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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
3章 内なる闇、秘められた過去
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冷たい心

「……はあ、はあ……」


 俺は呼吸を整えながら、辺りを見回す。

 俺の周りには、俺に襲いかかろうとしていた獅子たちが転がっていた。


 突然の襲撃を受けた俺は、態勢を整える間もなく、奴らの攻撃を受けた。言葉を発したことには驚いたけど、それでも会話が通じる相手じゃなかった。


 それは、あまりに不利すぎる状況。一歩間違えば、死んでいてもおかしくはない。

 だけど、俺が奴らにやられたら、カイツ達が奴らに襲われてしまう。それだけは避けないといけなかった。


 だから俺は、とっさに。


「何とか、なったか……」


 いったん深く息を吐きつつ、また襲撃があれば動けるよう、得物のトンファーは持ったままだ。

 そのまま警戒を続けていると、獣たちの姿が消え始めた。……何だよコレ、マジで意味が分かんねえ。けど、察するに、これでひとまずは安全なようだ。

 あの変な声は聞こえない。まだ見てやがるのかは分からねえが、とにかく、このまま一人でいるのは危ねえな。


「……よし、お前ら。これでもう、大丈夫……」


 俺は背後……部屋の中のカイツ達に、できるだけ明るい声を作りながら振り返る。



 そして、気付いた。

 彼らの表情が、不安、困惑……そして、恐怖に染まっていたことに。


 そして、その恐怖の視線が今、俺に、向けられていることに。

 途端に、胸の中を、すごく冷たい何かが駆け抜けたみたいな感覚があった。


「…………はは……」


 馬鹿か。俺は一体、何を期待してたんだよ……彼らの反応は、当然だ。

 たまらなく滑稽だった。どうして俺は……ショックを受けてんだ? 分かってた、そう、とうの昔に分かりきってたことじゃないか。何を今さら。


「あ……アトラ、さん……」


「アトラ!」


 不意に聞こえてきたのは、良く知っている声。そちらを向くと、緑髪の男が、珍しく真剣な表情を浮かべてこちらに駆けてきていた。


「ジン……お前も無事だったか」


「ええ、不意は突かれましたが、そう易々と遅れは取りませんよ。あなたこそ、無事なようで何よりです」


 やっぱり、お互いに襲われたようだ。と言ってもこいつはギルドの中でもトップクラスの実力者だ。蹴散らして、駆けつけてくれたんだろう。

 ジンが来てくれたのは丁度良かった。俺は今、あいつらのことを見れそうになかったから。


「……どうしたのですか?」


 ジンがすぐに気付く程度には、顔に出ていたらしい。俺はそれに返事はせず、部屋の中にいるカイツ達を指し示す。


「悪いけど、あいつらのことを頼む。俺は少し疲れちまったから、先に戻るぜ」


「……? 少し待ちなさい、アトラ。あの子たちは……」


 ジンは部屋の中にいる少年たちに訝しむ様子を見せた。続けて、あいつらの様子、俺の態度、そして戦闘があったことへの繋がりに気付いたのか、滅多に見ない険しい顔になる。


「使ったのですか。彼らの前で」


「…………ああ」


 ジンは全てを知っている。気付かれて当然か。


「だから、さ。俺じゃ、たぶん駄目だから……頼む、ジン」


「……分かりました。詳しい話は後で聞きましょう。ですが、アトラ、確かめもせずに駄目だと言うのは、感心しませんよ」


「確かめる? 何をだよ。分かりきったことを確かめるなんて、バカみたいだろ」


 ジンはそれには何も言わず、ひとつだけ溜め息をついた。そんなあいつにその場を託し、俺は、背中に重いものがのしかかるような感覚から逃げるように、階段へと向かっていった。














