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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
3章 内なる闇、秘められた過去
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未知なる獣

「……何だって言うんだろ、この状況」


「同感だな。だが、今は目の前に集中しろ」


 俺は瑠奈を庇うように立ちながら、月光を構える。彼女も弓を構え、すぐさま矢を射れる体勢を保っている。


 俺達の前では、突如として出現した獣の群れが、を目にして歓喜の唸りを上げていた。その数は、合わせて八体。


 俺と瑠奈は、当然ながら知っている。先ほどまでに感じた耳鳴り……あれは、空間転移のものだ。だからこそ、耳鳴りを感じた直後に、戸惑いながらも身構えられたのだが。


 なぜ、こいつらが転移してきたのかを考えるのは後だな。少なくとも、向こうはこちらを獲物と認識しているのだから。それに、他のみんなも気になる。早く片付けて、合流したい。


 それにしても、こいつらは何だ? 少なくとも、俺は始めて見る種族のUDBだが……。


『……喰ッテイインダヨナ、コイツラ?』


『アア。好キニ暴レテイイト言ワレタノダカラ、構ワナイダロウ』


「!」


 予想外の事態に、俺と瑠奈は思わず目を見開く。発音自体には不明瞭な部分があるが、獣の口から出てきたそれは……確かに人語だった。


「……喋れるの、あなた達?」


 本来、人語を理解するのは、高位ランクのUDBくらいのものだ。俺達に向かい、獣達はその口元を歪めて嘲るように笑った。


『クク……ソレガドウシタ? 餌ニハ関係ノ無イコトダロウ』


『数ガ少ナイノハ不満ダガ、久シブリニ生キノ良イ獲物ダ。ジックリトイタブッテカラ味ワッテヤロウ』


 奴らは品定めをするように俺たちを見比べ、女は俺が喰うだの、男のほうが量は多いだの、そんな話し合いをしている。


「……言葉は分かっても、話し合いは無理そうだね」


「ああ、そうだな。……それに、喋れるだけで、状況判断もできない馬鹿たちのようだ」


『……何ダト?』


 俺の言葉に、獅子たちが笑うのを止めた。俺は、可能な限りの皮肉っぽい笑みを返してやった。


「狩れてもいない獲物を狩った後の話など、馬鹿のすることだ。それに、対峙した相手の力量も測れないとは、獣としても未熟な証だろう?」


『……生意気ナ、人風情ガ』


『望ミ通リ、マズハ貴様カラ喰ッテヤロウ……!』


 俺の発言がよほど癪に触ったのか、獣たちは俺に向かって凄まじい殺気を放ち始める。


 ……これでいい。俺に攻撃が集中すれば、瑠奈も援護がやりやすくなる。ここまであからさまな挑発に乗ってくれたのには、少しばかり呆れるが。


 俺は精神を集中させる。身体中の力が全身を駆け巡る、その流れをイメージする。

 全身に力が満ちていく感覚。そして、能力の発動と共に、俺の背に光の翼が具現化していく。


「やってみるが良い。お前たちのように矮小な獣に、俺の動きが捉えられるならばな」


 俺は敢えて馬鹿にした言い回しを選んでいく。効果は覿面、奴らは完全に敵意丸出しで、俺をターゲットにしている。どうやら、こういった駆け引きの経験値は皆無に等しいようだ。


『死ンデ後悔スルガイイ、愚カ者ガ!!』


 獅子の群れが、俺目掛けて一斉に飛びかかってくる。

 そこは獣の力と言うべきか、そのスピードはかなりのもので、常人であれば、なす術も無くその剣爪に切り裂かれてもおかしくは無いだろう。


 だが……能力の発現により、全身の感覚が研ぎ澄まされている今の俺にとっては、この程度の動き、取るに足りなかった。


 先頭で突っ込んできた一体が、爪を振りかざす。その凶悪な一撃は、喰らえばかなりのダメージを受けることになるだろう。だが、喰らってやる気などさらさら無い。

 俺は横に跳んでその一撃を回避すると、すれ違いざまに、無防備な脇腹を斬りつけてやった。


『ガアァッ!?』


 確かな手応えと共に、獣の悲鳴が辺りに響く。そのまま、どさりと音を立てて倒れるそいつ。


 その背後から、続けざまに二体が襲い来る。一体は俺の首筋に食らいつこうと、もう一体は俺の胸に爪を突き立てようとしている。……挑発のせいもあるだろうが、動きが単調だ。いくら急所を狙おうが、それが見切られてしまえば話にならない。


