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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
3章 内なる闇、秘められた過去
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家族の元へ

「……ガル、眠れた?」


 翌日、午前8時。居間にはもうアトラを除いてみんなが集まっていた。最近は寝坊が多い浩輝と海翔もだ。全員の共通点と言えば、かなり眠そうにしていることだろうか。瑠奈の質問からするに、恐らくは俺もそうなのだろう。


「いろいろ考えていたら、寝付かなくてな。お前もか?」


「うん。でも、そのまま寝過ごす気にもなれなくてね……」


「何だよ、お前らもか」


 状況はみんな同じようだ。

 昨日は目まぐるしい1日だった。任務のこと、アトラのこと、そして()()()のこと……考えねばならない話ばかりだ。


「アトラは……まだ起きてこないな」


「あいつも眠れなかっただろう、というのもあるが。単に、オレ達の所に顔が出しにくいのかもしれないな」


 誠司の言う通りだろう。あれだけの事を言ってしまったのだから、姿を見せ辛いのは当然だ。


「呼びにいくとするか。きっかけがあれば来やすいだろう」


「頼みます、マスター」


 ウェアはゆっくりと立ち上がると、二階へと上がっていった。その姿を見届けてから、ジンが一同を見渡した。


「いつも通りにしないと、だな」


「その通りだけど、そう意識するともっと硬くなっちゃうよ、蓮?」


「う……それもそうだな」


 下手に気を遣えば、あいつは余計に気にしてしまうだろう。俺たちがやるべきは、普段通りにあいつを家族として受け入れる。それだけだ。


「如月、大丈夫か?」


「……はい。何とかやってみます」


 海翔を始め、完全に顔に出さないのは難しいかもしれないがな。それでも、自然にいつもの姿に戻っていくはずだ。


「そう言えば、アトラさんは、私たちが昔の話を聞いたことは知っているんですか?」


「食事を届ける時に、ある程度を話した事は教えました。さすがに黙っておくわけにはいきませんでしたからね」


 あいつの過去、か。深い部分の話は、いずれ本人の口から聞きたいものだ。今は無理でも、話したくなった頃にゆっくりと話せば良いからな。




 ――血相を変えたウェアが降りてきたのは、ちょうどその時だった。


「どうしたの、マスター?」


「……やられた」


「え?」


「アトラがいない。部屋はもぬけの殻だ」


「……何だと!?」


 全員の顔色が一気に凍り付く。残っていた眠気など、一瞬で吹き飛んでしまった。


「ど、どういうことですか、マスター!?」


「気付かないうちに、窓から抜け出していたようだ。武器と最低限の荷物だけでのようだがな」


「何だって……!」


 一同、騒然となる。美久は慌てて電話を取り出すと、アトラに着信を入れるが……。


「……駄目、出ないわ」


 電話を片手に首を振る美久。皆の混乱が更に高まっていく。……そんな中、ジンが冷静な言葉を発した。


「皆さん、落ち着いて下さい。私たちが慌てても、どうしようもありません」


「それは、そうですけど……」


「問題が起こった時に重要なのは、冷静に状況を把握すること。そして、それを解決するためにどのような対策を取るかです。騒いで物事が解決するなら、誰だって苦労はしませんよ」


 それは正論であり、同時に皆への叱責であった。一同が少しずつ静まっていく。


「焦る気持ちは分かります。ですが、焦りは決して状況を好転はさせないのです。分かりましたか?」


「は、はい……」


 みんなはひとまず落ち着きを取り戻したようだ。だが、内心はやはり穏やかでは無いだろう。俺だってそうだ。


「状況を整理しよう。みんな、一番最後にアトラを見たのはいつだ?」


「私は食事を届けた時ですね。19時を少し過ぎた程度でした」


「俺は、あいつが部屋に戻ってから見ていない」


「私も……」


 一同が顔を見合わせる。どうやら、ジン以外は全員が俺と同じらしい。ウェアは小さく唸った。


「俺は一応、昨日は日付が変わるまで起きていたが、その時にあいつが部屋にいたことは確認している。抜け出したとすれば、深夜だろう」


「そんな時間から出てって、今まで戻ってこねえなら……気分転換に散歩、ってわけねえよな」


 そもそも、わざわざ窓から出て行ったぐらいだ。俺たちと顔を合わせないために失踪した、と考えるのが妥当だ。


「くそ! あいつ、そこまで思い詰めてたのかよ、昨日のこと」


「逃げ出した真意は本人に聞くしか無いでしょう。大方の予想はつきますがね……全く」


 ジンの呆れたような溜め息。それはいつもと違い、どことなく哀しげに聞こえた。


「頭が十分に冷えれば戻って来る可能性はありますが、それまで放っておくわけにもいきません。皆に迷惑をかけたのですから、早く連れ戻して縛り上げましょう。いつもの如くね」