「……空間転移装置?」


 外に出る途中で他のチームと合流した俺は、ガル達からさっきの現象についての説明を受けていた。


「俺たちも詳しくは知らない。だが、過去にエルリアの襲撃に使われたものだ。俺に限っては使ったこともあるが……いや、この話はまた後だな」


 こいつらの事情は、軽く聞いている。確かに、エルリアが変なやつらに襲われて、そいつらはわけのわからねえ技術を使っていた、ってのは話してたな。

 さっきのあれが何なのか、それは理解した。けど……。


「そんな技術があるなんて、こうやって巻き込まれても信じられねえよな……」


「俺に使われた試作型は、対象に一時的な空間転移のPSを与えるものだった。それを改良したのか、今は全く仕組みが違うのかは分からないが」


「いずれにせよ、わけ分からない物ってことね」


 考えるだけで頭が痛くなりそうだ。PSを与える? PSは誰でも使えるけど、その原理はまだ解明されてねえってのに。


「そんなもんを作れる相手ってのは、ほんと何者なんだ?」


「それは、直接聞いた方が早そうだな」


 そう言いつつ、ガルは彼の後ろで大人しくしていた……何故かガル達が連れて来た、俺を襲ってきたのと同種のUDBの方を振り返る。そのまま全員の視線が向けられたため、そいつは不安そうな表情を見せる。


「さて。お前たちを転移させた者……それについて聞かせて貰おうか」


『……グウ。シカシ』


 獣は言葉を渋る。それを話すことは、こいつにとっちゃ裏切りだろうからな。


「諦めろ。今さら黙っても、お前の主が助けてくれないことは分かっているだろう?」


『ヌウ……』


「別に黙秘したければ止めはしないが。その場合、俺たちもお前を保護する必要は無くなる。ギルド本部に研究材料として引き渡そうが、この場でお前を見捨てて止めを刺そうが、こちらの自由だ」


『ケ、研究材料……』


 ガルの言葉が発せられるのに比例して、獣はどんどん意気消沈していく。ガルの性格からして、本当にそんなことをするつもりは無いだろうけど。


『ウグゥ……分カッタ。話ス……』


 その声は絞り出すようなもので、獣は今にも泣き出しそうなほどに落ち込んでいる。ガルもさすがに脅しすぎたと思ったのか、微妙にバツが悪そうだ。


『……我ラヲオ前達ノ元ヘ送リコンダノハ、アイン様ダ』


「アイン……?」


 ガルが予想外、と言った感じで首を傾げる。瑠奈ちゃんと海翔は顔を見合わせ、俺と美久は事情を知らないので微妙に置いてけぼりだ。


「確か……会場を襲った人は、マリクとか言う名前だって言ってたよね、ガル」


「ああ。お前たちの主は、マリクでは無いのか?」


『厳密ニ言エバソウナルカモシレン。アイン様ハ、マリク様ノ従者ダカラナ』


 一度話し始めて吹っ切れたのか、獣は意外に饒舌だ。発音は微妙にカタコトっぽくて聞き取り辛いけど。


「マリクの従者だと……?」


『アア。マリク様ノ研究補佐ヤ各地デノ工作ヲ行ウノガアイン様ノ役目。今回ハ、俺達ノ実戦テストニヨルデータ採取ト、転移装置改良ノ実験ダト言ッテイタ』


「実戦テスト、ねえ。まるで兵器扱いな言い方だな」


 海翔が嫌悪感を含めてそう言うと、獣は何故か小さく俯いた。


『兵器ト言ウノモ、アナガチ間違ッテハイナイガナ……』


「何だって?」


『イヤ、何デモナイ。……恐ラク、戦闘データノ回収ハ終ワッタ筈ダカラ、アイン様ハ既ニ引キ上ゲテイルダロウ。心配セズトモ、コノ工場カラ新タナ同朋ガ出テクル事ハアルマイ』


