地下で出逢いし者
「……んあー……」
中央ブロック。延々と続く単調作業に飽きてきた俺は、大きく背伸びすると一緒に、思わず間延びした声を漏らした。
「おやおや、アトラ、真面目にやらなければ、給料に響きますよ?」
「真面目に、つったってよ。こうも成果ナシだと……ふあぁ~……」
大あくびをする俺に、ジンはやれやれ、と言った様子で首を振る。一応、俺だって仕事だと思ってやってはいるんだが、徐々に眠気が増してくる。
「俺様はもっとこう、臨場感のある仕事のが向いてんだよな~」
「ふむ。臨場感が欲しいならば、制限時間でも設定しましょうか? 成果が無ければ五分おきに罰、と言うのはどうでしょうか」
「……黙って作業します」
「よろしい」
ちくしょう。鎖の先端向けられながらじゃ何も言えねーだろうが、この鬼畜メガネが! てか、思いっ切り都合の良い手駒として扱われてねえか、俺。
「はあ。せめて瑠奈ちゃんと組めてればな~」
「贅沢を言わないで下さい。あなたと瑠奈を組ませたりしたら、どんな事になるかは目に見えています。彼の機嫌をいたずらに損ねるつもりもありませんので」
「あいつの機嫌ねえ……」
誰の話かは言うまでもない。
「どうせ、二人きりになったらアプローチをかけるつもりだったのでしょう?」
「当たり前だろ~? 俺様、あいつに遠慮するつもりなんてねえし。チャンスがありゃ、いつだって俺様のもんにしてみせるぜ!」
「……ふむ」
高笑いしてやると、ジンはやたらと真面目な表情になる。……う、やべ。こりゃ、ひょっとして説教コースか?
「ある意味で健気ですね、あなたも」
「……あ? どういう意味だよ」
「内心では、とっくに無駄だと言うことは理解しているでしょう? それでも尚、素振りだけは続けるのですから」
「…………。そりゃ、脈の有り無しぐらいは判断つくけどな」
ジンの言い種に、思わずちょっとだけ本音が漏れる。
ぶっちゃけ、あいつに見せつけてんのはわざとだ。ちょっとぐらい火ぃつけよ、って思ってんだが、今のところ俺への反発にしかなってねえから、ほんとウブってかじれったいってか。
「ま、これからどうなるか分かんねえし、可能性ぐらいは残しておかねえとな。いずれにせよ、可愛い子は大切にする主義なのさ、俺様は」
そうですか、と一言だけ残し、ジンは俺に背を向けて調査に戻る。いつ鎖が飛んでくるかと身構えてた俺は、微妙に肩すかしを喰らった気分だ。
……ったく。この野郎、人の心を見透かしてきやがって。こういうのは俺のキャラじゃないんだっての。
「あー、それにしてもだだっ広いよな、この工場」
微妙な居心地の悪さを誤魔化したかったので、軽めの口調でそう口にする。
「そうですね、調査もまだ半分どころか四分の一も終わって無いですし。いやあ、思った以上に骨が折れそうですねえ」
「うえ……今までの作業を四回しろってか」
現段階で気が滅入ってきてるってのに。ダルすぎて死ねるな、こりゃ……。
「第一、マジでこんなので何か見付かるのかよ?」
「何も見付けられなかったとしても、次に行くためにも何もなかったという結果は必要です。あなただって、この仕事を始めて長いのですから、分かっているでしょう?」
「そりゃそうだがよ。ああ~……」
この超つまらない作業を、この色気も何もねえ二人で、時間にしてあと四倍も続ける……駄目だ、俺には耐えられそうにねえ。せめて、少しでも早く終わるようにしねえと。
「なあ、ジン。手分けしてやらねえか?」
「手分け?」
「ああ。固まってたって効率悪いってお前も言ってたろ? だったら、二人組になる必要もねえだろ」
そうすりゃ、半分……とはいかなくても、ちっとは時間短縮になるはずだ。それに、こいつと一緒にやってたら、いつ口を滑らせて半殺しにされるか、気が気じゃねえし。
「確かにそのほうが時間短縮にはなりそうですが。さすがに単独行動は、危険も大きくなりますよ?」
「心配すんなって。俺様、単独任務には慣れてるし? そう易々とやられはしねえよ。お前だって、一人でどうにでもなるじゃねえか」
「ふむ……そうですね。あなたの腕っぷしだけは私も認めていますから」
ジンはしばらく思案した後、頷いた。……だけってどういうことだ、だけって!
