ギルドの近状
「マスター、表の片付け終わりました」
「ああ、ご苦労さん」
時刻は午後3時半。前半の営業が終わり、お客さんもすっかりいなくなった店内。
お店の営業時間は、前半が11時から3時、後半が6時から10時だ。中途半端な時間かもしれないけど、そこはあくまで副業。メインであるギルド自体の仕事に支障を出さない為にも、稼ぎ時に集中して開くだけだ。依頼で人数が足りない時も営業はしない。
「みんな今日は上がっていいぞ。ガル、お前も終わりにしろ。後は俺がやる」
「分かった。ならば、これが終わったら上がろう」
ちなみに、ジンさんはお客さんがいなくなると同時に『後始末』に向かった。うん、とりあえず生きててね、アトラ。
そうしていると、ギルドのドアが開いた。
入ってきたのは、獅子人の男性。鈍色の毛皮に、がっしりとした体格。熟年の戦士って感じの、威風堂々とした面立ち。背中には、身長ほどはあろうかと言う大剣を背負ってる。
レンはともかく、遼太郎おじさんや上村先生と比較しても、いかにも戦士って体つきで、顔も強面だ。中身は普通に接しやすい人なんだけど。
その人は、私たちに向かってひらひらと手を振った。
「よう。元気か、お前ら?」
「ランドさん!」
この人はランド・アーガイルさん。この街にあるギルドの中でも最大の規模を持つ大ギルド〈獅子王〉のギルドマスターだ。
「どうしたんですか? 直接来るなんて、久しぶりですね」
「なに、ちょいとヤボ用ってやつだ。ウェアルドはいるか?」
「あ、はい。マスター、ランドさんが来ましたよ!」
「聞こえてる。ちょっと待ちな……」
その返事から少しして、ウェアさんがキッチンの中から出てきた。二人のマスターは、ウェアさんがギルドを開くよりも前から付き合いがあるらしくて、仲が良いんだよね。
「久しぶり、ってこともないか。どうした?」
「この近くに来る用があったんで、ついでにな。どうだ、景気は?」
ランドさんの問い掛けに、ウェアさんは苦笑と共に首を振った。
「最近はどうも依頼の入り方が悪くて参る。収入源も、店のほうがメインになっているよ」
「逆に言えば、店は繁盛しているようだな?」
「一応はな。たまにしか開けないのが申し訳ないが、有難いことに常連も増えてきたからな」
「はは、お前の料理にそんだけの価値があるって話だろ。いっそ本業を料亭にしてみたらどうだ?」
「冗談じゃない。ま、依頼が無いのはトラブルが無い証拠だ。平和なのは良いことだと思っておくさ」
ウェアさんの言うとおり、最近は依頼の入り方が少なかった。前は一週間に1、2回開くかどうか程度だったお店も、このひと月の間、週に3回程度にまで頻度が上がっていた。
「実際、そっちをからかってばかりもいられんのだがな。うちも似たような状況だ」
「獅子王でも仕事が減っている、と?」
ランドさんは苦笑しつつ、頷いた。
「正確には、どこのギルドも仕事の入り方が減っているようだ。……それだけならばお前が言ったように、平和なのは良いことだ、と言えるんだが」
「何かあるんすか?」
「ん、少しな。全体に共通して、気になる傾向があるんだ」
「減っているのが、UDBに関する依頼だけ、ということか?」
ウェアさんのその言葉に、ランドさんのみならず、みんなの視線が集まる。
「流石に気付いてたか」
「まあな。他のマスターにもたまに話は聞いていたところだ」
「なら話は早い。お前の意見も聞きたいんだが、少し時間はあるか?」
「ああ、俺も近いうちに訪ねようと思っていたから丁度いい。少し待ってくれるか?」
ウェアさんはそう断ってから、くるりと背を向けて声を張り上げた。
「ジン! そろそろ良いだろう? 戻って来てくれ!」
マスターがそう呼びかけると、少しして奥からジンさんが現れた。……そして、鎖でズルズルと引きずられているアトラは、見事にぐったりしてる。
「申し訳ありません、お待たせしました。ランド、あなたも来ていたのですね」
「……大丈夫なのか、そいつは?」
「何のことでしょう? ……おや、鎖の先にボロ雑巾が絡まっていました」
『………………』
一同がコメントを返せずにいる中、ボロ雑巾もといアトラが鎖から解放され、床にゴトリと崩れ落ちた。
こってり絞られたのか、そのままぐったりしてるアトラに、コニィがちょっと心配そうに駆け寄る。
彼女のPS<生命の炎>は、治癒能力だ。彼女の発する光には、生物を癒し、生命力を活性化させる効果がある。戦いでケガも多い仕事だから、みんないつもお世話になってる。
コニィは優しいから、こういうお仕置きとかでもすぐ治療してくれるんだよね。と言っても、今のアトラはただのポーズだろうけど。
「アトラさん、少しは反省しましたか?」
「反省した……だからもっと癒してくれコニィ……クソメガネの説教はもう嫌だ……可愛い女の子に包まれたい……」
「……反省の意味、分かっていますか?」
「懲りていないようだぞ、ジン」
「残念ながら、バカは死ななければ治らないようですので。止めを刺す許可が出れば、すぐにでも葬るのですが」
そんな様子に、マスターは頭を抱えながら盛大な溜め息をついた。ランドさんも、同情の視線をマスターに送っている。
「コホン! まあ良い。ジン、悪いがランドと話がしたい。戻ってくるまで、作業の続きを頼めるか?」
「はい、かしこまりました」
「瑠奈、ガル。お前達はこのまま上がっていいぞ」
「良いのか? 戻るまで手伝っても構わないが」
「気にするな、どうせすぐに戻るからな」
休むのも仕事のうちだぞ? と、マスターは微笑む。
「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらいますね」
「ああ、ゆっくりしな。と、待たせたな、ランド。とりあえず、俺の部屋で構わないな?」
「ああ、問題ない。ならば、行こうか」
ランドさんは、私達に軽く手を振ると、マスターと共に奥に向かっていった。