獅子王の面々
中に入ると、俺の視界には、二人の人物が飛び込んできた。一人は精悍な顔付きのチーターの獣人。毛色はチーター本来のそれで、髪は茶色。目付きが少し鋭く、背が高くスマートな体型をしている。
もう一人は、青い髪に穏やかな雰囲気の人間の少年。身長はそれほど高くなく、童顔なために幼く見られがちだが、実は成人している。と言うよりも、二人とも俺と年齢は一緒だ。
「ああ、ガルフレアだ。こんにちは」
「……ガルかよ。何の用だ?」
友好的な感じで話しかけてくる人間の青年と、反面、何だか敵意のようなものを発するチーターの男。どうも、かなり機嫌が悪いようだ。
「何の用だ、とはご挨拶だな、リック」
「ごめんねガルフレア。リックったら、最近はやることが少ないから苛立ってるみたいでさ。この前の仕事でちょっとヘマして、その挽回を早くしたいらしいんだけど」
「余計なこと言うんじゃねえよ、レアン!」
チーターの男……リック・ティンバーは、苛立ちを隠そうともせず、レアン・コルセットに向かって唸る。レアンの側は慣れているのでのほほんと笑っているが。
「ったく、最近は店番か雑務がほとんど。伝統あるギルドが仕事不足なんて、屈辱も良いとこだ」
「平和なのは良いことだろう。それに、仕事が減ってきたのはうちも同じだ」
「知るか、んなもん!」
……愚痴られたので答えたのだが、こういうのを逆切れと言うのだろうか。機嫌が悪いのは仕方ないが、対応に困る。
「第一、分かってるのかお前? うちとお前らは、商売敵みたいなもんなんだぞ?」
「良く共闘もしてるけどね。マスター同士も仲良いし」
「お前は黙ってろ! つまり、ここに来るってのは、宣戦布告みたいなもんなんだぞ? ケンカ売ってくるなら、俺はいつだって相手に」
「えい」
「おごッ!?」
……やけに可愛らしい掛け声と共に、リックの頭頂部目掛けて背後から鉄槌が振り下ろされた。が、残念ながら威力と声はイコールで無かったらしく、リックはそのまま頭を押さえて倒れ込んだ。
「貴方が喧嘩を売ってどうするの、リックちゃん。ガルフレアちゃんに失礼でしょう?」
うずくまるリックに対し、鉄槌を下した張本人である人間の女性は、優しい笑みを浮かべてそう語りかけた。無論、リックは痛みに悶えてそれどころではない。
「……セレーナ」
「いらっしゃい、ガルフレアちゃん。ごめんなさい、この子ったら、貴方の事は特にライバル視してるみたいなのよ。許してもらえるかしらぁ?」
「ああ。俺は別に構わないが」
彼女はセレーナ・ウェンディール。獅子王のメンバーでも古参の一人である。ふわりとした水色のロングヘアーはよく手入れされていて、美しい。見ての通り、のんびりとした独特の雰囲気を持つ人だが……誰もが認める、大人の美女である。
「ね、姐さん……」
涙目になりながら、リックが立ち上がる。ちなみに、姐さんとは彼女の愛称であり、別に二人が姉弟と言うわけではない。
「駄目でしょ、リックちゃん? わざわざ来てくれたお客様なんだから、ちゃんとおもてなししないと」
「だけどよ、最近は仕事が……」
「それはガルフレアちゃんのせいじゃないでしょう? やる気があるのは良いけれど、他のギルドの方に当たってちゃいけないわねえ」
「う……」
やんわりとたしなめられ、リックはそのまま黙り込んだ。いくら血の気が多い彼でも、セレーナとランドには逆らえない。
「怒られちゃったね、リック」
「うるさい……」
リックの尻尾はせわしなく動いていた。これでもこの数ヶ月の付き合いがあるから、悪い奴ではないのはよく分かっているのだがな……。
「それで、ガルフレアちゃん。何か用事があるのかしらぁ?」
「ウェアからランドへの届け物を頼まれたんだ。渡し忘れていたらしくてな」
「あら、そうだったの? わざわざ悪いわねぇ」
セレーナはにこやかに笑う。相変わらず包容力のある笑みだ。彼女の雰囲気がそうさせているのだろうが、何だか和やかな気分になれる。
「せっかくここまで来たから、直接渡したいんだが。ランドは忙しいのか?」
「忙しい事あるかよ。うちだって仕事不足だって言ってるだろ?」
「そうか。やはり、UDB関係の依頼が減っているのか?」
「うん。おかげであまり戦わなくて良いから楽だけど……UDB関係の依頼がギルドの中心だからね。あはは、商売あがったりだよ」
「そうか。これを平和と取るか、異常事態の前触れと取るか」
少なくとも、ランドは後者と考えているようだったがな。だから、ウェアを訪ねてきたのだろう。
「異常事態、か。あれかな、嵐の前の静けさってやつ?〈闇の門〉みたいなのが、また起こったりするのかな」
「どうだろうな。何も起こらないでくれれば良いんだが」
「だな。仕事は歓迎だけど、ややこしいのは勘弁だ」
「まあ、難しいことは年長者たちに任せましょう? 私たちみたいな若者は、マスターを信じて動けばいいでしょう」
「……姐さんもう38だし、若者のカテゴリに入ろうとすんのはさすがに辛いんじゃ」
「リックちゃん、しばらく黙るか男を辞めるかどっちがいいかしらぁ?」
「ひぃっ!?」
リックの失言に対して、セレーナが男として最大級に恐ろしい一言を放った。リックは身を縮め、尻尾が股の間を潜り抜けている。……と言うよりも、俺も思わずそうしてしまった。想像するだけで痛い。
セレーナはいつも通りの口調を崩さないが……目付きが全く笑っていない。恐らく、リックがこの警告を無視すれば本当に潰される。女性に歳の話を振るのは、かくも恐ろしいものなのか……?
「あ、ガルフレアちゃん。ランドなら、さっきお店のほうに行ったから、まだいるはずよぉ」
「わ、分かった……」
何だか色々な意味でいたたまれなくなってきたので、俺はそそくさとギルドを後にした。