「分かりました、私たちは単独で動くとしましょう。ですが、何か異変を見付けたら」
「先走らずに報告、だろ? だーいじょうぶだって、俺様だって素人じゃねえんだからよ」
「分かっているならば良いでしょう。後は、私が見ていないからと言って、手を抜かないで下さいね」
「……ちょっとは信頼しろよ」
「はは、冗談は止して下さい。あなたを信頼するくらいなら、野良猫を信頼したほうがまだ確実ですよ」
…………さらりとすげえ暴言を吐かれた気が……。
「さて、では向こうのほうをよろしくお願いします。期待は微塵もしませんが、頑張って下さいね」
「……ああ。俺様に任せとけ、予想を裏切る働きしてやっから(この陰険メガネ、いつか絶対しめてやる……)」
どうせ反論しても口じゃこの性悪には勝てないので、内心だけで毒づきながら、俺はさらに奥のほうへと向かうことにした。
とりあえず、ジンの姿が見えなくなるくらいの位置まで進むと、盛大な溜め息が漏れた。
「……ちくしょう、あんのクソメガネ、言いたい放題言いやがって!」
勢いに任せてそう叫び……たかったが、大声を出して聞かれでもしたらアレなので、小声の愚痴で我慢する。
「あの野郎、俺様への説教とか小言でストレス発散してんじゃねえか? ったく」
元から毒舌鬼畜メガネではあるけど、俺には特に容赦がない。長い付き合いだからっちゃそうなんだけど、PSまで使ってシメてくんのはさすがに過剰すぎんだろ。
「第一、なんで俺様にばっかし説教すんだろうな。俺様みたいな完璧すぎる男もそうそういねえってのに。ああ、俺様のあまりの輝きが妬ましいのか。成程~」
とりあえず、そんな感じに自己完結して溜飲を下げておく。……直で言ったら、生ゴミでも見るような目をされるんだろうな。
そのまま歩いていくと、階段を見付けた。ここは一階なので上がるほうはもちろん、下りもある。どうやら地下もあるみたいだな、この工場。
「……何か見つけて見返してやりてえしな……」
やる気の無さはアピールしてみせたが、だからって適当にやるつもりはない。俺が見落としたせいで、後で大変なことが起こる……とかは、さすがに嫌だしな。
少し考えてから、地下に降りることにした。だいたい、こういう時って地下に何かあるのが定番だしな。当てがないときは直感だ。
階段を下りていくと、ちょっと埃っぽい匂いがしてきた。地下だからしょうがねえけどな。
「…………?」
そのうち俺は、違和感に気付いた。地下なのに、何か明るい。疑問に思いながらそのまま進むと、通路の明かりが点いていた。
今、この工場には、俺たちしかいないはずだ。当然、機能は全て停止している。その明かりが点いているってことは……おいおい。ひょっとして、ビンゴか?
足音を立てないように気を配りながら、階段を降りきる。地下は、細長い通路の両側に部屋が並んでいる、といった構造だった。
階段付近を見ると、明かりのスイッチがあった。今は機能を停止しているので電気は通ってねえって聞いてたが……と思って調べると、どうやら予備のバッテリーを使っているらしい。
念のため、臨戦態勢を取りながら、更に奥へと進む。すると……一つの部屋から、物音が聞こえてきた。
「……良い……だ……」
「あ……お……入って……」
聞き耳を立てると、内容までは分からないが、人の声が聞こえてきた。微かすぎて男か女かもよく分からねえが……間違いなく、この中に誰かいる。
どうする。ジンに伝えるべきか? 素人相手なら負けるつもりはねえが、相手の正体も、もちろん人数も分からねえ。多対一はさすがに避けたい。
……よし、戻ろう。妙なプライドを張れば命を落とす事ぐらい、いくら俺でも理解している。この発見だけでも、十分すぎる手柄だろ。
だが、俺が引き返す事を決めたのとほぼ同時に。
後ろから、ドアが開く音が聞こえた。
「――――ッ!?」
しまった……他の部屋にもいやがったのか!
俺は反射的に飛び退き、自身の武器であるトンファーを構える。
相手側も、俺に気付いて目を大きく見開いた。そいつは猫科獣人の男で、俺より一回り小さく、武器は何も持っていないようで、あどけなさが残る顔にありありと驚愕の表情を浮かべて…………ん?
