変わらない朝
春の朝は、いつだって凄く気持ちいい。
窓から入ってくる光の眩しさと暖かさに、少しずつ目が覚めてく。
時間は朝の8時。いつもより少し遅くなっちゃったね。コウやカイなんかも、最近はなかなか起きられないで困ると言ってた。まあ、あのふたりは年中だけどさ。
春眠暁を覚えず、そんな言葉が浮かぶ。もう少しベッドの中でまどろんでいたい、なんて思うとこもあるけど、そうも言ってられないよね。私は上半身を起こし、大きく伸びをした。
――私達がこの国に来てから、早いもので四ヶ月が経とうとしてる。
最初は不安だったし、大変だったり危ないこともあったけど、だからこそ色んな経験ができた。
そんな国での生活に私が慣れるのに、それほど時間はかからなかった。みんな良い人ばかりだし、みんなもいたからね。
まあ、そんなこんなで……。
「さ、行こっか!」
私、綾瀬 瑠奈。ただ今、ギルドの生活を満喫してます。
バストール国、首都カルディア。
国の広い範囲に未開拓地域があって、多くのUDBが生息してるこの国では、エルリアと違って戦いが身近にある。
さすがに街の中に危険が迫るなんてことはほとんどないけど、逆に言えば、一歩でも街の外に出たら、そこに絶対の安全なんてない。エルリアとは、それだけでもだいぶ違う。
今まで16年生きてきて、分かってたようで分かってなかった世界。本当にあの国は平和だったんだって、ひしひしと感じてる。
そんなこの国に無くてはならない組織が、ギルド。その中の一つ、〈赤牙〉。
そこが、今の私のお仕事してる場所で、同時に私の家。今日もまた、この場所で私の一日が始まる。
私は身支度を整えて、階段を下りる。
普段なら話し声が聞こえるとこだけど、今日はまだ静かだ。昨日は大きな仕事があったし、みんな疲れてるんだろう。
居間(一応は休憩室だけど、ほとんど家なのでみんな居間って呼んでる)にいたのは、一人だけだった。
ペンを片手に書類とにらめっこしてる、真紅の毛並みを持った狼人種の男性。この人がギルドマスター、ウェアルドさんだ。
「おはようございます、ウェアさん」
「ああ、おはよう」
ウェアさんは首をこちらに向けると、優しげに微笑んだ。彼はこういうデスクワークの時には眼鏡をかけてるんだけど、何というかハマりすぎてて……憧れちゃうくらいに大人の魅力に溢れた笑顔だ。
「まだ誰も起きてないんですか?」
「いや。ジンと誠司にはちょっと用事で出てもらっている。後は、蓮も一度起きてから部屋に戻ったよ」
挙げられた名前は、だいたい予想通りなメンバーだ。朝に弱いカイなんかは、間違いなく爆睡してることだろう。
「ああ、それから、ガルは外にいるぞ。いつもの鍛錬だ」
ウェアさんは思い出したようにそう付け加える。私はその意味を理解して、頭を下げてから駆け足にギルドの外に向かう。
「若いとは良いものだな」
ウェアさんのそんな呟きが聞こえたけど、よく意味は分からなかった
バストールは、開発途上国に分類される。
だけど、それは技術的な話じゃない。UDBが多くて、国の大部分に人が住めないって地理的な問題だ。
技術面では、むしろ先進国だ。街中の風景は、エルリアとそこまでの違いはない。
「ふう……」
日差しは暖かいけど、朝の風はまだちょっと肌寒い。
私はそのまま、ギルドの裏手に回っていく。そこもギルドの敷地で、私達が自由に使えるようになってる。
基本的な用途は、トレーニングだ。そのための道具も色々と置いてあるため、私もよくこの場所で弓の練習をしている。
そんな場所で、今は一人の男性が剣舞をしていた。
彼はまだ私に気付いてないようで、黙々と刀を振るい続ける。静かで、無駄のない、舞うようなその動きに、私は声をかけるのも忘れて、思わず見入ってしまう。
まるで、そこに確かに相手がいて戦ってると錯覚するほどに、洗練された動き。凄く、綺麗だ。
だいたい一分ほど眺めていると、剣舞は終わった。彼は刀を鞘にしまうと、長い息を吐いた。
「ふう……ん?」
そこでようやく私に気付いたらしい。見られたことに気付いたからか、ほんの少し照れたように耳が動いてる。
私も彼に……ガルに向けて笑顔を返した。
「見ていたのか、瑠奈」
「うん。おはよう、ガル!」
「ああ、おはよう。いつから見ていたんだ?」
「ついさっきから、かな。でも、格好良かったよ、ガル」
「ふふ……そう言って貰えると嬉しいが、少し気恥ずかしいな」
私が素直な感想を口にすると、ガルは照れたように笑った。初対面の時からは考えられないほどに、その表情は柔らかい。
「ガルってよく朝から訓練してるけど、努力家だよね、相変わらず」
「腕をなまらせる訳にはいかないからな。……ところで、何故ここに?」
「いや、ガルが鍛錬してるって聞いたからさ。前に見た時も綺麗だったから、ちょっと見学したいなって」
「……そうか」
彼はどことなく嬉しそうで、軽く尾が揺れてる。邪魔しちゃったかな、と思ってたけど、どうやら気にしなくていいみたいだ。
「一区切りついた事だ。一緒に戻るとするか」
「うん、そうだね。行こ! ……あ、手を繋いでいかない?」
「……勘弁してくれ。またジンにからかわれてしまうだろう」
苦笑するガルの隣に並ぶ。結局、バストールに来ても、私達は変わらないままだ。いや、もっと仲良くはなれたかな?
正直、色々と身構えてたんだけど……こうやってみんなで過ごせる毎日は、大変だけど楽しくて仕方ない。
そのまま他愛もない談笑をしながら、私達はギルドの中へと戻っていった。