調査依頼
「……それで、他には? ……分かった。すぐに手配しよう」
時刻は午前9時。朝飯の片付けが終わり、全員がそのまま居間に集まっている。
今日は店を開く予定も無いため、みんなでテレビを見たり雑談したり読書したり、思い思いに過ごしていたが、ウェアルドが電話を片手に真剣な表情になった。それに気付いた一同も、何となしに様子を伺っている。
彼は電話を切ると、のんびりとしている一同を見渡す。
「くつろいでいる所を悪いが、依頼が入ったぞ」
「お、やっぱりか。今日はボケは無しだよな、マスター?」
「……昨日のことは忘れろ。誰がこんな手の込んだボケをするかよ」
「だから慣れないことはしないほうが良かったのですよ」
コホン、と一度わざとらしい咳払いをするウェア。その間に、一同はテレビを消したり本を閉じたりして、彼の話を聞く体勢に入った。
「今回の任務は、街外れにある廃工場の調査だ」
「廃工場?」
「ああ。知っている者はいるか?」
そう言われても、自分に縁の無い工場などさすがに知らない。ほぼ全員が首をひねっている中、ジンだけ例外だった。
「廃工場と言えば、先月にクライン社が廃棄したものですかね」
「そうだ。最近になってその工場に、不審な人影の出入りが目撃され始めたらしい」
「不審な人影ですって?」
「ああ。詳しい人相は分からないが、複数の人物が工場内に入っていく姿が、数回にわたって目撃されているそうだ」
「へえ。それは確かに妙だね」
廃工場に用事がある者などそういないはずだ。考えられるとすれば、元関係者ぐらいのものだが。
「目撃者は複数いるから、見間違えとは考え辛い。クライン社にも確認をとったそうだが、心当たりが一切ないらしい。つまり、正真正銘の不審者、というわけだ」
「だから、何か問題が起こる前に調査をしろと?」
「そうだ。その連中がよからぬことを企んでいる可能性は十分にあるだろう」
誰もいない廃工場に出入りする集団、か。確かに、かなりきな臭い話だな。付近の住民が不安に思うのも当然だ。
「依頼内容は、連中が何をしているのかを突き止めること。そして、人に害を為すと判断されたならば、そいつらを捕らえる事だ」
「では、状況によっては戦闘も起こりうるな」
ウェアと誠司の言葉に、みんなの表情が少し引き締まる。特に瑠奈たちエルリア組は。
「対人戦、か。初めてじゃないけど、あまり慣れないんだよな……」
「そうだね……UDBとの戦闘とは、色々と違うからね」
相手もPSや武器などを使ってくるのだから、獣との戦いとは戦略も変わってくる。それに、心情としてのやりづらさもあるのだろう。もっとも、フィオの存在もあるので、彼らはUDBであっても軽率に命を奪うことは良しとはしないが。
「上手く遭遇できるかも分からないし、身構えすぎなくてもいい。遭遇しないほうが望ましいかもしれんしな」
「集団の目的や規模も不明瞭ですからね。感づかれないうちに決着をつけるのが理想ではありますが、いきなり深追いすべきでもないでしょう」
だからこそ調査なのだろう。その連中が何者で、何をやっているか。それを知れば対処法も見えてくる。
「依頼の概要は、こんなところだな。では、この依頼を受けるメンバーだが……」
一つの依頼に、いつもギルドが総出で取りかかるわけではない。その規模や危険度、適正などから、ウェアがメンバーを編成することになる。
「ジン。今回は、お前にリーダーを任せるぞ」
「はい、かしこまりました」
大方の予想通り、最初に呼ばれたのはジンだ。こういう任務においては、特に頼りになる男だからな。
「ガル、美久。お前たちはジンのサポートをしてくれ」
「ええ、任せてちょうだい!」
「了解だ」
続けて呼ばれた俺と美久も立ち上がる。この三人は、調査系の依頼ではよく組むメンバーだ。小回りが利き用心深い美久も、こういった調査のスキルは高い。
「他は、必要と思うメンバーを二、三名、ジンが選抜してくれ。お前が動きやすいようにしてもらったほうが良いからな」
ウェアに言われ、ジンは品定めするような視線で、一同を見渡す。……途中、俺と目が合った。微妙にその笑顔に嫌な予感を感じるんだが……。
「そうですね。では――」
「で、俺様に海翔、それから瑠奈ちゃんねえ……」
溜め息混じりに赤豹が言う。
メンバーの発表後、俺たちはすぐに出発した。現在、目的の工場の前なのだが、アトラにはあまりやる気が無い様子だ。
「あなたはあの中では経験が豊富なほうですからね。海翔も頭が切れますから大丈夫でしょう。そして、瑠奈がいないとガルフレアが怒りますから」
