探索開始
俺と瑠奈は、そのまま担当である東ブロックへ向かう。周囲の停止した機械類は、ほぼ最新鋭のものに見える。
「端からしらみつぶしに調べていくしかないか」
「そうだね。それにしても、本当に全部そのまま廃棄されてるんだ」
稼働していた時の姿そのままで放置されたアームやコンベア、作業用の機械の数々。おかげで調べる手間はかなりのものになりそうだが、クライン社としても仕方のない話だったのだろう。それに恨みを言ってもどうしようもない。
移植にしろ取り壊しにしろ、そう簡単に済むものでもないだろうからな。どうやら、かなり急に閉鎖が決まったようで、ジンによるとその辺りの話もまだ決まっていないようだ。だからこそ手つかずで、侵入にも気づかれなかったのだが。
「だが、これだけの施設を、どうして廃棄したのだろうな。よほどの事情がなければ、これを捨てようとは考えないように思えるが」
「ジンさんは、本社の意向らしい、とか言ってたよね」
製品の売り上げが悪かった、とも考えにくい。こういった情報に疎い俺でも、クライン社が機械産業の中では世界でも大手であると知っている。
本社の意向ならば、当然ながら社長の決定なのだろうが……やはり、いまいち腑に落ちないな。廃棄するメリットが思い付かない。
「まあ、私たちは経営者じゃないしね。本業の人にしか分からない事情もあるんじゃないかな?」
恐らく、彼女の言う通りなのだろう。俺たちが深く考える話でもないのだろうな。
引っ掛かるものはあるが、今は気を取り直して、依頼のことを考えよう。
「とにかく、人のいた痕跡を探せばいい。連中は何度か出入りしているようだから、少しぐらいは何かが残っているかもしれない」
「うん」
こうして、俺たちは調査を開始することにした。
機能が停止しているとは言え、工場特有の匂いが残っていて、少し鼻につく。俺は種族柄、嗅覚が鋭いのでなおさらだ。
「…………」
「…………」
静かだな。俺と瑠奈以外には誰もいないのだから当然だが。聞こえるのは、俺たちが物を扱う音やお互いの足音くらいのものである。と思っていると、瑠奈が口を開いた。
「ねえ、ガル」
「どうした?」
口は動かしても、手は止めない。集合時間までに調べ終わらなければならないからな。
「ガルは……暁斗はいったい、何がしたいんだと思う?」
「………………」
ちらりと彼女の表情を伺うと、少し元気が無かった。昨晩に話をしたことで、また不安になってきたのだろうな。
「あの時、暁斗はちゃんと納得して残ってくれたはずだった。だけど、今みたいなことになっちゃって、私にはよく分からないんだ」
もしかしたら、彼もこちらに連れてきておいた方が良かったのかもしれない。だが、あの時は、こんなことになるとは夢にも思わなかった。
「暁斗は、何かを確かめたいと言っていたんだったな」
「うん……自分が自分であるために、本当のことを知りたいって」
「それがどういう意味かは、今のところ推し測るしかないな。……君の言う通り、自分が残ることにあいつは納得していたはずだ。だから、家を離れるのを決めたのは、あいつの最後の連絡があった日に、何かを知ったのかもしれない」
あいつに家を離れる事まで決意させた何か。そのタイミングを考えると、嫌な予感も拭えないが……それを口にして瑠奈の不安を煽っても意味がない。
暁斗の抱えていた苦しみ。種族の違い、血の繋がりの有無。それらの要因により、彼は自分の存在に疑問を抱いていた。自分の居場所を見付けようとしていた。
彼を向こうに残らせたのは、慎吾たちの元に自分の居場所があるとしっかり認識させるためだ。彼自身もそれを望んでいた。だが、経緯はどうあれ、暁斗は自分の意思で家を離れるに至った。
「あいつの口振りから、あいつは何かを知ろうとしているという事は分かる。恐らく、エルリアにいては知れない何かを。それがあいつとどう関わっているかは分からないが……それだけ重要なものなのだろう」
「暁斗が知りたい何か、か……」
彼の迷いが自身の存在にあるのだとすれば、それに関わる話か。だが、エルリアの外には彼に関わる事など皆無に近いはずだ。
正確には、一つだけ心当たりはある。しかし、今になって家出してまでそれを調べる意味もよく分からない。一応慎吾やウェアにも話してみたが、彼らもすでにその線で調べてみた後だった。
「心配するな。暁斗がそう柔な男ではないのは、お前もよく知っているだろう? いずれ、何事も無かったかのように帰ってくるさ」
「……うん。大丈夫、それは信じてるよ。ごめんね、急にこんな話をしてさ」
瑠奈は笑顔を作ってみせた。内心では心配でたまらない様子だが、それを周りに見せようとはしない。だが、たまに溜まった不安が溢れるのは仕方ない話だ。
「さて、この辺には何も無いみたいだね。もう少し奥まで行ってみよう」
「ああ。地道に行くとしよう」
暁斗が帰ってくるまでは、俺が彼女を支えよう。兄としては頼りないかもしれないが……それは俺自身の望みでもあるからな。
「……何もねーなあ」
西ブロック担当の俺と美久。調べ始めてからけっこう経ったが、今のところ成果ナシ。