「……ジン」


 不器用な言い方だが、ジンも心配しているのが分かる。彼だけじゃない、他のみんなもだ。


「だが、あいつがどこに行ったのか、当てがある奴はいるのか?」


「うーん……行き着けの店とか?」


「それは無いと思うよ。事情が事情なんだから、人の多い所には行きたがらないはずだ」


 他の街に行ったりはしていないだろうが、時間をかければその可能性も出て来るだろう。いずれにせよ、速やかに探さねば特定も難しくなっていく。

 だが、闇雲に探す訳にもいかない。何とか目星がつけば良いが……そう考えていると、コニィが口にした。


「あの……もしかして、街の外じゃないでしょうか?」


「外?」


「はい。人の少ない場所に行こうとするなら、その可能性はあると思います。それに、アトラさんは武器を持っていったのでしょう? 外なら危険も多いし、護身用と考えるのが妥当です」


「確かにそうだな……」


 それも十分に考えられる。むしろ、状況から考えて、街中にいるよりも確率は高いだろう。だが……。


「けど、外って言っても、それこそ探しようが無いよ。未開拓部分、全部しらみつぶしって訳にもいかないし」


 フィオの言うように、根本的な問題は解決しない。あいつがどこに向かったのか、具体的な場所が分からない限り、状況は変わらないのだから。――そんな時。


「……ローヴァル山」


「何?」


「私、心当たりがあるわ。あいつのいる場所に」


 全員が、一斉に美久の方を向いた。


「本当か、美久?」


「確実じゃないけど、可能性は高いと思うわ」


「詳しく教えてもらえますか?」


「ええ。街を東門から出て進むと、ローヴァル山って場所があるのは知ってる?」


 ローヴァル山。標高はそれ程高くなく、これといって強力なUDBが生息しているわけでも無い。街から近いこともあり、一応は登山道が作られる程度には人の手が入っている。

 多種多様の山菜や薬草が自生していたりもするが、一般人だけで入るのはさすがに危険なので、代理で採取したり、護衛に付いたりといった依頼がたまに入る。UDBが出る以上、安全とは言えないが、バストールを象徴するような、自然豊かで美しい土地である。


「あそこにアトラがいるって言うのか?」


「あいつ、昔に教えてくれたの。あの山からの眺めが好きで、一人で考え事したい時とかは、街を抜け出して過ごしてるって。今でもたまに行ってたらしいから……」


 なるほどな。今の話、そして状況から考えるに、彼がローヴァル山にいる確率はかなり高い。


「どうしますか、マスター?」


「闇雲に捜すよりは良さそうだな。ならば、何名かでローヴァル山の探索を行い、残りのメンバーで街中を捜そう。山に行くのは……」


「私は行くわ!」


 ウェアがチームを口にするより早く、美久はそう声を張り上げていた。


「……私はあいつのとこに行かなきゃいけないの。あいつが今もまだ苦しんでるのは、私のせいでもあるから」


「美久。君、やっぱりあの時のことを気にしているの?」


「当たり前でしょ。あの時、私がもっとしっかりしてたら、あいつは……」


「何か、あったのか?」


 昨日から様子がおかしいとは思っていたが。俺が問うと、彼女は少しだけ視線を落とした。


「昨日、言ったわよね。私、一度だけあいつの力を見たことがあるって」


「ああ……」


「それは、私がまだ仕事を手伝い始めたばっかの時よ。私とアトラ、フィオの三人で、護衛の依頼に行ったの。でも……予想よりも多くUDBが出てね。私、慣れてなかったからヘマしちゃってさ。後一歩でやられちゃいそうになったの」


「…………」


「そんな私を助けるために、あいつは力を使った。昨日みたいに、とっさのことだったと思うけど」


 仲間を助けたい。その思いが、使いたくないと言う思いを上回ったのだろう。


「あいつは、嫌っていた力を使ってまで私を助けてくれた。あいつの力が、私を助けてくれたの。それなのに、私は……」


 いつも気丈な美久とは思えない程の後悔が、その声の中から感じられた。


「差し出してくれたあいつの手を……私は、取る事ができなかった。怖くて、頭が回ってなかった。あと一歩で死んでたんだって思うと、動けなくなった。……私はその目のまま、あいつを見たの」


