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家族

「本当はいろいろと手続きも必要だが、今回は特例としておこう。それにしても頑丈な男だな、君は」


 俺の意志が決定したところで、俺は慎吾の家に向かう準備を済ませた。と言っても、今の俺には我が身一つしか無いがな。

 正直、体はまだ重かったが、起き上がって動くだけならば特に問題なさそうだ。優樹からも入院の必要はないと判断された。記憶はそのままだが、話しているうちに頭痛はほとんど回復している。


「身体のほうは大丈夫だと思うが、もしも異常が出たら遠慮なく言ってくるといい。後は、定期的に脳の検査をさせてもらうから、週に一度は訪ねてくれ」


「ありがとう、優樹。あなたにも本当に世話になったな」


「はは。と言っても、しばらくは付き合いも続きそうだ。この馬鹿息子共々、よろしく頼むよ、ガルフレア」


「ああ。こちらこそ、な」


「誰が馬鹿だっつーの……っと、そうだ」


 優樹に髪をかき乱され、少し不満げに唸っていた浩輝だが、何かを思い出したように、笑顔で瑠奈に向き直った。


「ルナ。困ってる奴には優しくするもん、なんだよな?」


「うん、そうだね。それで?」


「いや、何だ。困ってるオレの、歴史の宿題を今から手伝うって優しさをだな」


「さて、ガルが来るって決まったし、早く帰っていろいろと準備しなきゃ! そういうわけで、じゃあね、みんな!」


 浩輝の言葉を遮ると、瑠奈は見事な身のこなしでさっさと部屋を出て行った。


「……おい、そういうわけで、じゃねえだろ! 鬼! 裏切り者おぉ!!」


 浩輝の悲痛な叫びが彼女に届いたかは定かではない。届いていても関係なさそうだがな……。

 だが、浩輝もめげてはいられないらしい。次は、振り返って海翔と蓮を見た。


「なあ、お前ら。ここに来るために用事すっぽかしたんだろ? なら、すっぽかしついでに少し手伝」


「あ、いけねえ、そうだそうだすっぽかしちまったんだ! 早く帰っていろいろ終わらせねえと、親父に何て言われるか分かったもんじゃねえ! ってことで、俺もお先に失礼します、っと! あ、明日からよろしくな、ガル!」


「さて、帰ってから親父とトレーニングだったな。じゃあ、おれも帰ります。ガルフレア、何かあったらおれも協力するから、遠慮はしないでくれよ」


「おい、お前ら!? ちょっ……ふざけんな! 明日、覚えてやがれよおぉぉ!!」


 言うが早いか出ていった二人にそう叫んで、彼はがっくりとうなだれた。……事情は知らないが、それは逆恨みというやつではないのか。かと思うと、続けて彼は慎吾と暁斗に振り返る。


「慎吾先生、暁兄? 分からないプリントがあって」


「さて、瑠奈を待たせてもいけない。行こう、暁斗、ガル」


「オーケー、善は急げってやつだな」


 が、その必死さは、慎吾に完全にスルーされる。浩輝に背を向けたその表情は、実に楽しげだったが。


「おい待てコラ! 他のみんなはともかく、あんたそれでも教師かあぁ!?」


「誠司から事情は聞いているからな。自分で努力する大切さを教えるのも、教師の務めだ」


 もっともらしく言っているが、ただ単に浩輝の反応で遊んでいるようにしか感じないのは、気のせいだろうか。……気のせいではないな。


「ちくしょう、どいつもこいつも……そうだ!」


 頼る相手が次々と逃げ出し、半泣きになっていた浩輝の視線が、今度は俺に向けられる。最後の望みにすがるように。


「なあ、ガル。あんた、歴史って……得、意……」


 だが、その語尾がどんどん小さくなっていく。……それは、優樹が彼の肩をがっしりと掴んだからだ。


「これ以上の恥をさらす前に、息の根を止めておいたほうが良いようだな?」


「や、やだなあ、お父さん。ホラ、記憶を戻すのに、頭を使ってもらうのも良いんじゃないかなーなんて……ね?」


 ……背後から慎吾の呼び声が聞こえたので、俺はそそくさと部屋を出て行った。




「ぎゃあああぁ! や、止め、電流は止めてください許してお父さん! シャレになってな……」


「お前の成績について、誠司からどれだけ小言を言われていると思っている……? それなのに、お前というやつは遊び呆けて、追い詰められたら周りに投げてばかりで……ここいらで、少々トラウマでも刻んでおかねば分からんようだなぁ!!」


