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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
3章 内なる闇、秘められた過去
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亀裂

「転移装置……って、マジかよ?」


「ああ。大変だったんだぜ?」


 ギルドの食堂。今日は店を開いていないので、こちらも普通に休憩室として使われている。

 あの後、獅子王からの救援の到着を確認してから、俺たちはギルドに戻ってきた。ジンはまだ残っており、ウェアも現場に向かっているが。

 本来ならば俺たちも残るべきだが、急に戦闘に巻き込まれた俺たちを気遣ってくれたのだろう。それから……彼の様子がおかしいのもあるか。


「それにしても、獅子のような外見で喋るUDB、なんてね。そんな種族、僕も知らないよ?」


「オレもだ。闇の門でも、お前たちの話と一致するような種族は見た事がない」


 フィオと誠司はあの獣についてそう答える。ちなみにあいつは獅子王のほうに預けて来た。

 それにしても、俺や海翔はまだしも、フィオや誠司すら知らないとはな。今さらだが、種族名くらいは本人に聞いておけば良かったか。


「それで、結局はどうなったんだ、ルナ?」


「工場は、封鎖した上でしばらくは獅子王が見張りを続けるらしいよ。あの子の言葉を信じるなら、無駄になるんだけどね」


 あいつが嘘をついている様子は無かったが、念には念。あいつの主が、あいつに嘘を仕込んだ可能性もある。


「しかし、マリクか。まさか、この依頼でその名を聞くことになるとはな」


「そうだな。相変わらず、目的が掴めないのが質が悪い。俺の記憶が戻れば、何か分かるかもしれないが……歯がゆいな」


「そいつがエルリアの事件を起こしたって言ってたわよね? 改めて、どんなやつなのか説明してくれるかしら?」


 美久の問いに、俺は知る限りのマリクの情報を共有していく。とは言え、あいつについて分かっていることはほとんどない。昔の俺は知っていたのかもしれないが。


「分かっているのは、オーバーテクノロジーを軽々と使いこなし、争いを起こそうとしていることと……当人も凄まじい実力者であることくらいだ」


「とりあえず、敵なのは確実みたいだね」


 フィオの言う通り、あいつと相容れないのは確実だ。目的が分からないとは言え、まともな内容であるとは到底思えない。


「今回の件の黒幕がマリクならば……奴らがついに動き出したのだろうか?」


「どうだかな。部下に実験を行わせていたのならば、まだ本格的な行動の準備中ではないだろうか。情報が少なすぎて、憶測でしか語れん」


 いずれにせよ、数ヶ月ぶりに奴らに接触したのだ。拾える情報は拾わなければならないが……。


「アトラが聞いたアインという男の言葉からして、ギルドを、あるいは俺たちを狙っての行動だと考えられるな」


「戦闘データ集め、って言ってたんだよね。だとすると、あの子たちを巻き込んじゃったのか……」


「ですけど、無事に助けだせたみたいで良かったです。その子たちはどうしているんですか?」


「あいつらは……ジンが『自分に任せてくれ』って言ってたから、あいつに預けて来たぜ。今ごろ、あのメガネにぐちぐちと説教でいたぶられてるかもな」


「うわ、簡単に想像できるわね。ご愁傷様って感じ」


 あの少年たちも、不幸な体験をしてしまったな。怪我は無かったようなのが幸いか。

 実際のところは、こんなことに巻き込まれた後だから、さすがにジンも心のケアを優先するだろう。


「それにしても、アトラもさすがだよね。一人だけでみんな護るなんて、私じゃ無理だったと思うからさ」


「だな。何だかんだ、やっぱお前も頼りになる先輩ってか」


「……別に、大したことじゃねえよ。それに、俺が助けたのは成り行きみたいなもんだからな」


 瑠奈と海翔が誉めると、アトラは謙遜するような口調でそう言った。……彼の性格を考えれば、女性に、それもいつもあれほどアプローチをかけている瑠奈に誉められれば、調子に乗ってしまいそうなものなのに。

