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新たな日常

 私達とガルが出逢ってから、二日後。


 昨日は、目が覚めた時にはもう、ガルはお父さんに連れられて出掛けてた。お父さんも学校を休んだんだけど、仕事の話でもしてたのかな? 結局、私が起きてる時間には帰ってこなかったけど。

 とにかく、昨日は一日中ガルと顔を合わせてないので、私にとってはいつもと変わりない学校生活だった。あんな事があった次の日なのに、何か不思議だよね。



 一昨日のことは、本当にとんでもない出来事だったと思う。

 突然現れたガルを見つけた時、得体の知れない相手に対する怖さが無かったって言ったら嘘になる。だけど、倒れた彼を放っておく気にもなれなかった。

 それで、彼が目を覚まして、少しだけ話して……お父さんがうちに彼を呼ぼうとしてるのを知ったあの時、私は自分でも不思議なほどに、すんなりそれを受け入れられた。あの時ガルフレアに言ったことは、遠慮や気遣いなしの私の本心だ。


 それは、直接話してみた彼が、良い人に感じたからってのもある。けど、それだけじゃなくて……記憶を無くした彼が、全てを失くして途方に暮れているのが分かったから。



 放っておきたくなかったんだ。自分の道が分からなくなる辛さ……私にはほんの少しだけ、その苦しみが()()()気がしたから。






 当たり前と言えば当たり前なんだけど、ガルと暮らすようになったからと言って、学校生活まで変わるわけじゃない。私は今日もまた、いつも通りに登校したんだけど……。


「コウ、生きてる?」


「……ナントカ」


 頭から煙を出して机に突っ伏しているコウは、微妙にカタコトな発音でそう返してきた。


「見事にオーバーヒートしてるな」


「ま、こいつにとっちゃ一時間も真面目にやりゃ苦行だろ。二人きりじゃ、いつもみてえに居眠りも落書きもできねえしな?」


 コウに対する先生の特別授業も、今日で三日目。勉強すると吐き気がする(本人の弁)らしい彼にとっては、もう限界が近いようだ。……優樹おじさんのお仕置きも意味なかったらしい、と言うか意味があるならとっくに直ってるだろうからね。


「出した課題も、答えが全然違うっつって、新しいプリント大量に渡されたし……ちくしょう、何でオレがこんな目に!」


「……あのプリント、かなり丁寧に分かりやすく書いてくれてたろ? それを教科書見ながら答えて間違えんの、逆に難しくね?」


「うるせえっつーの! 第一、お前らが手伝ってくれねえからだろうが!」


「逆切れ以外の何物でもないでしょ……」


 ちなみに、昨日もいろいろと理由をつけてみんな帰った。コウはここいらで痛い目を見といたほうがいい、ってのが三人の結論である。


「ま、こいつのことはどうでもいいとして」


「オレにはどーでもよくないっつーの!」


「お前ら、知ってるか? 今日から闘技の新しい教員が来てるって噂」


 コウの叫びをスルーしたカイの情報に、みんなが彼のほうを向く。


「そうなの? 私は初耳だよ」


「おれはさっき聞いた。けど、本当なのか?」


「どうも、今朝にマジでいたらしいぜ。上村先生とか慎吾先生と話してたらしいけど」


 それはまた、何だか急な話だね。時期としても学期のど真ん中で、新任教師が来るには微妙だし。


「何でも、腕を見込んで学校のほうからスカウトしたらしいぜ。ホラ、闘技専門の教員ってなかなかいねえから、一部の先生の負担になってんじゃん」


 カイの言うとおり、闘技を専門にしている教員はあまりいない。だいたい他の科目の先生が兼任で受け持たなきゃいけない。

 それに、いろいろと監視が大変な科目でもあるので、一つの授業に二人がつかなければいけない。それもあって、闘技用の教員を雇うべきって意見が出てる、ってお父さんも言ってた。

