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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
3章 内なる闇、秘められた過去
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板挟みの心、白い少女

「……ん……」


 辺りが明るくなってきて、俺は閉じていた目を開く。どうやら、気付かないうちに眠ってしまっていたようだ。

 俺がいるのは、登山道からちょっと離れた、見晴らしの良い高台状の場所だ。さわさわと、吹き抜ける優しい風が、俺の毛並みと辺りの草木を揺らす。目の前には、未開拓の草原がどこまでも続く風景が広がっていた。


 こんなところで寝ちまってたんだから、UDBに襲われてもおかしくなかった。我ながら、どんだけ命知らずだよ。……いや、もしかしたら、どこかでそれを望むくらいにヤケになってたのかもしれない。


「……はは。ホントに、何やってんだろうな……」


 自分の行動がアホらしくて、何だか笑えてきた。ギルドから逃げ出して、こんなとこに来て……何がしたいんだ、俺は?


「みんな、どうしてっかな……」


 俺がいないことには気付いただろうか。心配ぐらいはしてくれているだろうか。怒っているだろうか。いろいろ想像しているうちに、自分が昨日言ってしまったことが頭を埋めていった。


 最低……だよな。八つ当たりしてさ……怒らせて、嫌われて当然だ。

 膝を抱え、その中に顔をうずめる。何だか、急に泣きたくなってきた。


 俺は今、()()()だ。ここには誰もいない。誰も来ない。

 俺の中の半分は、それを望んでいる。だけど、残りの半分はそれがたまらなく嫌だった。


「……ちくしょう……」


 ギルドに戻りたい、みんなの顔が見たい。そう思う俺がいる。だけど……みんなと顔を合わせるのが、どうしようもなく怖くてたまらない俺もいる。


 仲間でも何でもない。言われた言葉がものすごく痛い。

 そう言わせたのは、それだけのことを言ったのは俺だ。だけど、本当に嫌われてしまったかもしれない、それを確かめてしまうのが怖い。

 ……みんなが俺の過去を知ったのも聞いた。俺の力をもう適当な態度じゃ隠し通せない。そんな日が迫っていることが、怖い。


 気にするな、とみんなは言ってくれるかもしれない。そんな身勝手な期待が消しきれなくて、だから……確かめるのが、期待できなくなるのが、怖いんだ。


 そして、近いうち……あれを見せなければならないだろう。その時にみんなは、俺をどんな目で見るだろうか。

 話すつもりが無かったわけじゃない。いつか話そうと思っていたのは本当だ。だけど、いざその時が目の前に来ると、昔の記憶が蘇る。


 友達だと、兄弟だと、そう思っていた相手から……悪魔と罵られて、石を投げられ続けた時の記憶。それが、いつまでも消えてくれなくて。みんなが石を投げてくる姿まで、想像できてしまうんだ。本当に最低なことだって、分かっている。だけど……あの時だって、孤児院のみんなのこと、俺は信じていたのに……悪魔だって、みんなが。


「人が……怖い」


 もしも、みんなに受け入れられなかったら。そう考えると、全てから逃げ出したくなる。誰かに拒絶されるのが怖い。こんな思いをするなら……いっそ、ずっとひとりの方が。


「……でも、ひとりはもう、嫌だ……!」


 周りから拒絶され、俺自身も拒絶していた昔の自分。気が狂いそうなほどの孤独。絶望。

 マスター達に拾われなければ、俺は死んでいなかったとしても、狂っていたかもしれない。もう、あの孤独は味わいたくなかった。


 人と接するのが怖い。誰かに拒絶されたくない。

 ひとりになるのが怖い。誰かに受け入れられたい。


 同時に湧き上がる思いが、俺を板挟みにする。

 何度だって、話そうと思ったんだ。だけど、みんななら受け入れてくれるかもしれない。その期待が強くなればなるほど、余計に怖くなっていって……。


 俺は、どうすればいいんだろう。どうすれば、良かったんだろう。




 ――俺の耳が、何かの足音を捉えた。


「………………?」


 風の音に混じって聴こえてくるそれは、こっちに近付いて来ている。最初はUDBかと思ったが、それにしてはおかしい。これは……人の足音だ。

 俺は反射的に、戦闘に移れる体勢を取りながら、そちらを振り向いた。


 そこにいたのは、人間の女性だった。年は俺と同じぐらいだろうか。髪は白く、後ろ髪が肩に軽くかかる程度の長さ。服装は全体的に黒でまとめられている。肌もまた色白くて、とても綺麗だ。

