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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
3章 内なる闇、秘められた過去
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マスターへの信頼

 セレーナが言っていた店とは、獅子王ギルドの向かいにある建物のこと。獅子王の副業である雑貨店だ。


 雑貨店と言う名目だが、伝統あるギルドだけに、その規模も相当のものだ。

 ギルド関係者が開く店だけに、役に立つ物がいろいろ揃っていて便利なため、俺もよく利用している。例えばだが、戦闘用の防護素材でできた服がある。高い防刃・防弾・緩衝機能を持ちながら、動きを妨げない。咄嗟の荒事に巻き込まれやすい俺たちは、普段からそういった服を着るように心がけている。


 扉を開くと、来客を知らせるベルが鳴り、元気の良い声が聞こえてくる。


「いらっしゃーい。あ、ガルはんやないですか!」


「お疲れ様だ、エリス。それに、バルド」


「…………ああ」


 獅子王は大ギルドであり、俺だって全員と顔見知りではないが、主要なメンバーとぐらいは面識がある。店番をしていたのも、知り合いだった。

 明るく挨拶をしてきた茶髪の人間、独特の訛りで話す女性が、エリス・ランパード。女性にしては背が高く、170センチ近くある。いつでも愛想の良い朗らかな笑顔の、社交的な人物だ。

 それとは対照的に、無愛想に返事をしただけの黒い鳥人が、バルド・スエインだ。その物静かな雰囲気と何事にも動じなさそうな立ち振舞い、険しい目付きなどから年上に見られやすいが、実際はまだ20代である。