 ちなみに、うちのクラスのメインの担当は上村先生で、あと一人は体育の先生から入れ替わりで入る。暁斗のクラスはお父さんだったりする。


「で、どうやらその人、今日の一限からさっそく入るらしいんだよ」


「へえ?」


 そう言えば、私達の一限は闘技だったね。つまり、その噂の先生と顔を合わせる事になる。


「それはちょっと興味あるな。強ければ手合わせもしてもらいたいし」


「だな。へへ、楽しみだぜ」


「スカウトするぐらいなら実力者だろ。大会まで鍛えてもらわねえとな」


 三人は本当に楽しみそうだ。男の子にはこういうとこがあるからね。まあ、私も楽しみなのは間違いないんだけど。


 で、それだけで終われば良かったんだけど……。


「お前は闘技の前に、脳みそ鍛えてもらう必要があるんじゃね?」


「あ? 何だとコラ」


「全然鍛えてねえから、そんな貧弱なんだろ。中身もビー玉ぐらいしか無いんじゃねえか?」


「……ほーう。成程、よーく分かったぜ。てめえ、一限では覚悟しとけよクソトカゲ……?」


「へっ、頭の弱いアホネコ如きに俺が負けるかよ!」


「……はあ」


「お前らは、全く……」


 そんな不安になるやり取りの中、朝休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。







 闘技の授業は、体育館とは別に作られた建物……通称〈闘技場〉で行われる。そのまんまだけどね。

 造りは名前通り、旧世紀に存在していた闘技場と似ていて、中央に試合のための巨大なリングがあって、上から観戦が可能と言うシンプルなものだ。

 うちの学校は割と闘技にお金をかけてて、リングの大きさはグラウンド並み。複数のグループで同時に試合しても困らない。


 武器の使用は、殺傷力がないように加工されたものだけ。例えば私の弓なんかは、矢を加工して刺さらないようにしてある(でも、当たるとそれなりに痛いらしい)。防具は、基本的には特殊素材の防護服だ。軍で使ってるやつほどちゃんとしたやつじゃないけど。


 PSも使用OKだけど、能力の中には危険なものも多いから、色々な制限はついてくる。


 と言っても、その他はほとんど何でもありで、自由に戦える。戦闘訓練ではあるんだけど、名前から考えられるような厳しいものじゃなくて、格闘技の一種って感覚が強いかな。

 大きなケガ人だって、少なくとも私達のクラスじゃまだ出てない……今日、ケンカを通り越した血みどろの事件が起こりそうなのは置いといて。


「今日は授業を始める前に連絡がある。今日から、新しい先生がこの授業を受け持つ事になった」


 上村先生の言葉に、クラスに期待を持ったざわめきが起こる。噂は本当だったようだ。


「どんな人なんだろうな?」


「んー、闘技の教員なんだし、いかついオッサンじゃね? な、コウ」


「グルルルル……」


「……ねえ、綾瀬さん、橘くん大丈夫なの?」


「あ、あははは……」


 ああ、もう。コウ、完全に変なスイッチ入っちゃってるし。頼むから授業中に物騒な事件は起こさないでね……。


「静かに。間もなく先生がいらっしゃる予定だから、失礼の無いようにな、お前たち」


 上村先生の指示に生返事を返し、まだ小声で周りと話し合っている一同。先生もみんなの期待は分かってるだろうし、溜め息は一つ漏らしたけど、それ以上の注意は別にしなかった。



 ――そんなざわついた空気の中、闘技場に一人の青年が入ってきた。


「先生、こちらです。どうぞ」


「……は、はい」


 上村先生が声をかけると、その青年は緊張した返事をしてから、ゆっくりとみんなのもとに歩いてくる。


「うわ。カッコ良くない? あの人」


「本当だ。スラッとしてるし、イケメンだし……毛並みも綺麗。モデルみたい!」


「イケメン? へっ、どれどれ、この俺よりもかっこいいかを見て……。……チート……!」


 女子の間で歓声が湧き上がっていき、それを聞いた男子達も即座に敗北を認める。そんな中、私達は先生を見た瞬間から動きを止めていた。



 ……その人は、すらっとした体躯の狼人。


 どこか困っているようにも見える無愛想な表情。だけど、その顔立ちは他の女子が言うとおり、異種族の私が見てもそれと分かるほど端正だ。

 背が高く、スマートな印象を受ける佇まい。よく見れば、その細身には無駄無く洗練された筋肉がついている事が分かる。さらりとした金髪が、白銀の毛並みとのコントラストを生み出して、すごく綺麗だ。


 私も、初めて見たなら目を奪われていたかもしれない。だけど、私にとって、その人を見るのは初めてじゃなくて。


「……ガル?」


「だな、ガルだ」


「ああ、つまりガルが新しい先生って事か」


「そうだな。そして先生がガルって事で……」



 ……………………。



「ええええぇ!?」「はあああぁ!?」「何いいいぃ!?」「何だってえええぇ!?」



 私達の絶叫が混ざり合って、闘技場の中で反響していった。



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