 先ほどから気になっていたが……やはり、様子が変だ。そして、それを感じているのは俺だけではないらしい。


「アトラ……お前、さっきからどうしたんだ?」


「何……?」


 そう切り出したのは、海翔だった。


「何か、お前らしくねえぜ? 何かずっと、テンション低いってか、変ってか」


「……何言ってんだ。俺は至って普通だぜ~。どこが変なんだよ?」


 とってつけたように、へらりと笑うアトラ。それに対して、少年は余計に目線を鋭くした。


「その、()っての」


「……あ?」


「お前、いっつも()()って言ってんだろ」


 海翔の指摘に、アトラは僅かにたじろいだ。だが、すぐに上辺の笑みを浮かべ直す。


「別にそんくらい良いじゃねえか。ほら、誰だってあるだろ~? 何だか気分を変えたい時って」


「ま……確かにそんくらいだけなら、俺だってあんま気にしねえよ」


 けどな、と海翔は続ける。


「これでも、それなりにはお前を見てきてんだ、俺もな。だから、元気ねえなってことぐらいは感じるんだよ」


「……は? 何だよそれ。考え過ぎだろ~?」


 アトラはそう言って笑い飛ばす。だが、俺も海翔と同じ意見だった。彼が今浮かべている笑顔の中には、普段の軽薄さが無い。それどころか、感情が全く込められていない。無理やり、貼り付けたような……目線が、ひどく険しいんだ。


「ちょっとはっきり言うぜ。お前、どうしてあの子供たちに、あんな態度だったんだ?」


「……何のことだよ?」


「ちらちら様子見ながら、向こうから見られたら目を逸らしてたろ。さすがに気付くぜ、俺だって」


「…………!」


「……お前、あの子たちを助けた時に、何かあったんじゃねえのか」


 沈黙。それはほとんど肯定のようなものだ。


「あんまこういう聞き方はしたくねえけど……そう目に見えてへこまれてちゃ、さすがに気になるんだ、こっちもな」


「………………」


「何かキツい事があったなら、ちょっとは相談してくれねえか? 俺たちは仲間だし、一緒に暮らしてる家族みたいなもんなんだから――」




 ――海翔の言葉は、力任せに机を叩き付ける音でかき消された。


「ゴチャゴチャと……うるせえんだよ、ガキが」


 アトラの顔からは、貼り付けたような笑みが消えていた。彼と出会ってから初めて見る……明らかな、怒りの表情。


「さっきから黙って聞いてりゃ、分かったような口を聞きやがってよ。笑わせんじゃねえぞ」


「な……!」


 態度を豹変させたアトラに、海翔は狼狽えている。それは俺たちも同じで、突然の事態に、一瞬止めに入るのも忘れてしまった。


「キレイな言葉で飾ってねえで、はっきり言ったらどうだ? 俺があいつらに何かしたんじゃねえか疑ってるってな」


「俺は別にそんなこと……!」


「第一、いつもの俺と違う? はっ! お前が、お前たちが、俺についてどれだけ知ってるってんだよ?」


「……それは」


 俺たちは、ここに来るに至るまでの経緯を説明こそしたが、必要以上に赤牙のメンバーの事情に踏み込むことはしなかった。ウェアが「大なり小なり何かを抱えている」と語っていたように……軽々しく聞けるものでもないと思ったから。

 結果として、アトラについて知っているのは、俺たちと出会ってからの彼でしかない。彼がどんな経歴を持っているかなど、何も知らなかった。


「答えられねえか? ふん、そりゃそうだ。俺が何も話してねえんだからな。ほとんど知らねえ相手のことを家族だって? アホじゃねえのか、お前」


「ちょっと、アトラ、あんたね!」


「アトラさん、そんな言い方は……!」


「……確かに、今はまだ知らねえけどよ」


 数名がアトラを制止しようとする横で、海翔も再び口を開く。彼の表情も、狼狽から激情へと切り替わりつつあった。


「だけど、知らねえことだってあるのはしょうがねえだろうが! お前はマスターやジンさん、美久にコニィにフィオ、みんなについて完璧に知ってんのか? 知らねえとしたら、お前はみんなのことは家族と呼ばねえのか?」