「…………あ、あなたは……誰、ですか?」
……そいつは、悪意の欠片も感じさせない、ごく普通の子供だった。
「……ビックリしましたよ。まさかこの場所に、他の人が入ってくるなんて」
先ほど俺と鉢合わせた子供は、苦笑いを浮かべながらそう言った。少年はチーターの獣人で、カイツと名乗った。年は13、14ってとこか。
俺はあの後、とりあえずお互いに敵意が無いって確認してから、部屋の中に招かれた。内部には子供の持ち込んだと思われる遊具や漫画などが散らばっており、中にいた4、5人程度の子供たちが、突然の来客である俺をじっくりと観察している。
「さすがの俺様もいまいち状況が掴めねえんだが……何から話すかねえ」
「えっと。先に、お兄さんのことを聞かせてもらえますか?」
カイツは歳の割にしっかりした喋り方だ。ま、見た目も真面目そうな顔してやがるけど。
「俺様はアトラ。ギルドの仕事でこの工場に来たんだけどよ……」
「ギルドの?」
後ろの奴らは「でも、何かギルドのイメージと違う」だの、「不真面目っぽい」だの、「女の敵っぽい」だな、ボソボソと話し合っている……こいつら、一発ずつ殴っても良いか?
「何でギルドの人がここに?」
「最近、この工場に不審な人影が出入りしているって話があってよ。それで俺様たち〈赤牙〉が調査に来たってわけだ」
「……あ」
俺の説明を聞いて、カイツの表情があからさまに沈んだのが分かった。まんま、説教待ちの子供の顔だ。
「で、お前ら。何で、この工場の中にいるんだ?」
「えっと、その……」
カイツはもごもごと口の中で何かを呟いている。いくらしっかりしてても、そこら辺はガキの仕草だな。
「こ、この工場が廃棄されて、誰もいなくなって……でも、鍵とか何もかかってなくて……中を探検してみよう、って話が出てきて……」
「……へえ」
「そしたら、思ったより広いし、中に誰も来ないし、何か自分たちの世界って感じで楽しくなって……じゃ、ここを俺達の秘密基地にしないか、ってことに……」
「ふうん……」
語尾のほうは蚊の鳴くように小さな声だった。相当怯えているようだ。反面、俺は物凄い徒労感と脱力を感じていた。
「秘密基地、ねえ。何とも言えねえオチだな、こりゃ」
「ご、ごめんなさい!」
カイツは俺の呟きに、全力で頭を下げてきた。他の奴らも状況が分かったのか、それぞれが不安そうな表情を浮かべている。
「最初にここに来ようって言ったの、誰だ?」
「俺です……すみません。ついでに、秘密基地にしようって言ったのも……ごめんなさい」
「……意外とやんちゃなのな、お前。あと、謝りすぎ」
「す、すみません……」
だから謝るなって言ってんのに……駄目だ、怯えてやがるな。大人びてんだか、子供っぽいんだか。微妙な年頃なんだろうけどよ。
「そんな怖がんなって。マスターは優しい人だから、怒ったりしないって」
「……ほ、本当ですか?」
「おう。あの人の甘さは筋金入りだからよ」
マスターは、な。ジンとかこいつらの家族がどうするかは、別の話だ。
「じゃあ、とりあえずお前らにも来てもらわなきゃいけねえけど、良いよな?」
「は、はい。みんなも大丈夫だよな?」
他の奴らも、カイツの問いかけに小さく頷いた。どうやらカイツはリーダー的な存在みてえだ。
「ふう。にしても、子供の遊びのせいであんなめんどい調査をしてたって考えると……」
俺は思わずそう愚痴を漏らした――その時。俺の中で、何かが引っ掛かった。
「…………ん?」
確かにカイツ達は、この工場に出入りしていた。それは確かだ。だけど……本当に、これで終わりか? 何か、根本的な事を見落としてるような……。
「アトラさん?」
動きを止めた俺に、カイツが呼びかける。他の子供達も首を傾げ……子供?
