副業
――食事処〈red fang〉。それが、副業で開かれた時のお店の名前だ。
こういうのはシンプルな方がいい、ってのはウェアさんの言葉である。
「いらっしゃいませ!」
「失礼します。オーダーはお決まりですか?」
「三番テーブル、デザートお願い!」
今日もお店は大賑わい。夜は酒場と言う名目でやっているうちの店だけど、お昼時の今は、子供連れの家族なんかで賑わう普通のレストランだ。
私たちも、初めて見た時には驚いた。副業と言うからもうちょっと、こじんまりしたものを想像していたんだけど……フタを開けてみれば、ご覧の通りの大繁盛。そこらのレストランにも負けない。
その理由の一つが、マスターの料理。ウェアさんの作る料理は本当に美味しくて、しかも安い。元々、何でギルドの副業がレストランかと言うと、ウェアさんが趣味の料理を何とか利用できないかと考えたのが始まりらしい。
実際、最初のころはお店もウェアさん一人で切り盛りするぐらいの規模だったみたい。けど、口コミで噂が広まった結果、一人じゃどうしようもないくらいに繁盛しちゃって、今みたいな形になったんだって。
開く日が不定期だとか、そういうお客さんを遠ざける要素があるにもかかわらず、このお店は『隠れた名店』として有名だった。言葉にすると、ちょっと矛盾してる感じだけどね。
「マスター、オーダー入りました!」
「あいよ。ガル、スープはどうだ?」
「ああ、ちょうど出せるぞ」
ウェアさんは手際よく料理を作っていき、他のキッチンスタッフ……今日はジンさんとガルがそれをサポートする。
ガルの仕事っぷりは、かなり板についてきている。エルリアでもお父さんからの無茶振りをこなしていたし、意外と彼って適応力が高いって言うか。
「瑠奈ちゃん、そっちのオーダー回ってくれっか?」
「うん、今行くよ!」
さっきはあんな感じだったアトラも、さすがに仕事中は基本的に真面目だ。
「普段もずっと真面目なら助かるのになあ」
私がボソッと呟くと、近くにいたコウが苦笑する。
「お前も苦労してんな、全く」
「本当にね。いつとガルと仲良くしてくれたら問題ないんだけど」
「そりゃ……ま、今のまんまじゃ無理だろうな。っと、サラダ出てんじゃん」
ちょっと含みのある言い方をしてから、コウはマスターに呼ばれて配膳に向かう。よく分からないけど、ま、良いか。仕事中だし後にしよ。
このお店の良い所として、お客さんと店員の距離が近い。と言うか、お客さんがみんな良い人で、私達も楽な気持ちで仕事ができる。私自身、こういう仕事は好きだしね。まあ、迷惑なお客さんがゼロとは言わないけど……その末路を思い出しつつ、荒事慣れしたギルドでそういうことする度胸はすごいかもね、とだけ言っておく。
忙しい時間帯はさすがにバタバタするけど、時間もあっという間に過ぎていく。
次第に、入ってくるお客さんの量がまばらになり、空いてるテーブルも多くなってきた。
「もう二時半だね。ピークはそろそろ終わりかな」
「ええ、そうね」
私がふうっと息をつくと、横にいたコニィがそれに応えてくれる。
同い年の女の子ってことで、彼女とはとても話しやすい。……同い年だからこそ、スタイルを比較しちゃうと少し……いや、私だって平均値だもん。彼女がちょっと大きめなだけだもん。
ちなみに彼女もギルドに入ってまだ一年らしいんだけど、しっかりしてるから本当に頼れる先輩だ。ギルドに入っているのは勉強も兼ねてらしいけど、将来は医者を目指していて、仕事の合間にそっちの勉強もしているような努力家でもある。
……それにひきかえ……。
「ところで、アレ、どうする?」
「……ふう」
私が苦笑しながら尋ねると、コニィも溜め息をつきながらそっちを見た。
「あなたのような美しい女性に出逢えて、俺は本当に幸運です」
