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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
3章 内なる闇、秘められた過去
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嵐の前の静けさ

 ――その夜。




「ふう……」


 またやってしまった。俺の今の心境は、その一言につきる。


 俺の目の前にあるのは、軽くなった財布。そして……積み上げられた新品の本。

 あの後、俺は帰り道で本屋に入ってしまった。覗くだけのつもりだったが、当然のごとく読みたい本が見つかり、興味のある本を前に我慢もできず、一冊買おうと決めたら後は連鎖的に……結果は、見ての通りだ。我ながら意志が弱い。

 毎回のように、今後は自重する事を誓うのだが、最近では、こればかりは仕方ないと開き直りに近い感情も生まれてきた。自分で言うのもどうかと思うが、俺のこれはもう病気のようなものだ。毎月、決めた額の貯金はしているのだから問題ないだろう……言い訳がましいが。

 ちなみに、ここに住むようになってから俺が買った本は、すでに部屋には入りきらなくなっているので別の部屋に置かせてもらい、みんなが自由に読めるようにしてある。


 とりあえず、この本は明日以降、暇な時に読んでいこう……今から読み始めたら、徹夜してしまいそうだからな。


 今の時刻は午後11時。店の片付けも終わっている頃だ。


「………………」


 今日は少しウェアルドと話したかったが……まだ下にいるだろうか。とりあえず、見に行ってみるか。

 まだみんなも起きていそうだが、念の為に音を立てないように注意しながら、部屋を出て下の階に向かう。


「……ん?」


 階段を降りていくと、話し声が聞こえてきた。ウェアの声もするが……他にも誰か残っていたのか。それも、何人かいるようだ。


「……そうですか。まだ、手がかりは見つかってないんですね」


「ああ……すまんな、力になれなくて」


「いえ、良いんですよ。いつか見つかるはずですから」


 この声は……瑠奈か。どうやら、浩輝たち三人もいるようだ。


「けど、あれから四ヶ月ぐらいだよな。こんだけ見つかんないとか思ってなかったってか」


「世界中を探すならそんなもんだろうよ。それに、あいつが何か目的を持って動いてんなら、隠れてるって可能性も高え」


「そうだな。似た顔の奴なんかいくらでもいるだろうし……ガル?」


 蓮が俺に気付くと、みんなも俺のほうを向いた。


「どうしたんだ、そんなとこに突っ立って?」


「いや……」


「立ち聞きするくらいなら、お前も座れよ」


 浩輝に促されるまま、俺も適当な場所に座る。


「今のは、暁斗の話か?」


「……うん」


 瑠奈がゆっくりと頷いた。俺たちがこの国に来たのとほぼ同時なのだから、もう四ヶ月になるんだな。彼がいなくなってから……。











 ――それは、俺たちがこの国に来た翌日だった。

 ウェアからギルドの概要を聞いたり、ギルド入りの手続きを行ったりして、ちょうど休憩時間に入った時、瑠奈の電話が鳴った。


「暁斗からだ。どうしたんだろ?」


「さあ。とりあえず出ろよ」


「そうだね。……もしもし、暁斗?」


『……瑠奈』


 当然、この時の暁斗の声は、俺達には聞こえていない。彼の言葉は、後で瑠奈から聞いたものだ。


「どうしたの、暁斗?」


『……ごめん』


 突然の謝罪に、瑠奈の表情が訝しげになった。


「ごめんって、何のこと? それより、どうしたの。何だか、元気無いよ?」


 それから、次の返事が来るまでには、少し間があったらしい。だが、その次の言葉は、あまりにも重いものだった。


『俺……家を抜け出したんだ。家出した、って言えばいいのかな』


「!?」


 彼の言葉は聞こえていなかったが、驚愕に染まった瑠奈の顔は、はっきりと覚えている。それだけで、ただならぬ事態なのは察することができた。


『それで、お前たちともしばらくは連絡を取らない。いや、取れない』


「ち、ちょっと待って……いったい、何がどうしたの!? いきなり、家出したなんて言われたって! 今、どこにいるの!?」


 家出した。その意味を把握すると同時に、俺たちも凍り付いた。


『きっと、父さん達からもそっちに連絡が行くと思う。その時に、伝えておいてくれ。俺は自分の考えで行動するだけだって。無事だから、心配しないでくれって』


