これからの日常
実際、その言葉を脳が受け入れるまでには、少し時間がかかった。そして、俺を含めて順番に動きが止まっていく。……UDB、だって? この少年が?
「やはり驚いていますねえ」
ジンは俺達のリアクションで楽しんでいるようだったが、俺達にはそれに突っ込む余裕は無かった。
「ごめんね、ビックリさせちゃったみたいでさ」
「あ、いや、その、えっと……」
さすがの海翔も、口をパクパクとさせるばかりで、言葉らしい言葉を発する事が出来ない。だが、仕方ないだろう。俺ですら、まともに頭が働いている自信はない。
「君が……UDB? その、本当なのか?」
「本当だよ。まあ、僕も『自分は災厄の獣だ』なんて、あまり名乗りたくは無いんだけど」
溜め息混じりに言うと、少年は優しげに微笑んでみせた。
「僕はフィオ・ラインゼーレ。種族は……人が〈白皇獣〉と呼ぶ存在だよ」
「――――」
ようやく少しだけ冷静になりかけていた俺達の思考力は、その言葉に再び吹き飛ばされた。
「……白皇獣って……〈ランクS〉の……?」
「ん。人のランク分けではそうなってるね」
……いや、そんなあっさりと言われる内容ではない気がするんだが……ランクS。つまり、最高の危険度を持つUDB。……人には対処が不可能とも言われる、正真正銘の魔獣。
「と言っても、まだ成体ではないんだけどね。人間換算じゃ、13歳程度になるのかな? だからまあ、能力としても全然なんだけれど」
成体でないと言っても……あのアンセルよりも上、最高ランクの魔獣が目の前に……そうか。誠司だけが気付いた理由が分かった。
「……誠司。本当だと、思うか?」
「……闇の門で戦った白皇獣は……恐らく、彼を四足の獣にすれば、瓜二つになるだろう」
思わず呻いてしまう。彼がそう言うのならば、間違いないのだろう。
「へえ、戦ったことがあるんだね。マスターの戦友って言ってたっけ? 確かにあの動乱には、うちの一族の存在も確認されたらしいからね……残念な事だけど」
ふうっと重い溜め息をつく少年。……彼が本当に白皇獣だとすれば、見た目通りの年齢では……ないだろうな。
「だが……白皇獣の幼体が人型である、などという話は聞いたことがないんだが……どうなんだ?」
「えっと、僕のこの姿については……何て言ったら良いのかな。確かに、これは白皇獣本来の姿では無いよ」
「本来の姿では無い……?」
「うん。この姿は……簡単に言えば、僕の力だよ」
「力?」
「うん。僕は姿を切り替える事が出来るんだ……人型と獣型とをね」
「な……」
人型と獣型を切り替える能力……?
「確かにそれなら、その姿にも説明がつくが……だが、白皇獣がそんな力を持っているなんて話は、初めて聞いたぞ」
「だろうね。この力を持っているのは、僕だけだろうから」
「何だと?」
「つまり、人で言うPSみたいなもの? 僕自身、何でこんな力があるのかは、自分でもよく分からないんだけどね」
……先ほどから、さらりと常識を覆すような発言をしてくるのは、分かっていてやっているんだろうか。UDBにPSが宿る……それこそ、今までに聞いた事が無い。
「信じられないなら、ここで獣型に戻ってみようか?」
「いや、止めてくれフィオ。ギルドが壊れる……」
「む。そもそも、こんなややこしい状況にしたのはマスターじゃんか」
フィオは不満そうに唸ってウェアを睨みつけた後、改めて俺達のほうを振り返った。
「まあ、細かい事をひっくるめると、僕もこのギルドの一員だから、仲良くしてほしいって事」
……本当にひっくるめたな。
だが、手を伸ばして握手を求める少年の笑顔は、実に感じが良かった。こうして見ると、本当に外見年齢相応の子供にしか見えない。俺としては、驚愕していないと言えば嘘になるが、アンセルと言葉を交わしておいて、彼には偏見を抱くのもおかしな話だ。
「……UDB、か……」
瑠奈がぽつりと呟く。彼女達は、つい先日にUDBにより命を落としそうになったんだ。その恐怖心が残っていても仕方ないが……。
「うん……でも、変わらない、よね」
……だが、半ば確信もあった。彼女ならきっと、そうするだろうと。率先して、少年の前へと歩んでいく瑠奈。そして。
「ごめんなさい、大袈裟に驚いちゃって。これからよろしくね、フィオ君!」
そう言って、満面の笑みで少年の手を取った。……逆にフィオの方が面食らっているように見える。どうやら、予想していた反応とは違っていたようだ。それを皮切りに、他のみんなもフィオの元へ集う。
「オレも悪かったぜ、せっかく挨拶してくれたのによ」
「白皇獣か……近くで見るとマジですげえな。おっと、わりぃわりぃ。俺は如月 海翔だ。今度ゆっくり話を聞かせてくれよ!」
