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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
3章 内なる闇、秘められた過去
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アトラ

 ウェアルド達は少年をギルド支部まで連れ帰ると、ギルドの一室に彼を寝かせた。幸い、医療知識を持ったメンバーがいたため、その者に少年の治療を行ってもらうことにした。


「全身の打撲、それから栄養失調の為に弱ってはいますが、命に別状は無いでしょう。じきに目を覚ますと思います」


「そうか……良かった」


 その言葉に、ウェアルドは安堵の息を吐く。


「済まないな、無理を言ってしまって」


「いえ。今回、お二方には本当に助けていただきましたから、この程度は当然です。それに、僕もこの子に元気になってもらいたいですから」


 ギルド員の男は、穏やかな口調でそう言ってから、部屋を後にする。そして、扉が閉まると同時に、これ見よがしなジンの溜め息がウェアルドの耳に届いた。


「さて。えらく突っ走った行動をしたものですね、マスター?」


「……済まない」


 後悔はしていない。だが、感情に任せて短絡的な行動をしてしまった自覚はある。


「別に責めるつもりはありませんよ。私も彼を助けたことに異論はありませんから。しかし、これからどうするつもりですか?」


「彼が目覚めないと決めようがないだろう。だが、責任は取るつもりだ」


 あの住民たちの反応を見るに、傷を治して解放、では不安が残る。それに無責任でもあるだろう。先ほどジンが言った通り、中途半端な施しはただの自己満足でしかないのだから。


「しかし、悪魔ですか。そんな迫害が現代に残っているとは」


「人は、起こったことを何かのせいにしたがるものだ。その対象を、自分たちの理解の及ばないものにこじつけてな」


 ただ単に、自分の中でそうだと決め付けることができればいいのだろう。そうして理由をつけて、自分の行為を正当化する。正しいのは自分たちだと言いながら、発散するのだ。


「だが、そうだな。()()()()()()()()()、は少し気になるところだ」


「盗みなどの悪事を働いていたのは確かなようですが。それ以外に何かある、と?」


「直感だがな。彼らがこの少年を見る目の憎悪は、かなりのものだった。それだけの行為を働いてきたという可能性もあるが……何か、他の理由があるように感じる」


 それこそ、本当に悪魔だと思うような何かが。住民の罵倒を思い返しつつ、ウェアルドは思考を巡らせる。


「少なくとも、見た目は普通の少年ですがね。豹人だから、と言うことは無いでしょう。毛の色もそこまで珍しいものではない。もし赤毛が駄目なら、マスターも対象ですからね」


「推測ならある程度は出来るが、実際の所は分からないだろうさ。この少年から直接聞かない限り、な」


「しかし、話してくれるでしょうか?」


「無理に聞き出すつもりは無いさ。それに、どんな理由があろうとも関係ない」


 例え彼自身に問題があったとしても、ウェアルドには今さら見捨てる気などさらさら無かった。ここまで来たら、必ず最後まで責任を取ると決めている。


「お人好しですね、あなたも。始めて知ったわけではありませんが」


「ふ。恨むなら、そういう男の下についた自分を恨むんだな」


 ジンはふう、と息を吐く。ウェアルドに対してではなく、そういう甘さを抵抗無く受け入れるようになってきた自分自身に。


「……う……」


 そんな時、不意に聞こえた呻きに、二人の視線はベッドに寝かされていた少年へと向けられる。


「う……ん……?」


 ゆっくりと、少年の目が開かれる。まだ意識がはっきりしていないのか、ぼんやりと部屋の天井を眺めている。


「気が付いたか?」


「………………!」


 ウェアルドが少年に声をかける。少年がそれを認識するのに少しだけ時間がかかり――途端に、彼は大きく目を見開いた。

 次の瞬間、少年はベッドから飛び起きると、そのまま転がり落ちるような形でウェアルド達から離れた。


「! おい……!」


「あ、あんた達は……つッ!」


 困惑する少年は、痛みに顔を歪める。先ほどあれだけの暴行を受けたのだから、動けば痛むのは当然だ。


「落ち着け、俺たちは……」


「ここ、どこだよ……あんた達、何者だよ!?」


 少年はウェアルドの返事を待つでも無く、声を荒げる。身体は小刻みに震えていた。


(錯乱しているか……)