「……はっ!」


 月光に力を込め、喉を狙って飛び上がっていた一体に波動の刃を放つ。


『グガッ!?』


 空中で回避運動など出来る筈も無く、光は深々とそいつの身体に傷を刻む。そのままもう一体の攻撃を受け流し、返す刀でそいつの腹を薙ぎ払う。獣が倒れる音が、立て続けに響いた。


『グ……コノ男、強イゾ!』


 立て続けに仲間がやられた事に、奴らは攻撃の手を一旦止める。


「……どうした、怖じ気づいたのか?」


『ヌウ、貴様……!』


 俺は挑発を続けるが、さすがに多少は冷静さを取り戻したのか、唸り声を上げるだけで、警戒態勢を続けている。……だが、その警戒は俺だけにしか向けられていなかった。


『ギッ!?』


『ガッ!!』


 残された五体のうち、二体が苦鳴を漏らす。そして、次の瞬間――


『グガアァアアァアァ!?』


 そいつらの全身が青白い光に包まれたかと思うと、けたたましいまでの絶叫を上げ始めた。


 そいつらはそのまま地面に崩れ落ち、身体を痙攣させながら激しく悶え苦しむ。

 やがて、駆け巡る光が収まっていく。だが、その時には既に、二体とも完全に力尽き、白目を剥いて失神していた。


『ナ、何ガアッタ!?』


 残された三体は、突然倒れてしまった仲間に混乱している。だが、俺には奴らが倒れた原因がしっかりと見えている。

 倒れた二体の身体には、それぞれ一本ずつの矢が突き刺さっていた。


「〈電撃〉の効果は覿面だけど、ちょっと加減が難しいかな」


 瑠奈は新たな矢をつがえながら、反省するようにそう呟く。相変わらず、多芸な能力だな。


『アノ小娘ノPSカ。オノレ……!』


「私だってギルドの一員なんだから。舐めたあなた達が悪いんだよ?」


 この四ヶ月、瑠奈たちはギルドの仕事をこなしてきた。その中心は、当然ながら荒事だ。

 元々、素質は高かったのだ。そこに確かな経験が加わったことにより、彼女たちの実力は格段に上がってきている。


「さて……続けて行くよ!」


 そう宣言し、瑠奈は矢を放つ。先ほど仲間が悶絶している様子を見てしまった奴らは、必死になってそれを回避した。矢が後ろに飛び去っていくのを見て、奴らは安堵の息を吐く。