「あら、誉めても何も出ないわよ?」
「申し訳ない。あまりにもあなたが美しいので、つい声に出してしまうのです」
『………………』
ちょっと前の自分に、あれのどこらへんが真面目なのかを問いただしたくなる。
勤務中であっても好みの女性を見付けると口説きにかかると言う、どうしようもない悪癖。それを発揮しているのが誰かは言うまでもない。
あの芝居がかった口調は、どうやら好みに直球ストライクしたみたいだ。
「もう、アトラさん! まだ仕事中ですよ!」
見かねたコニィが注意に行くけど……まあ無駄だろうね。あの状態のアトラには、周りの声は届かないから。
「俺はあなたのように美しい……いえ、言葉で表せないほどの輝きを持った女性を見たのは初めてです。俺が見た中で、一番だ」
「あら、お世辞でも嬉しいじゃないの」
ちなみに、彼の「今までで一番美しい」は、高速で上書きされる仕様だ。
「お世辞などではありません! あなたを見た瞬間、俺の身体に電流のような衝撃が駆け巡りました……そして感じたのです。あなたこそ運命の人だと」
「アトラさん! お客さんに失礼ですから自重してください!」
コニィの注意を右から左へ受け流しながら、アトラの暴走は続く。他のお客さん……主に常連さんは、もはや一種の名物と化したその口説きを見ながら楽しんでいたりする。
「懲りないな、あいつも」
「今日は一段と気合いが入ってるよね。まあ、確かにキレイな人だけど」
ちなみに、口説かれてる女性は黒いロングヘアーの猫のお姉さんで、何だかんだで楽しんでる感じもある。困ってそうじゃないのはちょっと安心だけど、だからいいってわけじゃない。
「止めなくて良いのかよ?」
「止めても止まんないでしょ。それに、そろそろ強制終了の時間だしね」
私がそう言ったのとどっちが先か、調理場から出て来る人影。それに気付かないアトラのヒートアップは最高潮に。
「貴女は罪な人だ。俺の魂は、貴女を一目見た瞬間から、灼熱の炎に包まれてしまった……」
ちなみに、彼の言っているのが本当なら、彼の魂は1ヶ月に一度ほど燃え尽きていることになる。まあ、今から本当に命が燃え尽きるかもしれないけど。
「なら、その罪に対して、私はどうすれば良いのかしら?」
どうでも良いけど、この人も慣れてるなあ……。
「責任をとって貰います!」
「責任?」
「はい! 責任をとって、俺と二人で恋の炎に身を投じ……」
――その瞬間、アトラの首に、何かが巻き付いた。
「ごがッ!?」
突然首を締め上げられたせいで、声にならない苦鳴を漏らす赤豹。
「いやあ、仕事中だと言うのに、何だか随分と楽しそうですねえ」
アトラに巻き付いているのは、白銀に輝く鎖。そしてその先には……微笑をたたえた緑髪の男性が立っていた。
「あが……ジ、ジン、てめ……」
「恋の炎ですか、なるほど。独りで勝手に燃え尽きていてはどうですか?」
「ぐ、お、折れ……ぐえぇッ!!」
顔を真っ赤に(元からだけど)しながら苦しむアトラを締め上げながら、ジンさんはあくまでも涼しげに女性に頭を下げる。
「うちの従業員が非礼を働き、申し訳ありません。今回のお代はこちらからサービスさせていただきます」
「え、ええ……」
口説かれていた女性も、さすがに呆気にとられている。と言うか、端から見ていて笑顔が怖い。
「ガル、マスター。少し話をしてきますので、宜しくお願いします」
「分かった」
「……止めは刺すなよ」
「最大限、努力しましょう」
「……が、ご……」
半分近く白目をむいているアトラを引きずり、ジンさんは奥の部屋へと入っていく。私とコウは、とりあえずその背中に合掌を送ってみた。
時間にして一分後。ランチタイムの営業は、哀れな断末魔と共に過ぎ去っていきました。