「そ、そんなの! ちゃんとした理由があるって言うなら、自分で話せばいいじゃない!」


『……ごめんな。滅茶苦茶な事を言ってるよな。それでも、俺は確かめなきゃいけないんだ。それまで、父さん達と話すつもりは、ない』


「確かめるって何のこと? それより質問に答えて、暁斗!」


『いつか、きっと帰ってくるから。信じてくれ』


「答えになってないよ! 理由を説明して!」


『……理由、か』


 電話の向こうの暁斗は、自嘲気味に笑ったそうだ。


『俺が俺であるためにも、俺は本当のことを知りたい。知らないといけない。そうしないと、俺は……』


「何を言っているの!? いきなりそんなこと言われたって……!」


『今は……何も話せないよ。ごめん、勝手な事をしてさ。けど……それでも、俺は』


「謝らなくていいから! だから、落ち着いて話を……」


『みんなにも、よろしく伝えといてくれ。それじゃあ……元気でな』


「お願い、待って! 暁斗! お兄ちゃんッ!!」


 瑠奈がそう叫ぶのとどちらが早かったか……通話は、切れていた。











「あれから、本当に連絡は全く繋がらない。酷い話だよね」


 瑠奈が寂しげな笑顔を見せる。何とか気丈に振る舞おうとしているようだが、あれだけ仲の良かった二人だ。内心の不安を隠しきれていない。


「彼の目的が何であれ、連絡を絶ったと言う事は、海翔の言うように姿を隠してる可能性が高い。元より、いくらギルドの情報網でも、世界中から一人の人物を見付けるのは非常に難しい……すまない」


「分かってます。我が儘を聞いてもらっているのはこっちですから。それに……暁斗は『帰ってくる』って言いました。私は、それを信じていますから」


「……そうか」


 ちくりと、胸が痛む。もしも、俺がみんなを連れ出さなければ、暁斗が行方不明になる事は無かったかもしれないのだから。


「ったく、無駄にみんなを心配させやがって、あのシスコン狼が。帰ってきたら罰として、ボッコボコにして焼却してやらねえとな」


「あ、駄目だよカイ。……お仕置きは、私の役目なんだからね」


「おいおい。カイはともかく、ルナのお仕置きとかシャレにならねえっつーの。下手な地獄より恐ろし」


「生き地獄って言うのを見せてあげようか?」


「……失言デシタ勘弁シテ下サイ」


「はあ。学習しないよな、お前も」


 その冗談に(本気の可能性も否めないが)、重いものになっていた空気が、少し和やかになった。恐らく、海翔もそれを狙ったのだろう。


「あ、そう言えば、ガルは何か用があって降りてきたんじゃないの?」


「ん……。少し、俺のことを、な」


「記憶の手かがりの話か?」


「ああ。だが、お前たちは気にするな。個人的な問題だから、その話は後で」


 言葉の途中で、隣にいた瑠奈から額を小突かれた。痛みは無いが、少し驚いていると、瑠奈は少し咎めるような視線を向けてきた。


「個人的ってことも無いでしょ? 私たち、そのためにこの国に来たんだからね」


「そうだぜ、ガル。オレ達だって、気になってんだぞ?」


「……そうだな。すまない」


 遠慮したり隠したりするのも、今さらな話、か。彼らにも、知る権利はある。


「ウェア、調査のほうはどうなっている?」


 問い掛けてはみたが、ウェアの表情は渋い。あまり吉報がありそうな様子ではないな。


「今は、お前からの話と慎吾からの情報で、それらしい組織について調べているが……まだ確定的な情報が見つからず、絞りきれていないのが現状だ」


「そうか……」


 別に落胆は無い。そもそも、そう簡単に分かるとは思っていないからな。


「四ヶ月間、全く進展無しって事か……」


「じゃあ、ガル自身は何か思い出さないのか?」


「そういや親父は、時間が経てば思い出す、みたいな事も言ってたよな。どうなんだ、ガル?」


「……俺自身も、上手く説明は出来ないが」


 普段は気を遣っているのか、記憶の事にはあまり触れてこないみんなだが、それぞれ疑問に思う部分はあったみたいだな。


「俺の記憶喪失は、空間転移装置による強引なPSの書き換えによって、精神にダメージを受けたせい、と言うことは話したな」


「おう。だから、ダメージが回復すりゃ、記憶は戻るんだろ?」


「理論的にはな。……精神への衝撃により、俺の記憶は部分的にピースが欠けた状態になった。そして、本来ならば、浩輝の言うように、時間の経過と共に、その空白は埋まっていく、はずだった」