「…………ジン」
「最後のは冗談ですよ。コンビネーションを考えたのは事実ですがね」
いつも通りの笑顔で言い放つジン。何だか最近、この事が皆の玩具にされている気がしてならない。いや、俺が半端なのが悪いという自覚はしているがな……要は発破をかけられているんだ。
「それにしても、大きな工場ですね」
瑠奈の言葉通り、目の前に広がる工場の敷地は広大だ。これは、調査も骨が折れそうだな。
「クライン社っつったら、機械工業の大手だしな。俺もパソコン関連とかで色々とここの製品には世話になってるし」
「私でも名前は知ってるわ。どうして廃棄されたのかしら?」
海翔と美久は、そんな会話をしながらジンに視線を向ける。
「詳しくは知りませんが、本社のほうの意向らしいですよ。まあ、色々とあるのでしょう、色々と」
「色々、ねえ。とっとと取り壊しときゃ良かったのにな」
気だるげにアトラが言うが、これだけの施設だ、解体工事もそう簡単にはいかないだろう。それは分かった上での愚痴だろうがな。
「いつまでもここで話していてもしょうがない。早く始めるとしよう」
「そうですね。では、早速チーム分けをするとしましょうか」
これだけの工場だ、全員で同じ所を調べても非効率だろう。今回は、時間をあまりかけない方が望ましいしな。
「もし相手と遭遇した時を考えると、少人数だと危険じゃないですか?」
「それも一理ありますが、分散していたほうが不測の事態に対処しやすい、という面もあるのですよ。特に、何が仕掛けられているか分からないような場所ではね」
「まとまってりゃ、罠でもあったら一網打尽にされちまう危険があるってこったな」
「なるほど。アトラが言ったら説得力ねえけどな」
「……こんのクソガキ」
「日頃の行いのせいでしょ」
無論、少人数化のデメリットも避けられないが、俺たちは少人数でのチームに慣れている。ギルドの活動では珍しくないからな。
「私は訳あって一度この工場に入ったことがあるのですが、ここは大きく分けて三つの区画になっています。よって、私たちも三組に分かれましょう」
どうやら、それも最初から考えた上での人選のようだな。だとすれば、二人ずつのペアか。
「東ブロックはガルフレアと瑠奈。西ブロックは海翔と美久。そして中央ブロックが私とアトラです。意見のある者はいますか?」
ジンの口から語られるチーム編成。それを聞いたアトラは、一瞬で実に不服そうな顔になる。
「俺様、華のねえチームかよ」
「あなたは私が手綱を握っておかねば、何をしでかすか分かりませんからね。特に、女性と見れば見境なく襲いますから」
「俺様は発情期の獣か!」
「おや、違ったのですか?」
「………………」
アトラは酷くげんなりとした様子で口を閉じた。文句を言う気力も無くなったようだ。彼はジンに対しては滅法弱い。
「では、特に文句も無いようですね。ガルフレア、美久、あなた達にはこれを渡しておきます」
「これは?」
「工場内の見取り図です。それぞれの担当範囲に印をつけてあります」
俺は見取り図を開いてみる。青色のマーカーで囲まれた部分が、俺たちの担当範囲のようだな。
「マスターから大抵の情報は受け取っていますので、何か不明な点や忘れた事があれば私に聞いて下さい。後は、何かおかしな所を見つけたら、すぐに連絡を。特に瑠奈と海翔。あなた達はこの手の任務には不慣れでしょうからね」
そう言いながら、俺と美久にも目配せする。俺たちがしっかりとサポートしろ、と言う意味だろう。今回のメンバー選出は、瑠奈たちに経験を積ませる意図もあるはずだ。
「では、始めるとしましょう。アトラ、いつまでも拗ねないで下さい」
「へいへい。ジン様には逆らいませんよ、っと」
一切のやる気が感じられない口調で、アトラは言う。ジンとのペアなので、問題は無いと思うが。
ジンを先頭に、巨大な工場の中へと足を踏み入れていく。
工場内は、多種多様な機械類が至るところに放置されたままになっていた。海翔と瑠奈が少しせわしなく辺りを見渡しているが、物珍しさもあるのだろう。
「これは、本当に骨が折れそうね……」
「全くだぜ、はあ。それじゃ、とっとと解散しようぜ。早く片付けて帰りてえしよ」
「そうですね。では、始めましょうか。例え何も成果が無くとも、予定時間には確実に合流地点に着いていること。各自、気を付けて下さい」
「はい! カイ、そっちも頑張ってね」
「おう、ルナもな。んじゃ行こうぜ、美久」
軽く言葉を交わした後、俺たちはジンの指示通りのチームに分かれて、それぞれの担当区域に向かう。