 何より特徴的なのは、その瞳だ。右目は赤だが、左目は青い。オッドアイってやつか。


「君は……」


 さすがに戦闘態勢は解いて、話しかけてみる。それに対し、その女性は無表情なままで遠くを眺めている。彼女はそのまま俺の側まで歩いてくると、足を止めた。


「……綺麗」


「え?」


 ぽつりと彼女の口から出て来た言葉。少しして、風景の事を言っているのだと気付いた。


「ここ、良い?」


 今度の言葉は、俺に向けてだった。地面を指さしている。隣に座って良いか、と言う意味みたいだ。


「……構わねえぜ。一人で眺めてるのも飽きてたとこだし」


 嘘だった。元々、人から離れたくてこの場所に来たんだから。

 だけど、彼女と少し話してみたい……何故だろうか、そう感じたのも事実だった。俺の返事を聞くと、彼女はその場に座った。


「あなたはここで、風景を眺めていたの?」


「ああ。この風景、お気に入りでな。何てっか、壮大だろ? 人の手が及ばない大自然ってやつは」


「……ええ」


 少女の言葉は、表情と同じく淡々としたものだった。だけど、冷たい印象はあまりなくて……何だか、透き通っていて綺麗だと、そう思った。


「君、名前は? 俺はアトラ。アトラ・ブライトだ」


「……フィーネ。フィーネ・ランデル」


 フィーネは相変わらず無表情なままで答えた。


「君は、どうしてここに?」


「見てみたかったから。この山を、ここからの風景を」


「それだけか? いや、俺もそうなんだけどよ。けど、ここにはUDBだって出るんだぜ?」


「……この国に来たのは初めてだから。行ける場所には行ってみたかった」


 雰囲気はこうも無感動なのに、意外とアクティブな理由だな……。変わってる、って一言で言うのはいいけど、それだけじゃ足りない気がする。


「じゃあ、いったいどこから来たんだ?」


「遠い所」


「え?」


「凄く、遠い所」


「……そうか」


 それ以上言うつもりは無さそうだった。何か言いたくない事情があるのかもしれないと思い、俺も聞くのは止めておいた。

 会話の間、俺達はずっと遠くの風景を眺めていた。雄大なバストールの大地を。


「あなたは……」


 次は、彼女から先に口を開いた。


「どうした?」


「どうして、泣いていたの?」


「え? ……あ……」


 泣いてなんかない、と言おうとして目を拭うと、そこには確かに涙の痕が残っていた。


「……男の涙ってのは、気付いても気付かないフリをしてやるもんだぜ?」


 俺は努めておどけた調子でそう返した。そうしないと、俺自身が辛かったから。

 俺の返答に、フィーネは少しだけ視線を落としたように見えた。本当に少しだけだから、気のせいかもしれないけど。


「ごめんなさい。私には、そういう気遣いが分からないから。もっと人の心の動きを学ぶべきだと、よく言われる」


「人の心……か」


 俺は思わず、自嘲するように笑っていた。


「そうだな。俺にも分からねえよ、そんなもん。人ってのは難しいもんだ。自分自身まで分かんなくなるくらいにな」


「自分自身?」


「そう。自分でも、自分の心が分かんなく時だってあるんだぜ? 今の俺みたいにな」


 はは、と乾いた声が喉の奥から漏れる。


「自分の心も分からない俺が……人の心なんて分かるわけがねえ。だから、八つ当たりであんな事も言えたんだろうな」


 初対面の女の子に何を言ってるんだろう、俺は。でも、一度こぼれると、止められなかった。


「……俺さ、仲間とケンカしちまったんだ。それで、家……みたいな所を飛び出して、ここに逃げて来たんだよ」


「どうして、逃げたの?」


 フィーネの言葉は叱るようなもんではなく、本当に問いかけだった。だから俺もそのまま言葉を続ける。


「ケンカしたことも、もちろん原因ではあるさ。けど、それ以上に、そのケンカのせいで、今までずっと隠してたことが知られちまったんだよ」


