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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
3章 内なる闇、秘められた過去
97/429

『人』と『悪魔』

 辺りに転がる三体の獣。一応、どいつも息はあるようだ。


「…………」


 これで終わりとは思えない。次の襲撃に備えつつ、俺は少しだけ力を弱める。ずっと全開にしていると、俺自身が保たないからだ。

 身体のリミッターを外しているのだから、当然、体力を激しく消耗する。他者から吸収出来るのは、それを補う手段にしかならない。

 精神力が削られることが一番の問題だ。昔のようにいきなり暴走こそしないものの、気を抜けば激しい衝動に理性を失ってしまいかねないのは一緒だ。昨日は速攻でケリをつけたから何とかなったが……長期戦になればなるだけ、呑まれそうになる。


「アトラ、あなたは……」


 フィーネの声が聞こえてくる。だけど俺は、振り返れなかった。彼女の顔を見る度胸が無い。


「……今のうちに逃げろ、フィーネ。君はこんな、化け物同士の戦いに付き合う必要はねえ」


 彼女は元々無関係な一般人。俺も、いつまで理性が保つか分からない……それに、自分から遠ざければ、楽だから。様々な考えから、俺は彼女にそう言い放つ。

 そして、倒れたUDBの姿が歪む。代わって、新たな歪みも発生し始めた。


「あまり時間がねえ。さあ、早く!」


「………………」


 彼女の返事は聞こえなかったが、足音は聞こえてきた。これで大丈夫だ――そう思ったのは、本当に一瞬の事だった。違和感に気付き、俺は思わず振り返った。


 俺の目に映ったのは……こちらへと近付いてくる彼女の姿だった。


「馬鹿、何して……!」


「逃げないで」


「!」


 あまりに予想外だったその言葉に、俺は窮地である事も忘れ、彼女を凝視した。


「あなたは……ただ、怯えているだけ。自分が傷付けられる事を。自分が傷付ける事を」


「っ……!」


 彼女は相変わらずの無表情のままに言葉を紡ぎつつ、たじろぐ俺の隣に並んだ。


「い、今の俺に近寄るんじゃねえ! 俺は力が制御出来ないんだ。このままじゃ、君まで巻き込んで……!」


「あなたが力を制御出来ないのは……あなたが自分を受け入れてないから」


「え……?」


「自分まで拒絶しないで。受け入れれば良い……その感情を。今のあなたも、あなたの一部」


「…………!!」


 俺の内面を見透かしたかのような彼女の言葉に、一瞬だけ言葉を失う。だが、次の瞬間には、俺の中に怒りに似た感情が沸き上がってきた。


「そ、それが簡単に出来るなら、俺だってこんな思いは……! この力があったから、俺は周りの全部から避けられて、悪魔とか化け物とか呼ばれるようになったんだぞ!?」


 感情を高ぶらせてはいけないのに、俺は声を荒げてしまう。もしこの力が無ければ、俺は……それなのに、受け入れろだと? こんな、ドス黒い自分を。


「全てから拒絶された? ……違う。あなたが全てを拒絶しているだけ」


「君に何が分かる! そうしなけりゃ、俺は耐えられなかったんだよ!」


「本当に、あなたを受け入れてくれた人はいない? ……思い出して」


「黙れって……!」


 その時、俺の背後から、獣の唸り声が聞こえてきた。


「!!」


 しまった……もう転移が完了しやがった!

 慌てて振り返ると、そこには五体のUDB。数を増やしてきやがったか……!


「話は後だ、とっとと離れろ! 死ぬ気か!?」


「………………」


 フィーネは何も答えない、逃げる事も無い。ただ、手だけをゆっくりと動かす。そして、明らかに彼女を狙って飛びかかってくる獣――


「どけええぇっ!!」


「……縛れ」



 俺が叫ぶ中、彼女は逃げるそぶりすらなく、ぽつりとそう呟いた。


 途端――彼女の腕から、何かが放たれた。


『グウッ!?』


 それは獣に絡みつくと、彼女の言葉通りにそいつを縛り上げた。


「な……」


 ……獣を縛ったそれは、白い鎖だった。ジンが武器として使っているものと同じような鎖。それが彼女から放たれ、動きを封じ込めている。そして……彼女の手、鎖の根本には、鎖と同じ色の何かが渦巻いている。