「……なあ、カイツ。お前ら、ここに来たのは何回目だ?」
「え? えーっと……四回目くらい、です」
「時間帯は? 朝とか夜に来た事はあるか?」
「いえ、いつも昼間です。今は学校が休みなんで……朝や夜から抜け出してると、親とか兄ちゃんから怒られちゃいますし」
それは当然の返答。だが、俺の中で生まれた小さな疑問は、さらに大きくなっていった。
俺は改めて、部屋の中の子供たちを見渡す。全員、体格もまだまだ大人には程遠く、一目で子供だと分かる。
今回の依頼は、「不審な人影が工場に出入りしてるから」と言うものだ。目撃者も複数いるらしい。
……いくらこいつらが人目を避けていて挙動不審だったとしても、子供を不審な人物だなんて言う筈は無いだろう。けど、こいつらが子供だと目撃者全員が気付かないってのは、何かおかしくねえだろうか? 暗くてよく見えない明け方や夜中ならともかく、明るい真っ昼間に。
そもそも、だ。鍵は最初からかかってなかったっつったな。こんだけ金のかかった設備が残ってんのにか? いくら廃棄するかもっつったって、さすがにザルすぎる気がする。
「……ちょっと待ってろ」
俺はジーンズのポケットから携帯を取り出し、ジンに連絡を入れる。あいつが電話に出るまでが、妙な緊張から無駄に長く感じた。何だか、嫌な予感がする。
『どうしました、何か発見でもありましたか?』
「ちょっと聞きてえんだが……今回の調査対象の連中、その目撃された時間帯がどれぐらいか分かるか?」
『ええ。大半が、人通りのほとんど無い夜ですね』
「……ちっ」
こういう嫌な勘は当たっちまうな。どうやら、俺たちの仕事はまだ終わりじゃないみてえだ。と言っても、まずはこのガキ共を外に出さねえとな。
「悪い、ジン。こっちはちょっと色々あってよ。とりあえず合流してえんだが」
『分かりました。今、どこにいるのですか?』
「俺様なら地下に――」
――その瞬間。
激しい耳鳴りが俺を襲った。
「ッ……!?」
不快な感覚に、俺は思わず携帯を落としそうになるが、何とか堪える。
何だこれは? 頭の中に直接響くような、何とも言えねえ気持ち悪さだ。
『アトラ……?』
「……すまねえ、ジン。一旦、切る。できたらこっちに来てくれ、何かヤバいかもしれねえ」
電話から制止の声が聞こえた気がするが、構わず通話を切る。悠長に話している場合じゃない、それは分かった。振り返ると、カイツ達も一様に耳の辺りを押さえていた。
「な、何だよこれ……」
「気持ち悪い……」
全員が同じ感覚を訴えている。ってことは俺の気のせいとかじゃねえ。けど、これは――何とか考えを整理しようとした時に、それは聞こえた。
『上手い具合に、網にかかったか』
「!!」
まるで感情の籠もっていない、機械のような男の声。
確かに俺たちに……俺に向けられたその声は、だけどどこから聞こえてきたかは分からない。ただ、そいつが「危険」だってのは、感じた。
「何だてめえは……どこにいやがる?」
『少々、付き合ってもらうぞ。プロトタイプでは貴様たちにとっては役不足かもしれんが、主より命じられた実験の過程なのでな』
俺の問いに答えるでもなく、男は意味の分からない言葉を続ける。くそ、何だこの声。まるで人形が喋ってるみてえで、すげえ不愉快になる。
『しっかりと退けるといい。そうでなければ、わざわざ我が動いた意味も無い』
「退ける? 何をだよ! それより、こっちの質問に答えろ!」
『精々、良いデータを残してもらおう。我が主のためにな』
「何を言ってんだ、てめえ! おい、返事しやがれ!」
俺は中空に向かって怒鳴る。だが……もう、男の声は聞こえてこなかった。
「何だってんだ? 何が起こってんだよ……!」
俺は苛立ちを抑えきれず、壁を蹴る。後ろでは、カイツ達が怯えた様子を見せていた。……駄目だ、落ち着け。俺が落ち着いていないと、こいつらを怖がらせてしまう。
「あ、アトラさん……」
「……心配するな。俺がいるんだから、何があろうと大丈夫だ」
安心させようとそう口にするが、あまり声に余裕を込められなかった。くそ……俺も気が動転してやがるな。
気が付けば、耳鳴りは収まっていた。そして……俺の聴覚が、別の音を捉えた。だが、それは。
「……そんな馬鹿な」
こんな音が、ここで聞こえてくるわけがない。だけど、確かに聞こえる。俺の耳がおかしくなったんじゃないなら、これは。
「…………っ!」
俺はトンファーを構え直すと、覚悟を決めて、一気に部屋のドアを開いた。
――少年たちが、悲鳴を上げる。
「……嘘だろ、おい」
ドアの向こうにいたのは、異形。
一見すると獅子のようにも見えるソレは、前脚だけが他と比べて異常なほどに発達しており、まるで剣を取り付けたかのような鋭く長い爪が、鈍く光っている。
全体的に漆黒の毛皮が被っているものの、要所要所には、金属質の……発達した外皮か? それを鎧のように纏っていた。
俺たちを見つけたそいつらは、先ほどから聞こえる耳障りな唸り声を上げていた口を開く。その中には、刃のような牙がずらりと並び、獲物を捉える瞬間を待ち構えていた。
何で、こんな所に……UDBがいやがるんだよ!?
「お前ら、下がれっ!」
俺はとっさにそう叫ぶと、壁になるように扉の前に立ちはだかる。頭が理解するより早く、反射的なものだったが。相手の数は、5体。ちくしょう、冗談キツいぜ……!
次の瞬間……獣達が、一斉に俺へと飛びかかってきた。