「それは……」


 今度はアトラが狼狽える番だった。


「誰だって話したくねえことがあるのは当然だろ? だから、話してくれるまで、話せるようになるまで待ってたんじゃねえか! 知らねえから、少しずつ知ろうとしてたんだろ……! ちょっとずつ近づくことも、そういう相手が落ち込んでるのが嫌だと思うのも駄目だって言うのかよ、お前は!!」


「ッ……」


「カイ、お前も落ち着けよ!」


 海翔の側には浩輝たちが制止に入る。だが、頭に血が上った当事者たちは、相手の言葉に反発するようにさらに燃え上がってしまう。


「……偉そうなことほざいてんじゃねえよ。遊び半分でやってるくせしやがってよ」


「何だと……?」


「何の苦労も味わわず、のうのうと平和に暮らしてたガキ共が、お遊戯会のノリで入ってきやがってよ! そんな連中、仲間と認めるわけねえだろうが!!」


「――――ッ!!」


「止めろ、海翔!」


 海翔がアトラに飛びかかろうとしたのを、俺が何とか押さえ込む。

 竜人は血走った目でアトラを睨み付けている。売り言葉に買い言葉だとしても……先の発言は、どう見ても少年の逆鱗に触れてしまっていた。


「ふざけんじゃねえ……ふざけんじゃねえぞこの野郎ォッ!! 遊び半分だと? 何の苦労も知らねえだと!? テメェは今まで、ずっとそんな目で俺たちを見てやがったのか!?」