「……白い、炎?」


 俺には、そうとしか形容出来なかった。不思議な輝きを放つそれは、彼女を焼く事なく、静かに彼女に従っている。


「……少なくとも、私はあなたを受け入れることが出来る。あなたは、私を拒絶するの?」


「…………え?」


「あなたは……化け物ではない。人でしょう?」


「――――!!」


 そう言った彼女の視線は、見透かすように俺を射抜いた。俺は、今の状況すら忘れ、動きを硬直させた。


「あなたが受け入れなければ、意味が無い。恐れないで。私は……あなたの敵じゃない」


 彼女はUDB達に姿勢を移す。縛られた奴は何とか抜け出そうともがき、他のは彼女に警戒を示している。





 ……ああ、そうだ。

 そういや、あの時も同じような事を言われたな……。




















 マスターと始めて会ったのは、俺が完全に人を信じられなくなってた時期だった。

 あの日、盗みに失敗した俺を助けてくれたマスター達。それでも、俺は二人の言葉を信じず、逃げ出そうとした。今は甘い顔をしてても、こいつらも他と一緒に決まってる。そう思ったんだ。


「来るな……来るんじゃねえ!」


 部屋の中、俺を取り囲む二人が、俺はとても怖かった。先ほど暴行を受けたばかりだったのも後押しして、本当に殺されるかもしれないと思った。その怖さを、怒りに見せるように威嚇した。

 だけど、俺がいくら拒絶しても、彼らは俺から離れようとしない。そして、赤い狼がさらに一歩踏み出した事で、恐怖が臨界点を突破した。


「来るなって、言ってんだろうがああぁ!!」


 俺は絶叫しながら、この力を解き放った。禍々しいオーラが、全身から溢れ出る。

 二人は、少しだけ驚いたような表情をした。それに気付ける程度の理性が残っていたのは、相手が獣ではなく人だから、無意識に能力がセーブされていたのかもしれない。


「その力が、悪魔と呼ばれる理由、か」


「とっとと俺をここから出せ! じゃねえと、てめえらも喰い殺すぞ!」


 もちろん本当に人を喰う気なんかなかった。ただ、脅しをかければ逃げるはずだって、そう思ったんだ。



 ――それでも、あの人の歩みは止まらなかった。


「な……何してんだ! 殺すってのが聞こえねえのか!」


「聞こえているさ、しっかりと」


 それでも、彼はまた一歩踏み出す。それを見て、当時の俺は……彼は俺を、悪魔を、ここで殺す気だって思った。その瞬間、あまりの恐怖で、虚勢の威嚇もできなくなった。


「や、止めろ……止めろ、止めろ、止めろ!」


「………………」


 正直、錯乱しすぎて、この瞬間の記憶は曖昧だ。ただ、刻一刻と距離を詰めてくる赤い狼人は、俺にとっては凄まじく恐ろしいもので――


「うわあああぁっ!!」


 ――気が付くと俺は、右腕を異形に変形させ、彼の脇腹に爪を突き立てていた。


「……ッ」


「…………あ」


「マスター!」


 今にして思うと、マスターはわざと避けなかったんじゃないかって思う。闇雲な攻撃が、あの人に見切れないはずがないんだ。

 浅い一撃だったけど、赤狼の表情が、痛みに少し歪んだ。俺は遅れて、してしまった事を自覚する。俺はまた、人を傷付けてしまったんだ。ただ脅しをかけるだけのつもりだったのに……それも、この力でだ。


「あ……あ、俺……」


 続けて突き立てたままの異形の爪から、あの人の生命力が流れてきた。慌てて爪を引き抜くが、もう遅い。



 ――俺は、()()()()()()()()()()()



 俺は、悪魔と呼ばれ、ひとりになった後も、人に対して力を使ったことはなかった。それは、俺に残された最後の意地、踏み越えてはならない一線だった。多分、それを破ったら、俺は本当の意味で悪魔になってしまうと思ったから。

