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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
3章 内なる闇、秘められた過去
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忌避されし少年

 ――五年前。






 ウェアルド、そしてジンの二人は、南方の小国であるテルムを訪れていた。

 この国にもギルドの支部がいくつか置かれていたが、人手、設備共に弱小であり、二人はその臨時支援として派遣されたのである。そして、任された仕事も完了し、二人は街中に出てきていた。


「……ふう」


「大丈夫ですか、マスター?」 


「何とかな。人手不足が深刻だと聞いていたが、ここまでとは思わなかった。俺ももう年なのだから、さすがに疲れたよ。帰ったら数日は休ませてくれ」


 ウェアルドの言葉通り、二人がこの国に着いた時には、かなり深刻な状況だった。おかげで、二人は奔走せざるを得なかった。

 それでも、自分はまだマシであった、とジンは思う。ウェアルドは、任務の合間に隙を見てはギルドメンバーの教育及びに運営の補佐まで行っていた。睡眠時間もまともに無かったはずだ。

 そもそも、ウェアルドが自分から休みたいなどと言うこと自体が稀であり、それだけで疲労がピークに達していることが分かった。


 だが、そんな日々も今日で終わりだった。本日分の仕事も終え、明日にはバストールに帰還することになっている。

 今回はギルド本部から視察も任されており、この現状を報告することで、適切な人員の補充が計画される予定だ。


 二人はこの国の首都であるソレムの街中を歩いていく。この辺りは大規模な市場であり、数多くの露天が開かれていた。


「この辺りには、なかなか活気があるな」


「発展途上国とは言え、首都の中心街ですからね。人通りだけならばバストールと変わりませんよ」


 テルムはジンの言う通りの発展途上国であり、バストールよりも遥かに治安が悪い。ここはまだマシなようだが、UDB関連の事件も多発し、国中至る所で物乞いの姿なども見受けられる。二人はその現実を見ておこうと考えたのだ。


「しかし、改めて、バストールが十分に恵まれていることが分かりましたよ」


「そうだな……」


 この国に来て、何度も見た。路上で物乞いをする幼い子供も、それを気にすること無く歩いていく人々も。

 嘆かわしい現実だ、とは思う。だが、この国の人を責めることはできない。彼らは自分の生活で手一杯で、他者を助ける余裕など持てないだけなのだから。


「……助けないのは可哀想だと考えられるのは、俺たちに分け与える余裕があるからだ。そして、それは一種の傲慢であるのかもしれない」


「ええ。残酷な言い方ですが、今の私たちに彼らを全て保護するのは不可能です。中途半端な施しは、ただの自己満足でしかありません」


「分かっているさ。ただ、それでも……できることは、やってやりたかった」


 そんな子供たちに、ウェアルドは逐一、施しを行った。それが愚策だと理解はしても、見捨てることなどできないのがこの男だ。ジンも言葉とは裏腹、主のそんな行動を咎めているわけではない。彼とて、現状を嘆いているのは同じだから。

 それでも、救えるのは数日だけだ。後は彼ら自身が、生き延びてくれることを祈るしかない。


「…………?」


 その時、ウェアルドの目が、前方に人だかりが出来ているのを捉えた。ジンもすぐにそれに気付く。


「あれは何でしょうか?」


「分からん。だが、怒鳴り声のようなものが聞こえるな」


「では、トラブルですかね。やれやれ、今日はもう仕事をする気は無かったのですが」


「非常事態は疲労など考慮してくれないのが常だろうよ。行こう」


 ギルドは治安維持のための組織でもあるし、それ以前に無視ができる性格でもない。ジンの愚痴も、関わる前提の軽口だ。

 人混みをかき分け、二人は騒動の現場に向かう。周りの様子を見るに、思ったよりも不穏な空気だった。それに、やはり男の罵声が聞こえてくる。ウェアルドは全力で走った。ジンはその少し後ろを着いて行く。