「隠していたこと?」


「そ。何て言うか……昔のトラウマ、忘れたい過去ってやつ? で、それを知っちまったみんなと顔合わせるのが怖くて……まだ知られてない、一番の秘密を話さなきゃいけないのが怖くて、ここにとんずらってわけ」


 気が付くと俺は、初対面の少女に、触れられたくなかったはずの部分まで話していた。

 彼女だから良いと思えたのか、誰でも良かったのかは分からない。でも、誰かに聞いて欲しい思いがどこかにあったんだと思う。


「笑っちまうよな。別にみんなに何を言われたわけじゃねえのに、俺が勝手に怯えて、逃げて……はは。本当に、バカみてえだ」


「バカみたいだと思うのならば、どうしてあなたはずっとここにいるの?」


 彼女の言葉は純粋だ。そのぶん、痛い。


「……言ったろ。怖いんだ、みんなと顔を合わせるのが。今はまだ、俺の勝手な想像でいられる。だけど、もし本当に何か言われたら思うと……俺は」


 結果は白か黒のどちらかにしかならない。それを知るのが……もうごまかせなくなるのが、怖い。それがどれだけ臆病な考えか、分かっているけど。


「あなたの仲間は、あなたを拒絶するような人たちなの?」


「違う、そうじゃない。あいつらはみんな、良い奴らばっかだ。お人好し過ぎるくらいにな。だけど……だから余計に、もしもを考えた時が、怖くなるんだ」


 それは、孤児院のこともそうだし……もうひとつだけ、ちくりと痛む記憶。

 俺がギルドに入ってから、唯一あれを見せた時。あの時のあいつの表情が、俺はいつまでも忘れられない。俺に向けられた、恐怖の表情が。

 分かってはいる。あいつは、そんなやつじゃないって。あいつはあの後、何度も何度も謝ってきた。あれから今まで、あいつが俺を拒絶したようなことは無い。

 だけど、同時に分かったんだ。俺がどれほど異質なのか。俺の力は、仲間まで怯えさせてしまうようなもんだって。


「いつまでも昔を引きずって、先に進もうとしねえ臆病者。で、傷つきたくねえから、いつもどっちつかずのとこに立って、何でも適当に済ませようとする半端者……俺はそういう奴なんだ。情けねえだろ?」


 結局、俺は信じられていないんだ、みんなのことを。信じているなら、こんなことせずに真っすぐ向き合えていたはずだから。

 俺はやっぱり、最低だ。あんな良い奴らを、こんな俺を受け入れてくれた人たちを、疑っているなんて。


 少しだけ、会話が途切れた。

 ……俺は、フィーネに何を求めてこんな事を話したんだろう。肯定か、否定か、それとも、何の返事も求めていなかったのか。自分でもよく分からなかった。

 彼女の表情は、俺の話を聞く間ずっと、全くと言っていいほど動いてはいなかった。そして、ゆっくりと少女の口が開かれる。


「物事は表裏一体。光があれば影も生まれる。天秤が片方に大きく傾けば、反対に傾こうとする力もまた強くなる」


「え……?」


「希望が大きくなれば、それが破れた時の絶望も大きくなる。だけど、それは逆も同じこと。絶望することを恐れている限り、希望を手にすることも叶いはしない」


「…………!」


 何かの詩を朗読するようなフィーネの言葉に、俺は目を見張る。


「その言葉は……」


「以前、兄から聞かされた話」


「兄、だって?」


「ええ。私にも、意味を完全には理解できていない。だけど、何だか、今のあなたに伝えるべきなんだろうと思ったから、言っただけ」


「あ……」


 彼女の言う通りだった。俺は今、みんなから拒絶されて、絶望することを恐れ、逃げている。

 だけど、逃げ続けている限り、先に進むことも決してない。拒絶されたかどうかを知らずに済む……それと同時に、受け入れられたかどうかを知ることもできない。

 結果は、俺が受け入れられようとして、初めて分かるのだから。



(ですが、アトラ、確かめもせずに駄目だと言うのは、感心しませんよ)