「ひいいいいいぃ!? あ、当たる、マジで当たる、当たったら死ぬってええぇ!!」



 扉の向こうから聞こえてきたやり取りと、扉を閉める前に見えた青白い電流は……気のせいということにしておこう。本気で当てることはないだろう。多分、きっと、恐らく。









 慎吾の車に乗り、綾瀬家に迎えられた俺。到着した時には、季節柄で日が短いのもあるのだろうが、既に辺りはすっかり暗くなっている。


「ガルフレアさん、遠慮しないで沢山食べて下さいね」


「ありがとうございます。しかし……」


 楓と名乗った女性は、やはり親子だけあって瑠奈に似ていた。彼女をそのまま大人にすれば、恐らく瓜二つになるのだろう。


 ……暁斗だけの種族が違うのは何故だろうか、と言う疑問は頭をかすめたが、さすがにそれを聞く事はできなかった。どちらかの連れ子と考えるのが妥当か。


 そして、俺達を出迎えたのは、楓の料理。正直な所、かなり空腹を感じていたので、その言葉に甘えて、みんなで食事をする事になった。

 彼女の料理の腕はとても素晴らしく、気が付くと俺もかなりのペースで箸を進めていた。エルリアの料理を食べるのは始めてだと思うが、この味噌汁という吸い物は特に気に入った。栄養価も高く、この国だとほぼ日常的に食べられている……という知識だけはある。知識は消えていないようなのが幸いだ。

 後は牛肉と野菜の炒め物に、魚の煮付けに、鶏肉の唐揚げに、貝のバター焼きに……そう、ただ一つ、この食卓に問題があるとすれば。


「これは……些か、作りすぎではないのですか?」


 品数はもちろん、ひとつひとつの量が多い。むしろ多すぎる。俺のみならず、みんなで食べているにも関わらず、テーブルの上の料理は一向に底をつく気配を見せない。これを食べきれるか、と言われれば、かなり苦しいところであろう。


「ガルフレアさんは大人の男性だって聞いたので、沢山召し上がるかな、と思って、少し多めに準備しておいたんですよ」


「……それはもちろん有り難い事なのですが」


「どんな大男を想像してたんだよ」


 暁斗が小声で突っ込みを入れる。しかし、俺の為に用意されたと言うならば、食べきらなければ失礼だろうな……非常に厳しいが。


「ところでガル、俺と優樹には普通の口調で、楓には敬語なのは何故だ?」


「あ、いや、それは……何となく、だが」


「ふふ、私にも楽に話して下さい。これから一緒に暮らすんですから」


「……分かりま……分かった。では、あなたも俺に敬語は使わないでくれ」


 楓の落ち着いた雰囲気には、どうにも畏まった態度をとってしまいそうになる。早めに慣れなければな……。


「みんな、食べ終わったらケーキもあるからね」


「まず、これを食べきるのが難しいと思うんだけど……」


「食べきれなければ無理しなくていいわよ。ガルフレアさん……ガルって呼べば良いのかしら? あなたの分もあるから、甘いものが好きならどうぞ」


「ああ、ありがとう。ところで、何か祝い事でもあるのか?」


 国によって文化は多少異なるだろうが、ケーキなどそこまで頻繁に食べるものではないだろう。そう訪ねると、瑠奈が答えてくれる。


「実は、今日はお父さんの誕生日なんだよね」


「なに? そうだったのか……」


 つまり俺は、家族の祝いの席に乱入してしまったのか。途端に申し訳なさが強くなる。


「済まない。せっかくの日に、厄介事を持ち込んでしまったようだ」


「なに、気にするな。それに、俺も賑やかなほうが好きなんでな。むしろ喜ばしいサプライズだと思っている」


「……しかし」


「じゃあ、こうしない? お父さんの誕生日祝いと兼ねて、新しい家族の歓迎会」


 ……家族?