「…………!」


 やっとの思いで人の波をくぐり抜け、人の輪の中心で何が起こっているかが、ウェアルドの視界に飛び込んできた。

 そこでは、血走った目をした犀人の男が、地面に倒れた赤毛の獣人の子を蹴り飛ばしていた。


「何をしている、止めろ!」


「あ? 何だアンタは。アンタには関係ねえだろ!」


 言いつつ、犀人は少年を更に蹴る。少年の小さな呻きが聞こえて来た。


「止めろと言っている!!」


「何で止める必要がある? このガキは、うちの商品を盗もうとしやがったんだよ!」


 男はすぐ近くの店を指差す。どうやら果物屋のようで、地面にはいくつかの果物が転がっていた。どうやらこれが狙われた商品らしい。


「……怒るのは当然かもしれん。だが、もう十分だろう!」


「十分? まだ全然足りねえよ! こいつは最近、ここら一帯の店を荒らし回ってやがったんだからな!」


 店主と思われる男は、容赦なく少年を踏みつける。少年はどうやら気を失ったようで、今度は呻きも聞こえない。


「止めないか! これ以上は死んでしまう!!」


 ウェアルドは少年を庇うように男から引き剥がす。犀人は心底不愉快そうに、ウェアルドを睨み付けた。


「さっきからうるさいんだよ、オッサン。それに、そいつは死んだって当然なんだよ」


「……何だと?」


 犀人の男の言葉に、ウェアルドが男を睨み付ける。ここで、ジンもようやく追い付いた。


「知らねえのか? そいつはここら一帯じゃ有名なんだぜ。何たってそいつは、()()だからな」


「……悪魔?」


 聞き返したウェアルドに答えたのは犀人ではなく、周りの人々だった。


「そうだ! 俺は見たことがある、そいつが悪魔の姿になった所を!」


「そいつがいる場所には不幸が訪れるんだってよ。そいつが暮らしてた孤児院も、そいつのせいでUDBに襲われたらしいぜ」


「そもそも、そいつはUDB共と仲間らしいぞ。結託してこの街を破壊しようとしてるって噂だ」


 住民からの罵声の嵐。それを聞きながら倒れた少年を眺め、ジンは溜め息をつく。ここまで気分が悪くなったのは久しぶりだった。

 本気で住民たちを縛り上げてやろうかと考えた所で――彼は、背筋に冷たいものを感じ取った。


「だから、さっさと殺しておくべきだって前から言っていたのよ! どうせロクな事をしないんだから!」


「だよな。大人しくしてりゃ見逃してやったけど、俺たちに害が出るならそうもいかない」


 エスカレートしていく罵詈雑言に、ジンは怒りより先に危惧を覚える。これは、流石にまずいかも知れない。そう考えるのが、少しばかり遅かった。


「分かったか? そいつには生きている価値が無いんだよ。何たって、存在自体が害悪――」





「それ以上口を開くな、この下郎どもがッ!!」


 赤狼の怒号に、大気が震えた。


「!?」


「…………ッ」


 彼らを取り囲んでい人々が、次々と膝をついていく。犀人の男も、どさりと情けなく尻餅をついた。

 まともに立っていたのはジンだけだったが、彼もまた無意識に後ろへ下がっていた。


「悪魔だと? 害悪だと? ならば、貴様たちは何だ? 一人の少年を集団で痛め付けるような自分たちを、善良な国民であるとでも思っているのか!? 笑わせるな!!」


「ひ……!?」


「何が……何が悪魔だ! 貴様たちの行いこそ、悪魔の所業だろうが!!」


 完全に激昂したウェアルドには、普段の穏やかさなど微塵も無い。そこから感じられるものは、生物の本能として感じ取れる、圧倒的なまでの格の違い。


「……な、何なんだ、あんたは……?」


 犀人の男は震えている。だが、彼を臆病と言うことはできない。今のウェアルドには、ジンですら恐怖を感じるほどなのだから。


 先ほど、ウェアルドは何も特別な事はしていない。あれは、ただの気迫だ。ただし、常人であれば立っていられないほどの、絶対的な威圧感を持った。



(――覇王の風格、と言うべきでしょうか)


 ジンは内心で舌を巻く。まさか自分までこうも容易く気圧されてしまうとは、と。

 ずっとウェアルドに仕えてきたジンにとって、彼の憤怒を見たことは初めてではない。だが、普段の穏やかな人柄のせいで、彼への畏敬を忘れつつあったのは事実だ。

 文字通り、格が違う。これが()()()()()と呼ばれた男なのだと、ジンは自らのマスターに対する再認識を余儀なくされた。


「……俺はこの少年について、詳しいことは全く知らない。悪魔と呼ばれるのにも理由があるのかもしれない。だが、相手が何であろうとも、目の前で起こる迫害を見過ごすことはできない」


 怯える住民の姿を見てか、口調は少しだけ柔らかいものに戻す。もっとも、そこから滲み出る怒りまでは隠せていないが。


「だ、だが……そいつがうちの商品を盗もうとしたのは、事実だ……!」


 たどたどしくも、犀人が正当性を主張する。言い返せるだけ、胆力があるとも言えるだろう。ウェアルドは彼の言葉に、地面に転がる売り物を見やる。


「いくらだ?」


「…………え?」


「こいつが盗ろうとした商品、合わせていくらだと聞いている」


 唐突な質問に、男の返答には少し時間がかかった。


「……ご、五百ルーツだ」


「そうか」


 答えを聞くと、ウェアルドは上着のポケットを探る。そこから何かを取り出すと、男に向かって差し出した。訝しげな表情の犀人は、それが何かに気付き、目を丸くする。


「五万ある。詫びも含めて、百倍あれば足りるか?」


「…………!!」


 唖然とする店主を尻目に、ウェアルドは地面の果物を拾い、続けて少年を抱えあげる。犀人が何も言い返さないのを確認してから、人々に背を向けた。


「こいつは俺が保護する。今後、貴様たちに迷惑をかけることも無いだろう。連れて帰っても文句は無いな?」


「な……」


「ジン、行くぞ」


「ええ、了解しました」


 二人は住民の返事など待たず、人の間を縫って歩き始める。誰もが何も言えずにいる中、店主が慌ててその背中に向かって叫んだ。


「ま、待て! どうして、そんな奴のためにそこまでする!?」


「……偽善であろうとも、自己満足であろうとも、放っておけないものもある。それだけだ」


 放心した一同を一瞥すると、少年を抱えたウェアルド達はその場を後にした。






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