『ケ、警戒サエスレバ、ソンナモノニハ当タラン!』


 良くない発音でも、上擦っているのは分かる。瑠奈は獣の言葉に、苦笑いを返した。


「……ごめんね」


『何? ……グワアアアァッ!!』


 瑠奈が小さく謝罪するとほぼ同時に、その獣が痙攣を始めた。

 獣の背には、避けたはずの矢が、しっかりと刺さっている。


「矢に宿す力は、別に一つ限定じゃないからね。〈追尾〉と合わせておいたんだよ」


『ア……ガッ……』


 地面を跳ね回る同朋に、他の二体が唖然としている。そして、その隙を見逃してやるほど、俺は優しくは無い。


「つくづく、単純な奴らだ」


 俺が懐に飛び込むと、獣は慌てて迎撃の爪を振りかざす。だが、所詮は自棄の一撃だ。俺はそれを軽く受け流すと、鎧の隙間を縫って、腹部、そして四肢を幾重にも斬りつけた。


『グガァ……』


 そいつは、少しの間フラフラと左右に揺れたかと思うと、痛みに耐えきれなくなったか、どさりと地面に倒れ伏した。これで、残るは一体。


『……バ、馬鹿ナ……!?』


 最後に残された一体は、目の前の光景が信じられない様子で、呆けたようにそう呟く。

 あれだけのことを言っていたにも関わらず、あまりにもあっけなく壊滅してしまった獅子の群れ。俺としても拍子抜けするほどだが。


「後は、お前だけだ」


『ヒ……!?』


 そいつは勝ち目が無い事を悟ったのか、完全に戦意を失っていた。俺の言葉に後ずさると、全身を恐怖に震えさせている。


『マ、待テ……ハ、話ヲ聞イテクレ……』


「問答無用で襲い掛かってきておいて、ずいぶんと勝手な事だな?」


『ソ、ソレハ……ユ、許シテクレ! 頼ム……殺サナイデクレ……』


 必死に許しを請うUDB。心が折れてしまっているようだな……瞳には涙まで浮かべている。これでは、こちらのほうが悪者のようだ。脅すのは、この辺りにしておこう。


「……ふう。心配するな、戦う気力が無い相手をいたぶる趣味は無い。そもそも、お前の仲間も一体も死んではいないぞ」


 俺が倒れた連中を指し示すと、獣は下げていた頭を上げた。


『本当、カ?』


「早く手当てしたほうが良い奴はいるがな。致命傷は避けておいた」


『……加減ヲシテクレタノカ? 何故……』


「必要以上に命を奪うのは主義じゃないだけだ。それに、UDBにも友人が二人ほどいるので、な」


 一人は友と言って良いかは微妙な立場だが。少なくとも、向こうはこちらを殺す気で戦いを挑んでくるだろうからな。


「……あ。ねえ、ガル!」


「どうした? ……む」


 気が付くと、倒れていた獣達の姿が歪み始めていた。転移が開始しているようだ。


「回収、されてるの?」


「あの時と同じだな……」


 だとすれば、やはり転移を操っているものが、この中のどこかにいるのか?

 だが、それに気付いた所でどうにもならない。次第に歪みは大きくなっていき、程なくして獣たちの姿が消えていった。






 無事だった、最後の一体を除いて。


「…………」


「…………」


『…………エ?』


 俺たちの視線を一身に受け、そいつはきょろきょろと仲間のいた辺りや自分の身体を見回している。どうやら、状況が飲み込めていないらしい。


「……見捨てられたな」


『ナ! 何故!?』


「いや、何故って言われても……ガル?」


「恐らく、今の戦いが監視されていたんだろう。つまり、お前の命乞いも見事に見られた、と言うことだ」


 こいつがもしも人間であれば、顔色を真っ青にしていたことだろう。後悔や絶望、そう言った感情が、獣の顔でも分かるほどにありありと表れている。


「……どうしようか?」


「連れていくしかないだろう。気になる事もあるからな……」


 空間転移に関わっているならば、恐らくはあの連中との関係がある。もっとも、こいつがどこまで知っているか、あまり期待はできないが。


「そうだ、悠長に話している場合じゃない。お前に聞きたいことがあるんだが」


『ウ、ウウ……ナ、何ダ?』


 取り残された獣は、再び泣きそうになりながらも、素直に返事をした。見捨てられて自棄になっているのかもしれない。


「お前達が転移されたのは、俺たちの所だけか? それとも、この工場に存在する者、その全ての元に送られているのか?」


『……詳シクハ知ラナイ。ダガ、俺たち以外ニモ、ドコカニ送ラレテイルナ』


「……やはりか」


「じゃあ、みんなの所にも?」


「恐らくな。急いで合流したほうが良さそうだ。特に、中央の二人と」


「ジンさん達と? あの二人なら大丈夫な気もするけど」


「実力は、な。だが、あの二人は、どちらも空間転移のことを知らない」


「あ……!」


 実力で言えば、海翔たちもジン達も、相手に遅れは取らない。しかし、不測の襲撃であれば、状況は違ったものになるかもしれない。

 そうして考えた時、海翔は転移の前兆について知っており、とっさの判断力にも長けている。恐らく、彼らは大丈夫だ。

 むしろ、気になるのはジン達。いくらジンが優れた知略を誇っていても、彼らが卓越した戦闘技術を持っていても、未知の事態にすぐさま対応できないかもしれない。態勢が整っていない所を襲われれば、実力差など簡単にひっくり返る危険がある。


「……早く行った方が良さそうだね」


「ああ。……お前を縛っている余裕が無い。逆らわずに付いて来て貰えると有り難いが」


『グウ……逆ラッテ、ドウシロト言ウノダ。ドウセ逃ゲル余裕モ、襲ウ隙モ与エルツモリハ無イノダロウ? 主ニ見捨テラレタ今、大人シク従ウノガ、一番賢イ道ダロウガ……』


 獣はふてくされたような声でそう言った。物分かりは意外と良いようだ。


「よし、ならば行くぞ。まずは中央のジン達の所だ」


「うん。急ごう!」


『……何故、コンナ目ニ……』


 俺達はみんなと合流すべく、嘆く獣を引き連れて走り出した。




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