「そいつは良いな。それならばガルも主役だ」


 そうか。俺はこれから、彼らの一員となるんだったな。それはきっと、俺が記憶を取り戻すまでの一時的なもの。だが、そうだとしても、それは確かに家族と呼べるのかもしれない。


 ふと、思う。俺には、家族と呼べる存在がいたのだろうか。もしいたのだとしたら、その人は俺を心配しているのだろうか、と。

 夢の声を思い出す。彼は俺にとって……どのような存在だったのだろうか。俺にいつか記憶が戻れば、その答えも分かるのだろう。


 だが、今はただ、数時間前まで赤の他人だった俺を、こんなにも暖かく迎えてくれる彼らの優しさが、素直に嬉しい。

 今だけでもいいから、この優しさに包まれていたい……そんな我ながら甘えた感情を抱きつつも、今はそれを悪いものではないと思えた。


「改めて……みんな。これから、よろしく頼む」


「うん。これからよろしくね、ガルフレア!」


 少女の明るい笑顔が……何故か俺には、とても眩しく見えた。










 食事が終われば、もう本格的に夜だ。部屋が余っていると聞いていたが、今は物置として使っていたらしく、少し片付ける必要があるらしい。


「じゃあ、俺達でちゃちゃっとやってくるから、お前はここでくつろいでろよ」


「いや、俺のことなのだから、俺が自分でやるぞ」


「気にしなくていいって。身体だって本調子じゃないんでしょ?」


「そういう事だ。今回はこいつらに甘えておけ」


「……む」


 そう言われると、食い下がるのも少しはばかられる。身体が重いのも事実なので、ここは素直に甘えるべきなのだろう。俺が納得したのを見て、瑠奈と暁斗は上の階へと向かっていった。


「………………」


 目覚めてからそれほど経っていないはずだが、色々なことが決まってしまった。思えば、彼らと出逢えていなければ、今頃どうしていたのだろう。そう考えると、寒気がした。


「大丈夫か? 気分が悪そうだぞ」


「あ、いや……特に問題は無い。心配しないでくれ」


「そうか。だが、無理はするなよ。辛い思いは抱えるな。不安も誰かにぶちまけたほうが楽になるものだ」


 内面を見透かしたような言葉に、溜め息をつく。彼らのおかげで、当面の生活に対する危惧が消え去り、少しは楽になったが……記憶が無いと言う事実は、言いようのない不安を俺にもたらす。それに、やはり焦りはあるのだ。急ぐ方法がないと理解はしたが。


「焦るなと言うのは難しいかもしれないが、時間はある。思い出せるまで、ここでゆっくりと暮らせばいい」


「……ああ」


 今は、信じるしかないな。いつか思い出せるのだと。


「さて、ガル。話は変わるが、君に聞いておきたい事がある」


「何だ?」


「君に、暁斗と瑠奈を任せられるか?」


「……二人を?」


 気が付くと、慎吾の表情からは、不敵な笑みが消えていた。今は真剣な、父親としての顔だ。


「君は明日から、俺達の家族になる。つまり、二人にとっては、君は兄のようなものになるだろう」


「兄……」


「もちろん、それは喜ばしい事だ。だが、俺と君が出逢ってから、まだ半日も経っていないからな。俺には、君がどのような人物なのか、まだ良く分かっていない」


「………………」


「気付いているだろう? それでもなお受け入れたことに、善意以外の理由もあることを」


 俺は頷いた。子供達はともかく、慎吾は計算高く、賢い。いくらこの国が平和でも、俺という存在の特異性、ひいては危険性を理解していないはずがない。ならば……監視だろう。懐に置いておくことで、奇妙な行動を抑制するための。


「敢えて言うならば、君が思っているほどに不用心になるつもりはない。君の人柄は見えてきたし、信じたいと考えてはいるがな」


「疑うのは、当然のことだ。信じていると言われた方が、気味悪く思っていただろう」


「なるほど、慎重な考え方だな。ならばひとつ、君に問おう。俺の子供達を君に預けて、俺は後悔しないで済むのか?」


 それは、二人の父としての言葉。俺を試すための質問だ。


「……俺は、瑠奈に見つかっていなければ、今頃はどうなっていたか分からない。彼女が、俺を救ってくれた」


 考えた答えではなく、心に浮かんだものを、俺は少しずつ口に出していく。


「そして、みんなは、得体の知れない俺を受け入れてくれた。俺に手を差し出してくれた。そのことに、思う部分が無いと言えば嘘になる」


 本当に受け入れていいのか……という思いは、今もある。彼らのことを考えるならば、できるだけ早く離れてしまうべきなのではないかと。


「それでも俺は、あなた達の、瑠奈の手を取った。俺は、記憶を取り戻さなければならない。それには、あなた達の助けが必要だ。差し伸べてくれなければ、そんな考えにも到らなかっただろうがな」