「……なんか煮え切らない言い方だな」


「……いや、だったと言うのはおかしいな。確かに埋まってはいるんだ。だが……俺が思い出しているのは、全て幼少の頃の記憶なんだ」


 みんなが、きょとんとした表情になる。


「……どういう事だ?」


「孤児院で過ごした記憶や、遡れば、一人で生きていた時の記憶。それらは確かに戻っている。だが、それ以降の記憶が、一切戻っていないんだ」


「つまり……戻る記憶が偏ってるってことか?」


「ああ。そして、取り戻した記憶の中には、かつての俺がどのような目的を持っていたのか、特定できるものが無い」


「……なるほどな。記憶は戻っているけど、状況は変わらない、ってか」


 強いて挙げるならば、関係するのはシグルド達との付き合いか。だが、孤児院での俺たちは、本当に普通の友人でしかなかった。


「でも、どうしてそんなことに?」


「一応、それについての仮説は立っている」


 ウェアが少し難しい顔で言う。これについては、彼とは何回か話し合っている。


「俺の知人の精神や心理についての研究者や医療関係者、もちろん優樹にも、現在のガルの状況を話して、意見を求めてみた」


「それで、何か分かったんですか?」


 ウェアは俺に視線を送る。確かに、自分で言ったほうが良いか。


「意見を求めた人たちの多くが、共通してある可能性を指摘してきた」


「ある可能性?」


「ああ。それは……俺の深層心理が、特定の記憶を封印してしまっているという可能性だ」


「……ああ、なるほど。何となくは分かったぜ」


「…………?」


 海翔は理解できたようだが、瑠奈と蓮は分かったような分からないような微妙な表情、浩輝に至っては思い切り首をひねっている。


「え、えっと……つまり、どういう意味だ?」


「要するに、ガル自身が無意識に、思い出したくないって考えちまってるって事だよ」


「うん……? でも、ガルは記憶を取り戻そうとしてんだろ?」


「思い出そうとしてるってのと、思い出したくないってのは別の話だ。誰が好き好んで、辛い記憶を思い出そうと考えるってんだ?」


「…………!」


 何か思い当たる節でもあったのか、浩輝の表情が曇る。それに気付いてバツが悪そうにしながらも、海翔は説明を続けた。


「ガルの中のどこかに、辛い記憶を取り戻す事を拒んじまってる部分があるんだろ。そのせいで、記憶の中でも消し去りたい部分、苦しい記憶が封印されちまってる……ってことでいいか?」


「ああ。おおむね、その理解で間違っていない」


 さすがだと思う反面、どこか惨めでもある。自分の弱さを言い当てられたようなものだからな。


「先ほど、ある一点から先の記憶が戻らないと言ったな。だが、実際に問題なのは、恐らく時間じゃない。そこから先に、共通の内容……過去の自分を示すものが含まれているからなのだろう」


 実際に記憶を封じているのは、無意識のうちなのだろうが……確かに、俺は怖いんだ。それを知ってしまえば、もう二度と後戻りができない気がして。


「我ながら、情けないものだ。記憶を追い求めてギルドに入っておきながら、記憶を取り戻すことを拒んでいるのだからな」


 まさしく、本末転倒と言う言葉が相応しい。付き合わせている彼らには何を言われても文句は言えないだろう。だが、俺の言葉に、瑠奈がはっきりと首を横に振った。


「ガルは情けなくなんてないよ。思い出したくないことまで思い出そうと頑張ってる、それだけで十分凄いと思う」


「そうそう。第一、無意識をコントロールなんかできるわけねえだろ? あんま悩むと、余計にドツボにはまるぜ」


「………………」


 俺のこれは、やはり卑屈なのだろうか。分かっていても、元来の性格はなかなか直らない。


「それじゃ、どうすりゃ記憶は戻るんだ?」


「一番可能性があるのは、失われた記憶に関係あるものに触れることだろうな。あの時、月光を手にしたことで、一部を思い出したように」


「記憶に関係あるもの、か」


 だから、ウェアにはかつての仲間たちのことを調べてもらっている。向こうに気付かれた場合の危険は拭えないが、それが唯一の道であると言っていいだろう。


「とにかく、焦らずにやっていくんだ。時間はあるんだからな」


「ああ……分かっている」


 焦ってもどうにもならない。今の俺には、ギルドの一員として生きるしか無いのだから。






 今のこの平和が、嵐の前の静けさで無い事を祈りながら……また、俺の1日が過ぎていった。








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