、逃げるのは不可能に近かった。周囲を取り囲む獣は、アインの指示ひとつで俺たちに襲い掛かるだろうし、何よりいくら距離を離した所で、この男相手では意味が無い。
俺は、小さくフィーネに頭を下げた。こんなことに巻き込んでしまって……本当に、申し訳が立たない。
「芽吹き始めたばかりの芽を摘むほど愚かな行いはないが……そうだな。ならば、もう少しだけ相手をしてやろう」
アインはその言葉と共に、背中に手を伸ばす。そして、そこに携えてあった、漆黒の槍を手にとった。
「この槍の銘は〈禍神〉と言う。この身には過ぎた名だがな。……今の己がどれだけ未熟であるかを、学ばせてやろう」
「く……!」
転移能力に、リーチの長い槍……敵にするには厄介すぎる組み合わせだ。素手でも圧倒的な差だったってのに。
アインが静かに槍を構える。俺は奴の動きを見定めるために、全ての感覚を総動員した。そのまま、長い時間が流れていく。張り詰めているせいでそう感じるだけかもしれないが、凄まじく長い時間……。
「………………?」
次第に、俺の緊張が、違和感にすり替わっていった。何だ……どうして、動かない? こいつの実力で、そこまで慎重になる必要は……。
――そう思っていた矢先、アインは急に振り返ると、中空に向かって槍を突き出した。