「……それは」


 昨日のアトラは、子供達の恐怖の視線を、全て自分への恐怖へと受け取った。ならば、死の恐怖に震える美久の目を見たアトラは、それも同じように受け取ったのではないだろうか。


「……ううん、それだけじゃないわ。私はあの瞬間、あいつ自身のことも怖いと思ってしまった。あいつの姿が、いつものあいつとまるで違っていたから……悪魔だなんて思ったわけじゃない。でも、あの時の私はきっと、あいつを悪魔だって差別した人達と同じ顔をしてた」


 美久は差別をするような性格じゃない。だが、恐怖に錯乱した中で、反射的に身をすくめさせるには十分だったのではないだろうか。そして、アトラにとっても。


「あの時のあいつの表情は、忘れられない。悲しそうなだけじゃなくて、何か諦めたみたいな目をしてた。……あいつが周りに軽薄な態度を取り出したのは、そのすぐ後のことよ」


 軽薄な態度。つまり、心の壁。受け入れられなかった悲しさが故の、自己防衛。

 そして、彼の壁を生み出してしまった美久も、多分ずっと後悔してきたのだろう。アトラが彼女を許していたとしても、彼女自身は許すことができずに。


「……その後、何度も話をしたわ。どれだけ謝っても、あいつは気にしてないっていつも言って、すぐに話を終わらせて……何回目か分からないけど、ついに聞いてもくれなくなった。……この話をした方があいつは傷付くんだって思って、私も何も言わなくなった。だけどそれは、たぶん……私も、逃げてたんだって思う」


 辛い話だからこそ、お互いに触れないことを選ぶ。それは、ひとつの解決法ではあるのだろうが……アトラの場合は、上手くはいかなかった。


「あの時、私があいつの手を取れていたら……もしかしたら、あいつはトラウマを乗り越えられていたかもしれないのに。私は、全てを無駄にしてしまったの」


「美久、それは……」


「それについては私たちも同罪ですよ。事情を知りながら、間を取り持つことができませんでしたからね」


「……そうだな。当時のあいつは今よりもさらに不安定だったから、俺たちは時間による解決を選んだが……それが、このような事態を招いてしまったのだから、下策もいいところだ」


 ウェアが溜め息をついた。アトラの抱えたトラウマは甚大で、刺激をしていれば大きな反発を招いていた可能性だってあるだろう。人の心は、複雑だ。正解など、誰にだって見えはしない。


「私はマスターの望みにも、アトラの心にも、応えられなかった。そのくせ、何年間もどうすればいいか分からないままで……だから、今度こそ」


 少女は顔を上げる。猫科の細長い瞳は、力強さを取り戻していた。


「今度こそ、私はあいつを受け入れてやりたい。あの時に傷付けてしまったお詫びって訳じゃないけど……今度こそ、あいつの手を掴みたい。あいつを、迎えに行きたいんです!」


 美久の切実な願いが、伝わってくる。彼を苦しめ、そして今まで何もできなかった過去への後悔。だが、彼女は、後悔するだけで止まることをよしとしなかった。


「良いんじゃないですかマスター、こいつに行かせて。あ、ついでに俺も行きますけどね。清算しなきゃいけないことは、俺にもありますからね」


「海翔……」


「今度こそ掴んで、引っ張ってくんだろ? あいつの手を。後悔するよりも、これからのことだ。……そうだろ?」


 海翔はにやりと美久とウェアに不敵な笑みを見せる。後悔するよりもこれから、か……彼らしい言葉だ。

 ウェアが、小さく笑った。


「良いだろう。ただし、絶対にあいつをとっつかまえて来い。分かったな?」


「……はい!」


「ガル、フィオ、コニィ。お前たちも行ってくれ」


 俺を含め、名前を呼ばれた三人も立ち上がる。


「残りの者は街中で情報収集だ。みんな……あいつを連れ戻すぞ。俺たちの、大切な家族を!」


『了解!』


 統率の取れた返事。一同、思いは同じだ。俺達はあいつを……俺たちの家族を追うべく、速やかに行動を開始した。

 ……みんな、お前を大事に思っているんだ。だから、待っていろ、アトラ。お前には、届けなければならない言葉が、たくさんあるんだからな。








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