「よろしく頼む。おれ達は未熟者だから、いろいろと教えてくれると嬉しいよ」
次々に言葉を投げ掛けてくる子供達に、フィオは軽く目を細めた。だが、そんな少年らしからぬ仕草は一瞬だけだった。
「うん、よろしくね! あはは、もっと怖がられると思ってたんだけど、良い人達みたいで良かったぁ」
そう屈託のない笑顔で言い放った。
「だけど、本当にどうして説明してなかったのさ、マスター」
「別に。ただ、お前を見た時の反応を試してみたかったんだ……仮にも、ギルドに入れる奴らだからな」
「成程ね……けど、人で実験しないでよね」
「済まない。だが、大事な事だからな」
つまり、彼を受け入れるかどうか、テストしたのか……英雄とは、どうしてこう、したたかな人が多いのだろうか。
子供達とフィオが挨拶を済ませ、今度は一同の視線が俺に集中する。……そういえば、海翔もさらりと名乗ったので、しっかりと挨拶していないのは俺だけだな。
「俺はガルフレア・クロスフィールだ。これからよろしく頼む……いろいろと、迷惑をかけると思うが」
「いえ、気にしないでください。ここは、似たような人の集まりですからね」
「人手不足だったからね。私達は大歓迎よ!」
彼らも話は聞いていたのだから、厄介者と呼ばれても文句は言えない立場であるのに、ギルドのみんなは手を差し伸べてくれた。
最近、よくもこう甘い人々に出逢うものだ。だが、こういう甘さを心地よいと思う自分がいる。
「さて、お前達の部屋を準備しないとな。空き部屋は人数分足りていたはずだな?」
「はい、問題なく。では、皆さんをご案内しましょうか」
ジンに促され、俺達は奥に向かう。
「個室付きなギルドというのも、大したものだな」
誠司の感想に、ウェアが笑う。
「ここまで大きくするのにはかなり時間がかかったがな。努力の賜物さ」
そのまま、俺達は部屋の奥にあった階段を上がる。二階には、長い廊下と多くの扉があった。
「ここがメンバーの個室になっています。空いている部屋で、好きなものを使って構いません」
「一応、全部の部屋に寝具は用意してある。必要なものは各自で揃えてくれ」
学生寮のような雰囲気だな。……俺達は一応、高校生と教師でもあるが。
「じゃあ俺は、みんなのギルド入り手続きの準備をしてくる。それぞれ部屋を決めたら、のんびりしていてくれ。詳しい話は明日にしよう」
飛行機の長旅で、みんなが疲れているのを見越しているらしい。
「ありがとう、何から何まで」
「友の頼みだからな。人手が増えるのは願ってもないことだ」
ウェアの優しげな表情に、俺も笑みを返す。
「さて、では俺は少し書類やら手続きの準備を始める。何か不都合があったら、誰かに声をかけるといいさ」
「ああ、ありがとう」
「じゃあ、私達も一旦は部屋に戻りますね」
「どこの部屋かは夕食の時にでも教えてね……ふあぁ、もう一眠りしよっと……」
ギルドの面々も、思い思いの言葉を残しつつ、それぞれの部屋に戻っていった。
俺達だけになると、瑠奈はふうっと息を吐いた。やはり緊張していたのか。他のみんなも各自リラックスしている。
「いろいろ一気に決まっちゃったね」
「そうだな。慎吾のおかげで、展開の早さにはだいぶ慣れているがな」
「……確かにね」
俺達は、顔を見合わせ苦笑する。こちらの心情を鑑みてくれるだけ、慎吾よりよほど優しいとも言える。もちろん慎吾も、最終的にはこちらを考えてくれているのは分かるのだがな。
「で、部屋はどうする?」
「適当でいいんじゃねえか? どうせ中身は一緒だろうし、不都合出たら変えてもらえばいいだろ」
海翔の言うことももっともだな。日の当たり方など細かい事を言えなくもないが、そこまでの差は無いだろう。
「んー……じゃあ俺はここ」
「じゃ、オレは横でいいや」
海翔が階段から一番近い部屋を選び、浩輝が隣に入っていく。
「じゃあおれは……そうだな、あっちにするか」
浩輝の隣はコニィが入っていった部屋なので、蓮はその向かいに入る。
「……とりあえず、ウェアの近くにしておくか」
誠司はみんなと少し離れた、ウェアの部屋の向かいに入った。
「お前はどうする、瑠奈?」
「奥が隣り合わせで空いてるみたいだから、ガルと一緒にそこにしない?」
俺は特に頓着しないので、彼女の言うとおりについて行く。しかし、これだけのギルドを持つとは見事なものだな。やはり、かなりの功績を上げているのか……。
「……相部屋って駄目なのかな?」
「なっ!?」
俺の思考は、瑠奈がポツリと呟いたそれで、平常心とまとめて一気に吹き飛ばされた。
「……なんてね。とりあえず入ろっか?」
「あ、ああ……そうだな」
……からかわれたのか? まあいい……彼女の言うとおり、とりあえず休もう。いろいろ考えるのは……平常心が戻ってきてからにするか。