 それを越えてしまった動揺は、すごく大きかった。俺は呆然としたまま、動きを停止させる。


「君の恐怖が、それで晴れるなら……いくらでも俺を貫くといい」


 傷口から血を流しながら、赤狼はそんなことを言った。そして、腕一つ分あった最後の距離を、彼は踏み越えてきた。――その優しい言葉も、混乱した俺にはまだ届いていなくて。


「………………」


 俺はこの時、始めて生きるのを諦めた気がする。俺はもう、本当に悪魔になったんだ。もう戻れないんだ。そんな思いが、人一倍強かった生きる欲求すら押し流していく。

 恐怖は残っていた。でも、それ以上に、もう何もかもがどうでもよかった。殺されるならそれを受け入れよう。それが当然の罰だ……そんなことを考えながら、俺は目を閉じた。



 だから、次に何が起こったか、この時の俺は理解することができなかった。




「ごめんな……怖がらせて。でも、こうするしか、思い付かなかったから……」


 背中に感じる感触。ぬくもり。痛みを予期していた俺の思考は、その温かさにフリーズを起こした。俺はただ、目を開くので精一杯だった。


「怖がらないでくれ……逃げないでくれ。俺は、君の敵じゃない。君を傷付けたり、絶対にしないから」


 俺の頭はこの時、無数の疑問で埋め尽くされていたのを覚えている


 何故だろう。どうして彼の声は震えているのだろう。痛みのせい? 今、俺は何をされているのだろう。傷付けない? どうして。それより今、俺の上に落ちた、温かい雫は何なのだろうか。


「なあ……そんな生き方は疲れただろう? 全部を遠ざけて、ひとりきりで……」


 彼は、俺を殺すつもりじゃなかったのか? どうして、彼は今……俺の背を、両腕で包み込んでいるのだろう。どうして、どうして……。


「……辛かったよな。苦しかったよな……! 君が苦しむ必要なんて、無いはずなのに……!」



 ……どうして彼は、泣いているのだろう。



「なにが……なにが、悪魔だ。かすり傷を負わせただけで、こんなにも動揺するような、優しい子が……悪魔で、あるものか……!」


「……あ……」


「君は、悪魔なんかじゃない。ただの、人だ……!」


「あ……ああ……」


 思考は完全に凍っていた。だけど、最後のその言葉。それは、俺が長い間、何よりも望んでいた言葉で……頭で理解するより早く、俺の中から何かが溢れ出して……。


「……俺は、悪魔なんかじゃない……俺、ただ……生きたかった……みんなを、死なせたく……なかった、だけ、なのに……何で……何で、みんな……!」


「………………」


「嫌、だよ……何で、俺、みんなに、殴られて……石を、投げられて……やりたくて、やったわけじゃ、ない、のに……!」


 生きるために、俺は悪事にも手を染めた。孤児院のみんなを傷付けたのも事実だ。それ自体が許されるとは、今も思っていない。

 でも、そんな事、本当はしたくなかった。生きるためにそうしなければいけなかった。ただそれだけなのに、どうして俺だけ、こんなに――溜め込んでいた本音が、一気に溢れてきた。


「……ああ。抑えなくて良いんだ。言っていいんだ、辛いんだと。俺は、それを最後まで聞いてやるから、な」


「あ、う……うぅ……うわあああああぁ!!」


 ずっと迫害されていた俺には優しすぎる抱擁と言葉の中、俺は泣き疲れて眠るまで、ただ抑え込んでいた感情を爆発させるしかできなかった。



















「……俺、何で……」


 あの時、俺はマスターに受け入れてもらえた。直接言葉を投げかけてくれたのはマスターだが、ジンも俺を拒絶しなかった。


 フィーネは言った。『本当にあなたを受け入れてくれた人はいないの?』と。

 そうだ。拒絶しているのは俺だ。遡れば、シスターやあの友人だって……誰もいなかったんじゃない。俺がまとめて遠ざけたんだ。拒絶される前に、自分から。


 本当は、自覚していた。だけど、今の安定した心地良さに甘え、なあなあで誤魔化していた。少し距離があれば、楽だから。

 俺は、何も変わっちゃいない。何も成長しちゃいない。マスター達がくれた変わるチャンスを、俺は活かせなかった。



 ……なら、今度はどうしたらいい?

 彼女がくれたこのチャンス、俺はどうするべきなんだ?