 気絶する前の状況が状況だ。冷静になれなくても不思議ではない。とにかく、何とかして落ち着かせなければならないだろう。


「俺たちは、暴行されている君を連れてきたんだ。君の敵じゃない」


「それを、信用しろってのかよ……?」


「いきなりでは、信じられんかもしれないな。だが、少し落ち着いてくれ。心配しなくても、危害を加えるつもりは……」


「近寄るんじゃねえッ!!」


 ウェアルドが一歩踏み出したところで、少年が叫ぶ。彼は血走った目でウェアルド達を睨んでおり、呼吸は酷く乱れていた。


「うッ、くう……!」


 叫んだことが傷に響いたのか、少年が呻く。その様子にウェアルドが駆け出そうとするが、少年は全力でそれを拒絶する。


「来……来るなっつってんだろ! 俺から離れろよ!!」


 全身を震えさせながら、ウェアルドから出来る限り距離を取ろうと、壁に張り付く少年。彼の表情には、純粋な恐怖だけがあった。


「敵じゃない、だって? ふざけんなよ! 敵じゃない他人なんて、俺にはいねえんだよ……! 油断させて、どうするつもりだ? ついに殺すことでも決めたかよ、俺を!!」


「…………ッ」


 彼の言葉から、彼が今までどんな目に遭ってきたのか、どんな扱いを受けてきたのかが、容易に想像できた。


「極度の対人恐怖症……ここまで来れば、対人拒絶症とでも言うべきでしょうか」


 ただ錯乱しているだけではない。彼は、心の底から他者と言うものが信じられなくなっているのだろう。そして、そうなるだけの仕打ちを、彼はずっと受け続けてきたのだ。











「対人……恐怖症? あいつが?」


 呆けたような声で蓮が呟くと、ええ、とジンが頷いた。


「一般的には、他人と接するのが苦手、話す時に極端に緊張する、程度のものですが、彼の場合は文字通りに、人の存在に対して恐怖を抱くようになってしまっていたのです」


()()()()()()()()()()()()。そう刷り込まれてしまっていたんだよ。……それだけでは無かったんだがな」


 俺たちは、絶句してしまっていた。あいつがそんな状態だったことを、信じられなかった。


「それで……どうなったんすか?」


「最終的には、何とか落ち着かせることに成功した……すまんな、ここは詳しく話せないんだ」


「え、どうして?」


「核心に迫る部分は本人から話させたい。ウェアはそう言っていただろう」


「あ……すいません」


「……続けるぞ。ぶつ切りで悪いが……とにかく俺たちは、あいつを何とか落ち着かせて、少しだけ眠らせた。それから、目覚めるのを待って――」










 再び目を覚ました少年は、今度は取り乱すことなく起き上がった。


「おはよう」


「……あ、ああ」


 口調はぶっきらぼうだが、少年はちゃんと返事をしてくれたことに、ウェアルドは微笑む。そうして、準備しておいた器を差し出した。


「ほら」


「……何だよコレ?」


「スープだ。腹、減っているだろう?」


「………………」


 少年は笑顔を浮かべたウェアルドの顔と、温かいスープの入った器を何度も見比べる。

 そして、空腹に耐えきれなくなったのか、おずおずと器を受け取った。そして、警戒気味に少量をスプーンで口に運ぶ。そして、目を見開いた。


「どうだ?」


「……美味い。こんなの、初めて食べた……」


「そうか、それは良かった。お代わりはいくらでもあるから、好きなだけ食ってくれ」


 一度口に入れてしまったことで吹っ切れたのか、ウェアルドの言葉を聞いた少年は、スープを一気に口の中に流し込み始めた。久方ぶりのまともな食事なのだろう。


「ははっ! 慌てなくても、誰も取ったりしない。ゆっくりと味わって食いな」


「んぐっ……これ、狼のオッサンが作ったのか?」


「ああ、こう見えても料理は得意でね……が、狼のオッサン、は止めてくれないか? 俺の名前はウェアルド・アクティアスだ」


 少し傷付いた様子でウェアルドが訂正を入れる。そう言えばこの人も四十でしたねえ、とその様子を眺めながらジンは思う。


「ちなみに、私はジン・バルティスです。間違っても人間のオッサンなどと呼ばないで下さいよ? ギリギリとは言え、私はまだ二十代なのですから」


「……二十代か。羨ましい響きだな」


 ぽつりとウェアルドが呟いた言葉。予想以上に年齢が気になってきているらしい。これは面白いネタが増えましたね、などと自分の部下が考えていることには残念ながら気付けなかった。


「コホン。そう言えば、君の名前は何と言うんだ?」


 自分たちの名前を反芻して記憶している様子の少年に、気を取り直してウェアルドが尋ねる。


「……アトラ。姓は育ててくれた人から貰って、アトラ・ブライトって事にしてる」


「アトラか。良い名前だ」


 そう返しながら、頭の中では別のことを思考する。育ててくれた人、という言い回しからして、実の両親ではないのだろう。先ほど、孤児院で育ったと住民が話していたはずだ。


「では、アトラ。いくつか聞かせてほしいんだが……君は今、どこに住んでいる?」


「……どこに、ってことは無いよ。適当に、誰も来ないような場所を探して寝てる」


 やはりか、と思うと同時に、必要とは言えそんな質問をしたのを、申し訳なく思う。


「ならば……ずっと一人で?」


「うん。俺、孤児院……追い出されちゃってるから。食うもんも盗まなきゃいけなくてさ」


「……追い出された、だと?」


「ああ。オッサ……じゃなくて、ウェアルドさん達も見たろ、さっき。俺……悪魔って呼ばれてるから」


「……何と言うことでしょうか」


 彼はそこまで見捨てられてしまっていたのかと、ウェアルドの中に激情が湧き上がる。牙を噛み締める赤狼の姿に、アトラは俯きながら言葉を続けた。


「……誤解してほしくないんだけど、孤児院のシスターは残っていいって言ってくれたんだよ。だけど、他のみんなが俺を怖がってたから……だから、俺が自分で出ていったんだ」