「本当に? それで私達を罠に嵌めるために、わざと見捨てられたフリをしてるんじゃないでしょうね」


『ソノ男ガ俺ヲ生カス事ヲ見越シテ罠ヲ仕掛ケタト? 嵌メルツモリナラバ、モット確実ナ方法ヲ選ブダロウ』


 美久の疑惑への返答は意外と正論だ。頭はそんなに悪くないみたいだな。

 まあ、ガルのこと知られてるなら……ってのはあるが、それにしたって回りくどすぎるのは間違いない。それよりも、だ。


「じゃあ、さっきの声がアインか?」


 俺は獣たちの襲撃が来る直前に語りかけてきた、あの謎の声を思い出す。


「声って何、アトラ?」


「ん、ああ。俺のほうでUDBが出てくる前に、どっかから男の声が聞こえて来たんだ。おい、そこの……黒い獣」


『……ドウシタ?』


 獣呼ばわりは気に喰わなかったようだが、他に呼び方が思い付かなかったのでしょうがない。


「そのアインって奴、何かやたらと無機質な喋り方じゃねえか? 機械みたいに淡々としてるってか」


『アア。アノ方ハ常ニ冷静デ、一切ノ感情ヲ見セルコトガナイ』


 なるほど、やっぱり間違いなさそうだ。あいつが、今回の黒幕か。


「……そんな声聞こえた? ガル」


「いや。少なくとも俺には聞こえなかった」


「俺も全く気付かなかったぜ?」


「私もね……」


「じゃ、はっきり聞いたのは俺だけって事か」


 と言っても、奴の言い草からして、俺だけが聞いた事に意味はなさそうだ。挑発みたいなものだったんだろう。


「じゃあ、最近出入りしていた怪しい影ってのも、そいつのことか」


『ソウダロウ。アイン様ハ、実験ノタメニ餌ヲ撒クト言ッテイタカラナ』


「なるほど、ね。つまり私たちは、まんまと餌に釣られた、と。ほんっと、気に食わないわ」


 美久はかなり苛立った表情を浮かべていた。ムカついてるのはみんな一緒みたいだが。


『……俺ガ知ッテイルノハ、コレクライダ。後ハ何ヲ聞カレテモ答エラレンゾ』


 獣はそう言い切る。仮にまだ知ってることがあっても、もう何も話すつもりはないって感じだ。


「どう思う、ガル?」


「こいつは下っ端のようだから、重要な内容は本当に聞かされていないだろう。でなければ、俺たちに捕らえさせもしないだろうしな」


「だな。……この依頼、どうしたもんだか」


 何が起こっているか調査と言う意味では、これで完了で良いのかもしれないけど。あまりにめちゃくちゃなことが残りすぎている。


『トコロデ、俺はドウナルンダ……?』


 獣が少し不安げにガルを見つめる。心配なのは当たり前だろうけどな。


「お前の処遇は、ギルド本部に任せることになるだろう。だが、お前が協力してくれた事は俺から報告しておいてやる。悪いようにはさせないから心配するな」


『……分カッタ。ソノ、アリガトウ。オ前タチ、良イ奴ラダナ』


 獣が頭を上下させる。お辞儀をしたつもりなのだろう。絵としては滑稽だけど、彼なりに精一杯の感謝であるのは分かる。



 と、ようやく工場の中から、ジン達の姿が現れた。


「遅かったな。ちょっと心配したぜ」


「いえ。彼らの荷物を纏めたり、いろいろとやっていたものですから」


 ジンの後ろの少年達は、俺と目が合うと少し視線を逸らした。それに心が冷めていくのを感じながら、それを出さないように注意する。


「マスターとギルド本部に連絡はしておきました。私たちだけでどうにかできそうな問題でもないですからね」


「確かにな……」


 話の途中、ジンはちらりと獣を伺う。が、俺達の態度から敵では無いと判断したのか、これといった言及は無かった。


「私たちはどうしたら良いんですか、ジンさん?」


「とりあえず、それぞれの情報を交換しましょう。後で獅子王から救援が来ますので、それまでに整理しておかねばね」


「分かりました。じゃあ、まずは……」




 それぞれが体験したことについての話し合いを始める。

 その最中、少年たちから感じていた視線が、俺にはたまらなく痛かった。




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