(確かめる? 何をだよ。分かりきったことを確かめるなんて、バカみたいだろ)



 昨日の会話を思い出す。分かりきったこと、俺はそう言って確かめようとしなかった。

 でも、実際は……確かめていないのに分かるはずが無いんだ。どうせ答えは分かっている、なんて諦めたフリをして、結果を知るのから逃げただけ。



 ……分かってる。分かってるさ。

 俺だって、全く気付いてないわけじゃない。自分がどうすれば良いのか。どこが間違っているのか。だけど。


「頭で理解して、その通りにできたら、いいんだろうな。だけど、それが簡単にできるなら、俺だってこんな風には悩まないよ」


 一歩踏み出せば良いのかもしれない。でも、口で言うほど簡単に踏ん切りがつけられるほど、俺は強くない。

 だから俺は、理解してないフリをしてきたんだ。そうすれば、楽でいられるから。過度な期待さえ抱かなければ、それなりの幸福が得られるから。

 ……ものすごく情けない言葉だって、自分でも思うけど。


「それがあなたの選択ならば、それもひとつの道なのだろうと考える」


 フィーネは俺を蔑むでもなく、変わらない表情で遠くを眺めている。


「さっきも言ったように、私には、あなたの感情を察することはできない。必要だと思ったから言った、それだけのこと」


「ああ、分かってるよ。ありがとう……俺も、考えてみるよ」


 彼女と話せて、少しだけ気が楽になった気がする。ちょっと情けなくもあるけど。


「感謝するなら、兄さんにするべき。私は、ただ兄の言葉を伝えただけ」


「君の兄さん、か。そんな言葉を言えるぐらいだから、頭の良い人なんだろうな」


「ええ。すごく賢い人。会うのは本当に久しぶりだけれど」



 ――続けて、彼女の口から出た兄の名前。

 それを聞いた瞬間、俺は……自分の耳を疑った。


「フィーネ……今、何て?」


「え?」


「いや、君の兄さんの名前……」


 珍しい名前じゃない。ただ一緒って事も有り得る。だけど、()()()なら、確かにさっきみたいな事を言いそうだ。まさか……




 ――俺達を、不快極まりない強烈な耳鳴りが襲ったのは、その時だった。


「ッ……!?」


「…………!」


 最初は俺だけかと思ったが、フィーネの様子を見て、同じ感覚を体感していると分かった。


「これは、昨日の……!」


 間違いない。この感覚、廃工場の時と同じだ。何だってこんな所に……!?

 いや、理由なんて考えてる場合じゃない。


「アトラ、これは……」


「フィーネ、説明してる時間はねえ。逃げるんだ!」


 目を凝らすと、もう目の前の空間が歪み始めていた。俺はトンファーを構えると、彼女の前で壁になるように立った。

 歪みは加速していく。恐らく、逃げようとしても無駄だ。逃げ切る前に転移は完了するだろうし、獣から追いつかれるのは目に見えている。もし逃げ切れたとしても、この転移は、誰かが操っているはずだ。そいつから監視されている以上、どこから襲われるか分からない。


「……クソが。人をおちょくりやがって!」


 あのアインって野郎なのか、他の奴なのか。目的は何なのか。何も分かんねえし、考えてる時間も無いみてえだが、高みの見物を決め込んでるそいつに対して、無性に腹が立ってくる。

 だけど、それに気を取られているヒマは無い。歪みの中から、獣の唸り声が聞こえてくる。


「来る……!」


 次の瞬間、空間のねじれの中から、獣の脚が現れた。

 一部が出て来ると、後はそれほど時間はかからなかった。頭が、胴が、そして全身が。程なく、転移は完全に完了した。

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