「だが、それは君の意思ではなかったはずだろう……」


「そりゃ、そうだよ。でも、しょうがないんだ。俺がいたら、みんなが怖がるから。みんなが迷惑するから。だから、しょうがなかったんだ……」


「……しょうがない、だと? そんな訳があるか!!」


「あ……」


 思わず大声を出してしまった事で、アトラは黙りこんでしまう。失態を犯したことに気付き、ウェアルドはすぐさま後悔する。ただでさえ、罵倒の中で生きてきた彼は、大声には弱いはずだ。


「済まない……怒鳴って悪かった。だけど、そんな悲しい事を言うな。存在するだけで悪いなど、そんな話があってたまるものかよ」


「……うん……ごめん、なさい」


 やはり、少し怯えてしまっている。どうにも感情的になってしまっている自分を落ち着かせるように、ウェアルドは溜め息をついた。


「では、マスター。そろそろ本題に入ってはどうでしょうか。どうやら問題は無いようですから」


「……ああ、そうだな。アトラ、君に提案があるんだが、聞いてくれないか?」


 ジンの言う通り、早めに話しておくべきだろうと、ウェアルドがそう切り出す。アトラは不安げな様子で彼を見つめ返した。


「何だよ、提案って?」


「俺たちと共に暮らすつもりは……俺たちの国に来るつもりは無いか?」


「!!」


 彼の反応は凄まじかった。目を大きく見開いた顔から、これ以上無いほどの驚愕が伝わってくる。


「ど、ど……どういう、意味、だよ?」


「言葉通りですよ。私たちは、バストールでギルドを経営しています。そこではギルドメンバーが住み込みで共同生活しているのですが、その一員になる気はあるかと聞いているのです」


「な……」


 あまりに衝撃が大きかったらしく、アトラは完全に絶句していた。こんな事を言われるとは、予想だにしていなかったらしい。


「ああ、ギルドメンバーになれって意味じゃない。ただ単に、一緒に住もうと言うだけだ。もちろん、お前が嫌じゃなければ、だがな」


「何、で……」


「ん? お前ぐらいの年齢なら、仕事をしていなくても普通だからな。部屋は余っているし、お前一人が来ても何の問題は無いさ」


「そ、そうじゃなくて! どうして、俺なんかを……!?」


 アトラは先ほどとは違う意味で混乱していた。本気で理解不能と言った様子で、声を荒くする。


「あんたらだって()()だろ? それなのに、どうして……どうしてそんな事、言ってくれるんだよ!?」


「自己満足だと言えば、お前は納得するか?」


「何だよ、それ……」


「放っておけないんだよ。ただ、それだけだ」


 あそこまで虐げられていた彼を、このままになどしておけなかった。それが偽善でも、傲慢でも。


「それとも、嫌なのか?」


「……そんなこと、無いけど。でも……俺なんかが、いても、迷惑かけるだけで……」


「こら」


 アトラの頭を軽く小突く。そう力を入れてはいないが、少年は困惑した様子で叩かれた箇所をさすった。


「先ほどからだが、俺なんか、などと自分で言うもんじゃない。迷惑かどうか決めるのも俺たちだろうよ」


「だ……だって、俺は……」


 もごもごと口の中で呟いている言葉は聞き取れないが、きっと自虐的なものであるのは分かった。

 彼は長い間――本当に長い間、善意と言うものを受けてこなかったのだろう。自分がその対象になれることを、忘れてしまうほどに。


「俺は、お前を見捨てはしない」


「え?」


「絶対に、見捨てるものか。お前を罵る者がいれば、そんな奴は俺が許さない。俺たちがお前を守ってやる。何があろうとも、絶対に」


「ウェアルド、さん……」


「……独りきりで生きる必要なんてない。お前だって、誰かにすがって良いんだよ」


「…………ッ!」


 その言葉が心の中の何かに触れたのか、アトラが俯く。身体が、また震え始めた。


「俺……本当に、誰かといても良いのか? あんた達について行っても、良いのか……?」


「当たり前だ。うちのギルドに、お前を除け者にする奴などいない。なあ、ジン?」


「ええ。共に暮らすうちに、誰かさんの甘さが伝染していきますからね」


 嫌味な笑みと共に返された、部下の思わぬ皮肉に唸りながらも、反論は出来ないな、と苦笑いを浮かべる。


「俺たちと共に来てくれないか? アトラ」


「……うん……」


 アトラは俯いたまま、瞳からぽたぽたと透明な雫を落とし始めていた。










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