「……へっ」


 そう考えた時、俺は思わず笑ってしまった。

 ああ。あの時はできなかったな、なんて後悔は今はどうでもいい。目の前にあるチャンス、これからどうするべきか。そんなの、決まっている!


「今度は、少しくらい変わらなくちゃな!」


 俺はトンファーをしっかりと握り直した。不思議と、気分がすっきりとしている。いつもの衝動が、収まっていた。


「アトラ……?」


「ごめん……いや、ありがとう、フィーネ」


 さすがに、これだけで全て吹っ切れるほど、単純なものじゃないけど。今だけは、頑張れそうだった。


「何故、礼を言うの? 私は、当然のことを言っただけ」


「はは……」


 俺にとっては、当たり前じゃなかったんだよ。そう言っても、彼女の表情はきっと変わらないんだろう。


「フィーネ。俺、君ともっと話してみたくなったぜ。だから……」


 俺はにやりと笑って、警戒態勢のままだった獣たちにトンファーを向けた。


「とりあえず、無粋なデカ猫さん達に、お帰り願うとしようぜ!」


「……了解」


 ――その時、始めてフィーネが笑った気がした。気のせいかもしれないけど。

 途端、獣を縛り付けていた鎖が、白い炎に包まれた。


『ガッ、グオオオォ!!』


 一瞬にして炎に包まれた獣はパニック状態だ。ただ、地面の草木に触れても、炎が移る気配は無い。やっぱり普通の炎じゃないみたいだ。


 けたたましい叫びを上げる仲間に、残りはどうして良いか分からす混乱している。その間に、そいつの悲鳴が小さくなっていった。

 フィーネはそれを見届けると、鎖を再び炎に変え、自分の手に戻していった。

 鎖と炎から解放されたそいつは、しかし体力をごっそりと奪われたようで、数歩だけフラフラとすると、力無く倒れた。

 毛皮が焼けた痕も無い。熱でダメージを与えてるのとは違うんだろう。


「……次」


 少女の力にたじろぐ奴らに、フィーネが手をかざす。彼女の腕に再び炎が集い、今度は数本の剣を形作った。奴らが動き出した時には、もう遅い。


「……行って」


 高速で放たれた剣は、一体の両前足を貫き、地面につなぎ止めた。


『グゥ!? ゴオォッ!!』


 次の瞬間には、そいつの全身を白炎が包む。地面に縫い付けられ、動けないまま悲痛な叫びを上げるそいつ。


 ……強い。何者なんだと思うほどに、自分の能力を使いこなしている。つっても……考えるのは後だな。


「女に任せてばっかじゃ男が廃るってな!」


 奴らは、まずは標的を厄介なほう、つまり彼女に絞ったようだ。いくら能力が強力でも、彼女が接近戦に強そうには見えない。だったら俺は、姫を守るナイトの役でもしてみるとするか!


「そらよ!」


 彼女と獣の間に割り込む形で、俺は突進する。同時に、力を纏わせたトンファーを横薙ぎに振るう。それは広範囲に衝撃波を生み、奴らを吹き飛ばした。

 ……やっぱり、力を使えば、黒い感情が顔を出す。だけど、いつもみたいに、それに支配されるような、自分が呑み込まれてしまうような感覚はなかった。今ならいける。この力を、制御できる。


 さっきのは、あくまで時間稼ぎだ。案の定、吹き飛んだ奴らはすぐに起き上がり、再び俺たちに襲いかかろうとしていた。


「うおおおぉっ……!」


 俺は雄叫びを上げる。大きく右手を振りかぶると、そこに力を収束させた。先ほどよりもさらに強く。

 溢れる力は、それ自体がまるで獣の頭部であるかのような形状……黒い(あぎと)として具現化した。


「ッ……!」


 ここまで力を高めたのは初めてだ。一瞬だけ、衝動に身を任せてしまいそうになった。だけど……今は、理性の勝ちだった。

 彼女は、俺を人だと言ってくれた。だから、今だけでも……俺は人の心で、この力を使ってみせる!


「喰らえええぇッ!!」


 全力で突き出した腕、それが纏った獣の波動は向かって来ていた三体へとまとめて食らいつき、一網打尽に吹き飛ばした。今度こそ、確かな手応えを持って。

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