廃材の入ってる箱だの、何か隠せそうな場所は徹底的に調べているが、何も出てきやしない現状に、さすがに嫌気がさし始めていた。
「向こうがよっぽどバカじゃない限り、手掛かりなんてそうそう残しちゃくれないわよ」
「んな事分かってるけどよ。はあ。俺にはこういうまどろっこしい仕事は向いてねえんだよな。単調すぎて、飽き飽きするぜ」
興味があることや自分の知識になることなら、どんだけ時間をかけてもいいんだが、いくらやっても何も成果が見えてこねえってのは辛すぎる。やった分だけ形になってくれねえと、やる気も無くなってくるってもんだ。
「気持ちは分からないでもないけど、ちょっとくらい我慢しなさい、仕事なんだからね」
「へいへい、分かってんよ。ただの愚痴くらい言わせてくれって」
勿論、美久の言ってるのが正しいのは分かってる。俺は溜め息をもう一つ漏らし、作業に戻る……うう、まだ半分も終わってねえ。マジで気が滅入ってくるな。
「あんたと言い浩輝と言い、どうにも落ち着きが足りないわよね、全く。蓮はしっかりしてるのにね」
「って、コウと一緒にするんじゃねえよ! 俺はあいつほど脳味噌足りないガキじゃねえっての」
「そう? 喧嘩っ早くて短気なとことかそっくりじゃない。子供って、自分が子供なのを認めたがらないわよね」
「うぐ……」
短気なのは一応自覚してるんで、強く反論出来ない。コウと頭が同レベルか……駄目だ駄目だ、余計に気が滅入る! 何か別の話題、別の話題……。
「そ……そういや、美久。お前って、ギルドに来てどんくらい経つんだ?」
「私? そうね、だいたい六年くらいになるかな。話したこと無かったっけ?」
「六年? って事は、働き始めたのは11、2歳かよ?」
「あは、違う違う。ギルドの仕事を始めたのは15歳からよ。それまでは店のこととかをちょっと手伝ってただけ。一応、義務教育は受けろってマスターが学校に行かせてくれてたからさ」
その返答、思考を巡らせる。つまり、こいつはそんぐらいの歳からずっと、自分の家じゃなくてギルドで暮らしていたことになる。深く突っ込んで聞くわけにはいかねえんだろうが、やっぱり訳ありってか。
「じゃ、他のみんなはどんくらいなんだ?」
「ジンさんについては知らないわ。フィオは十年くらい前って言ってた。で、アトラは五年くらい前、コニィは二年くらいよ。って言っても、コニィも最初の一年は時々見学に来てただけで、正式に入ったのは一年前だけどさ」
「ふうん……」
相槌を打ちながら、俺は数字を整理していく。コニィだけは親父さんと会った事もあるし、ちょっとは知ってたけどよ。
「なるほど、みんな思ったより長いんだな。歳の割には戦い慣れてると思ってたぜ」
「何だかんだ、荒事が多いからね。って言うか、歳の割にはってあんたが言う? 私より年下のくせに」
「ま、そうなんだがよ。身体は年上でも精神年齢がめっちゃ低い奴とかもいるじゃねえか」
その言葉が誰を指しているかは、美久にもすぐに分かったらしい。少しだけ呆れたような様子で顔をしかめた。
「あんなアホでガキで適当でどうしようもない脳みそ下半身のダメ男をギルド全体の基準にしないでよ。マスターが可哀想じゃないの」
「……うわ、すげえ言いよう。むしろあいつがちょっと可哀想になった」
ま、彼女の評価が辛辣なのは、日頃の二人を見てたらしょうがねえとは思うけど。昨日に揉めたばっかりだし、まだ腹立ててるみてえだな。
「あいつは五年前ってことは、お前の後に入ったんだよな。あいつって、昔からああなのか?」
「え? ……いや、最初はそうでも無かったわ。ホント、あんなのになっちゃって、こっちは迷惑してるわよ」
何か、微妙に間があったな。あいつの過去も聞いたことはねえけど、美久は知ってるんだろうな、この様子だと。
何となく、赤牙のみんなは、『訳あり』が揃っているのは、俺も察している。自分たちだって同じようなもんだし、変に踏み込むつもりはねえが……そのうち知って、お互いに助けになれたらいいな、とは思っている。
「あー、もう。あいつの話なんかしてたら、腹立ってきちゃったわ。何よ、自分はダメ男のくせに、ガサツ女ガサツ女ってうるさいのよ」
「はは……」
どんどん愚痴に流れてんな。ほっといたら、五年分の愚痴を吐かれそうだ。
「けど、お前らのやり取りって、端から見たら夫婦漫才って感じが」
「何か言った!?」
「……な、何でもアリマセン」
怒号と共に明らかにヤバいオーラを放つ美久に、身の危険を感じた俺は前言を撤回する。女は怒らせないほうが良いってのはよく知ってる……主にルナのせいで。
「全く、私は四六時中あいつへの文句で悩まされてるってのに、変な表現しないでくれる?」
「あー、悪かったよ。気を付ける」
てか、それってあいつをいっつも意識してるって事なんだがなあ……と思ったが、口に出したら命がヤバそうなんで黙っとこう。
「ほら、無駄話なんかしてないでちゃっちゃと働くわよ。絶対にあいつには負けられないんだから!」
「……目的がズレてねえか?」
無駄な部分でやる気を出してしまった彼女に内心で溜め息をつきつつ、俺は黙って煩わしい作業に戻るしかなかった。