 俺もきっと、半分は打算だ。彼らを利用してでも記憶を取り戻さなければならない、そう考えている。しかし、このように暖かい出迎えを受け、もっと単純な感情も確かにあった。……嬉しかった。ここにいたいと、暮らしてみたいと、そう思った。


「だから俺は、ただ助けられるだけではなく、それに応えたい。俺を助けてくれたみんなの、力になりたい。そう、思っている」


「ふむ。ならば、仮に何があろうと、彼らを護ることを誓えるのか?」


「ありきたりな言葉だが……俺の命に代えても」


 俺がそう答えると、慎吾は俺の目をじっと覗き込んできた。しばし、俺と慎吾の視線が交差する。


「良い目だ。本気のようだな」


「この場だけの取り繕いで言っているつもりはない。もしも護れなければ、俺を殺してくれても構わない」


「……ふ」


 慎吾の口元が、少しだけ上がる。


「君も酔狂なものだな。今日出逢ったばかりの相手に、命を賭けるとまで言えるのだから」


「俺のような男を家族として迎え入れる方が、よほど酔狂だと思うがな」


「はは、違いない」


 慎吾は愉快そうに笑っていた。黙って話を聞いていた楓も、くすくすと笑う。


「済まないな、試すような質問をしてしまって。俺はこれでも、人を見る目はあるつもりだ。病院のやり取りだけでも分かるよ。君は人を出し抜くのには向いていない、誠実な男だとな」


「む……そういう演技をしている可能性もあるのではないか」


「生憎、嘘と演技と計略を見破るのは得意だ。これがもしも演技ならば、君は稀代の知将だな?」


 慎吾は冗談めかしてひとしきり笑った後、もう一度真面目な顔になる。


「だが、命に代えても、と言うのは間違いだ」


「なんだと?」


「護り抜くと言うならば、君自身も生き延びねばなるまい。死んでしまえば、その後は誰も護れないだろう? 第一、自分自身すら護れない奴が、どうして他者を護れるんだ」


 ……護るためには、自分も生き延びねばならない、か。なるほど、言われてみればそうだ。


「それに、俺は君にも死んでほしくはない。君自身を軽く扱う事は許さない。君はもう、俺の家族なのだからな」


「……覚えておこう」


 その言葉は、素直に嬉しかった。立場としては、彼は父か。最初はあまり父親という感じはしなかったが、ゆっくりと話してみると、その大人な部分も見えてきた。


「まあ、あくまでも仮の話、心構えの話だ。今のこの国は平和だし、命の危険など、そうそうあるものではない。世界的には物騒な話も多いし、油断するわけにもいかんがな」


 そこまで言ってから、慎吾は再び笑顔を浮かべる。初めて出逢った時の、不敵なほうの笑み。


「だが……ふふふ、やはり君は向いているかもしれないな」


「…………?」


「君のように、真面目で、かつ、面白そ……有能そうな人材を探していたんだ」


 ……いや、今、面白そうと言わなかったか? わざと言い間違えた気がしてならないが。


「慎吾、本人の意志が優先なのは分かっているわよね?」


「ああ、勿論。ガル、君に先ほど、仕事の話をしていたのを覚えているな?」


 何だ。慎吾の笑顔を見ていると、急に嫌な予感がしてきたぞ。


「丁度、人手不足の仕事があったんだ。君には、それをやってもらおうと思っている」


「あ、ああ……」


 選り好みをするつもりはない。だが、何でそんなに楽しそうなんだ。


「なに、心配するな、変な仕事ではない。向き不向きはあるだろうが、君は恐らく適任だろうと思っている」


「……一応聞いておくが。それは、どんな仕事なんだ?」


「ああ、それは……」





 この後、俺は十分に思い知る事になる。

 綾瀬 慎吾と言う男。それが、どういう人物であるのかを。





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