「カイ!」


「よくもそんなことを……俺たちが、どんな思いでこの国に。この四ヶ月間、どれだけ……」


 俺と浩輝の二人がかりで押さえ込むと、暴れる力は少しずつ弱くなっていった。だが、瞳に宿る激情だけは全く衰えを見せない。そして、それを言葉として爆発させていく。


「上等だ。テメェがそういう考えなら、俺だってテメェのことを家族だなんて思わねえ。テメェなんか、仲間でも何でもねえ!!」


『いい加減にしろ!!』


 重なった怒号は、俺と誠司のもの。一同が静まり返る。


「アトラ。何があったかは知らないが、お前のそれはただの八つ当たりだ。そして、先ほどの言葉は、ギルドの一員として、ウェアを裏切る言葉だ」


「如月もだ。言われたから何を言い返しても良い道理は無い。お前も十分言い過ぎだ」


『………………』


 二人は押し黙っている。海翔は顔を伏せ、アトラは視線を逸らして。

 海翔の身体は震えており、感情を抑え込もうと必死なのが分かる。頭の理解に感情の整理が追い付いていないようだ。


 しばらく、嫌な沈黙が続いた。どれだけ経ったかは分からないが、アトラが一同に背を向ける。


「……済まねえ。ガルの、言う通りだな。俺は……」


 泣くのをこらえているような、後悔に詰まらせたような、そんな震えた声でアトラは呟く。かすれた呟きが、かろうじて耳に届いた。最低だ、と。


「……少し、部屋に戻るよ。頭、冷やしてくる」


 そう言い残すと、アトラは誰の返事を待つでもなく、そのまま奥へと消えていった。


「ちょっと待ちなさいよ、アトラ……!」


「やめときなよ、美久。ひとりで整理する時間も必要だよ、こういう時は」


 フィオの静止に、美久は俯き、強く手を握り締めている。海翔も、とてもじゃないが落ち着いたとは言い難い様子だ。

 各々、どうすればいいのか考えつつも、身体が動かない。誠司がそんな様子を見て、重い息を吐いた。


「ウェア達が戻ってきてから、ゆっくりと話すとしよう。オレ達にも、考える時間が必要だろうからな」


「……そうだな」




 彼らが戻ってくるまでの時間は……まるで石にでもなってしまったかのように、誰も口を開くことが出来なかった。






















「……そうか」


 二人は二時間ほどで戻って来た。俺たちからすれば、果てしなく長い時間であったが。

 アトラはまだ部屋から出て来ない。海翔はあの後すぐに一言だけ謝罪をして、その後は口を開かずに俯いている。


「迂闊でした。あの子供たちと共にいるのはまずいと考えたから先に帰らせたのですが……私のそばに置いておくべきでしたか」


「いや……これは、遅かれ早かれ起こっていたことだろう。ただ、俺とジンが両方いない時だったのはまずかったな」


「……すみません。俺が頭に血を上らせなければ……」


「先に仕掛けたのはアトラだからな。ただ、言い返し過ぎたことへの反省はしてくれよ」


「……はい。分かっています」


 いつも強気な海翔とは言え、さすがに今回ばかりはすっかり沈んでいた。彼は短気だが賢いので、自分の失態が許せないのだろう。だが、本音ではアトラへの怒りも残っているはずだ。


「どうしてあいつは、急にあんな態度を取ったんだ? 確かにきっかけは海翔の言葉だった。だが、それだけであのように豹変したとは考え辛い」


 海翔が火をつけたのかもしれないが、そもそも、元から溜め込んでいたものが爆発した、という方が正しいだろう。ならば、どこで溜め込んだのか。

 俺の記憶にある限り、少なくとも工場に入る前のあいつは普段通りだった。そして、今になって思い返せば、あいつは工場を出て合流した時には少しおかしかったように思える。


 つまり、何かあったとすれば、工場に入ってから出て来るまでの間。そして、その間にあいつに関わったものは、ジンと、あいつを襲った獣と、あの子供たち。


「あいつ、あの子供たちに対して挙動不審でした。だから、何かあったのかと思って」


「彼らと何があったか尋ねたんですね?」


「……はい」


「あなたの判断は妥当なものですよ、海翔。今回は状況が悪かっただけです」


「ジンさんは……何か知っているんですか? あいつが、ああなった理由」


 アトラと組んでいたのはジンだ。知っているとすれば、彼しかいない。


「私とアトラは、それぞれ別行動をとっていました。それは先ほど話しましたね?」


「ああ。その間にUDBに襲われ、アトラはあの子供たちを助けたのだったな」


「はい。つまり私たちは、それぞれ一人でUDBの相手をすることになりました。しかし、空間転移の前兆など知りませんでしたから、不意をつかれることになった」


 単体では大した相手ではなかったが、体勢が整っていなければ話も違う。


「アトラに至っては、子供たちを守る必要まであった。なりふり構っていられなかったのです、彼は」


「……まさか」


 美久が何かに気付いたように声を漏らす。隣にいるフィオも先ほどより表情を険しくしている。


「ええ。使ったのですよ、アトラは。あの子供たちの前で、ね」


 ……使った?


「やっぱりか……もしかしたらとは思ってたけどさ。それで、その子供たちは?」


「少なくとも、アトラに話しかけ辛そうではありました。彼にとってはそれだけで十分だったのでしょう」


「そんな。あいつ……私、どうして気付けなかったのよ?」


 ジンの言葉の意味を理解しているのは、ウェアは当然として、他は美久とフィオだけのようだ。


「アトラさんが使った……って、何のことですか?」


「そっか。あんたも知らないんだよね、コニィ」


 特に美久は、かなり落ち込んでいるのが声で分かった。同行していたからこそ責任を感じるのも無理はないが、それだけが理由ではなさそうにも見える。


「アレの事はともかく、少しはみんなにも教えて良いんじゃないかな、マスター。本人には悪いけど、ね」


「本人も、話さねばならない事は分かっているでしょう。こうなった以上は、ね」


「……そうだな。このような形は望んでいなかったんだが」


 自発的に話すのを待っていたんだがな、と呟くウェア。


「フィオの言う通り、せめて核心部分は本人から話させたい。それでも良いか?」


「構いません。教えて下さい、あいつの事……」


 海翔が頭を下げる。一同、知りたいのは同じだ。ウェアはもう一度、溜め息をついた


「少し長くなるだろうから、楽にして聞いてくれ。まずは、俺とアトラが出逢った時のことから話さなければいけないだろう。あれは、今から五年ほど前の話だ――」









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