「こっちに来るのはけっこう久しぶりやないか。元気にしとったか?」


「ああ。どうだ? 景気のほうは」


「こっちはそこそこ儲かっとるで。ま、ギルドのほうは寂しいことになっとるがな?」


 ちなみに、彼女の訛りは素では無く、何かの創作物で見た商人の口調が気に入ったので真似ているだけらしい。今では染み付いてしまったそうだが。


「新米にも仕事回さなあかん言うて、うちらが店番する回数も増えとるからな。ま、うちは楽しいからええんやけど」


「お前は商売向きだからな。バルドには苦行かもしれないが」


「……いや。これはこれで……楽しい」


 鳥人は、呟くようにそう答えた。別に機嫌が悪いわけではなく、彼はいつもこうだ。極端に無口で、感情が顔に出ない。知らない者には、怒っているようにしか見えないほどに。

 本質は穏やかな気性で気遣いも出来る人物なのだが……本人の意志はどうあれ、間違いなく商売向きでは無い。いや、俺が言えた義理では無いがな。


「ならもうちょっと楽しそうにしいや。バルはん、無愛想で叶わんて」


「…………悪い」


 エリスに怒られ、バルドは小さく頭を下げる。文字通り、ほんの僅かにだが。


「ま、ええわ。そういやガルはん、買い物? それとも、何か用事でもあるん?」


 バルドの様子に多少呆れ気味ながら、エリスは俺に問いかける。せっかく来たのだから店も見ていくつもりではあるが、先に用件を済ませるか。


「ランドに届け物があってな。こちらに来ていると聞いたんだが」


「ああ、マスターなら奥におるよ。バルはん、呼んで来て」


「……俺が?」


「だってバルはん、おっても接客出来てへんし。お客さんが怖がって近寄らへんのやもん」


「…………分かった。少し任せたぞ」


 エリスの容赦ない指摘を受け、バルドはそのまま奥へと向かった。眉間がピクリと動いていたような気がする。


「あらら、バルはん落ち込んでもうた。さすがにストレートすぎたみたいやな。戻ってきたらフォローせんと」


「……落ち込んだのか、あれは? 俺はてっきり怒ったのかと思ったが」


「あの目は落ち込んだ時や。怒った時は、もうちょい細めるからな」


「……良く見分けられるな」


「慣れれば分かりやすいで、あの人。顔に出て来んだけで素直やからな」


 エリスはそう言って笑ったが……俺にはまだ難しい。シグやフェルにもそういう部分はあったが、彼らはまだ表面に出るからな……。


「あ、ところでガルはん、前々から聞きたかったことがあるんやけど、ええ?」


「何だ?」


「ガルはんって、付き合っとる人とかおらんの?」


「! ……何故、そんな事を?」


 ……今日に限ってこんな話を振られるか。俺としては、今はあまり触れられたくない話題だ。


「単なる野次馬根性や。ガルはんってめっちゃ美形やん? せやから、その手の話題が豊富そうやと思ってな」


 エリスの表情は、何だか生き生きとしていた。女性はこういう話が好きなものなのだろうか。思わず、溜め息が漏れる。


「俺自身は、自分の容姿がそこまで良いものだとは思っていないんだが……」


「ガルはんの性格的に素なんやろうけど、イケメンがそれ言うたら、単なる嫌味にしか聞こえへんもんやで?」


「……それはとりあえず置いておく。別に、そういった関係の人はいないぞ、今は」


「へえ。ほな、好きな子とかは?」


「……それは……」


 即答出来なかった。エリスは狙い通りと言うように、にやりと笑う。


「おるんやな?」


「……否定は、しない」


 出来ない、と言ったほうが正しい。嘘も方便とは言うが、そこまで自分の想いを偽りたくもない。


「告白とかはせんの?」


「な……そんなこと、できるわけが無いだろう」


「理由は?」


「そ、それは、だな、タイミングと言うものが……ではなく、俺では彼女に……く……」


 駄目だ、やはりこの手の話題は苦手だ。情けないが、頭の中がごちゃごちゃになってきた……。


「ははあ、なるほど、タイミングなあ……」


 エリスは俺の混乱を知ってか知らずか……十中八九分かっているのだろうが、物凄くいい笑顔だ。


「ほな、ここはお姉さんが、人生の先輩としていっちょアドバイスしたるわ」


「……何が人生の先輩だ。3年しか違わないだろう」


「3年でも先輩は先輩や。ええか? アタックするタイミングっちゅーのは待つもんやない。作るもんや」


 何故、彼女はこんなに楽しそうなのだろうか……だが、きっと逆らっても無駄なので、とりあえずそのまま聞いておくことにした。


「そこで、空気を作り出す方法やけど。例えば、プレゼントとかやな」


「プレゼント?」


「そうや。贈り物っちゅーのは、対人関係ではいかなる場合でも効果的なもんやで」


 なるほどな、一理ある……いや、何を真剣になって聞いているんだ、俺は。


「だが、プレゼントと言われても、何を贈れば良いんだ?」


「ま、定番は小物とかやな」


 言いつつ、エリスは今日一番の笑みを浮かべた。だが、何だかその笑顔に対して嫌な予感がするのは気のせい……。


「ここで朗報。我がギルドショップでは、女の子へのプレゼントに最適なアクセサリー・小物類も取り揃えております! ギルド関係者には更にお買い得な割引きサービス! 是非この機会にお買い求めを!」


 ……ではなかった。いろいろと合点がいくと同時に、頭が痛くなっていくのを感じる。


「最初から、それが狙いか」


「目的としては野次馬心と7対3やな。どっちが7かはご想像にお任せしとくわ」


 俺は片手で頭を抱えながら、しっかりと心に留めておくことにした。女性は逞しい。そして怖い。


 が、ここで一旦この話題は止まる事になる。ちょうどそのタイミングで、ランドを連れてバルドが戻って来たからだ。


「じゃ、用件がすんだら考えてや」


「…………」


 恐らく、逃がしてはくれないだろうな。だが、その事は後で考えよう。まずは、ランドへの届け物だ。


「よう、待たせて悪いな。届け物だって?」


「ああ。さっき渡しそびれたらしい」


 大柄な獅子人は、先ほどギルドを訪れた時と同じく、俺に向かって気さくに手を上げた。俺は、自分の荷物から預かった小包を取り出し、彼に手渡す。


「そういや、頼んでたもんがあったな。俺もすっかり忘れてたよ。わざわざありがとよ、ガル」


「気にするな。店の仕事も終わって、どうせ暇だったからな」


「暇、か。お互い、仕事不足はどうしようもないからな。ゆっくり出来るのは良いことだが……全く、世知辛いもんだ」


 ランドは苦笑する。マスターとしては、頭の痛い部分であるだろう。


「ウェアと話して、何か分かったのか?」


「いや、現状じゃ何とも言えん。互いの情報を交換したぐらいのもんだな」


「そうか……」


「ま、面倒な事を考えるのは、俺たちみたいな上の仕事さ。お前はウェアから任された仕事をこなしてりゃ、それで良いんだ」


 そう言って、ランドは豪快に笑った。これだけの大ギルドを纏める男だけあって、その胆力は並ではない。ウェアの持つ暖かい包容力とは違う意味で、人を安心させてくれる。


「どうしても気になるなら、後でウェアに聞いてみな。俺よりあいつのがUDBにも詳しいからな。何しろ、あれだけの戦いを生き抜いた男だ」


「そう言えば、あなたは闇の門に参加してはいなかったと言っていたな」


「ふふ。参加してたら、俺も今頃は英雄だったかもな」


 冗談めかしてそう言うと、ランドはまた笑う。うちのギルドのメンバー以外にも、古くからの知人であるランドもまた、ウェアが英雄である事を知っている。ウェア本人はあまり語りたがろうとはしないのだが、エルリアにいたみんなと違って、その事実をひた隠しにはしていない。当然、知っているのは彼が信頼している者だけだがな。


「なんてな。うだつの上がらない下っ端ギルド員だった俺じゃ、とても生き残れなかっただろう。だから俺は、ウェアルドを尊敬してるんだ」


「何かその、マスターが下っ端やった時の姿って、うちらにはいまいち想像出来んわ」


「ははっ、誰にだって下積み時代はあるもんさ」


 ランドの下積み時代か……確かに、目の前にいる屈強な獅子が雑用などをしている姿は、とても想像できないな。


「ウェアとの付き合いも二十年以上になるが……俺はあいつほど強い男は知らないよ。だから、あいつを信じていれば大丈夫さ。心配するな」


「……そうだな」


 ウェアが強いのは、俺だって知っている。戦士としても、人としても、俺は遠く及ばないだろう。俺たちに何が分かるわけでもない以上、彼を信じて支えることが一番なのだろうな。


 ………………。


「……さて。用件も終わったことだ。長居するのも悪いから、そろそろ引き上げるとするか」


「ん、おお。今回はわざわざ悪かったな。ウェアによろしく伝えといてくれ」


「あ、ちょっとガルはん……」


「ああ。ではまたな」


 俺はそれだけ言い残し、エリスの声は聞こえていないフリをして、速やかに出口へと向かう……が。


「待て、ガルフレア」


 バルドの声……口数は少ないが、その低音の声は意外と良く通る……が聞こえ、俺は足を止めざるを得なくなる。


「……せっかく来たんだ。急ぎでないのならば、店を見ていくといい」


「………………」




 逃走失敗……か。




 結局この後、逃げようとした罰も含めて、30分ほどエリスの押し売りに付き合う羽目になった。





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