育まれた絆、新たな仲間
「さて……では、次の事だな」
そう言うと、続けてウェアは子供達に視線を移した。今まで黙って話を聞いていたみんなは、慌てて姿勢を正した。
「君達は、自分の強い意志で彼に同行したと聞いている。だが、俺がどのような立場であり、何をすることになるのかは知らなかったのだろう?」
「は、はい。……割と勢いで動いた部分もありますから。あ、勢いと言っても、遊び半分ってわけではないですよ」
「分かっているさ。しかし、改めて、君達がこれからどうするかを選んでもらおうと思う」
そう言うとウェアは、拳を前方に突き出して、人差し指を立ててみせた。
「一つ、このままエルリアに帰る事。だが、これを選ぶ奴はいないだろう?」
「当たり前だ! ……です。帰るなら、最初から来てないっすよ」
「ふ、力強いな。では二つ目。ここの酒場の従業員として働いてもらう。もちろん、住み込んでもらって構わない」
「酒場で働く、ね……いいんですか、先生?」
海翔がわざとらしく誠司の方を振り返った。
「お前達が飲む訳じゃないなら許す」
「非常時ですからね。じゃあ、他には?」
蓮に問われたウェアは、もう一度だけ手紙に視線を送った。そして、三本目の指を立てる。
「三つ目……それは、君達にも正式にギルドに入ってもらう事だ」
「……ふう」
溜め息をついたのは、誠司だ。
「それが慎吾の案なのは知っているが、お前が素直に受け入れるとは、意外だったな」
「他ならぬ旧友の頼みだからな。うちも、ちょうど人手不足だったのもあるが……先ほど見たと思うが、うちには元々若い連中が多い。そういう意味では抵抗がないってのもあるな」
ウェアは苦笑いを浮かべている。対する子供達は、お互いに視線を交わしていた。
「……先生」
「お前達の事だ。お前達で決めるといい」
「……はい」
子供達の意志を尊重する。それが彼の……ひいては、慎吾達の意見か。
「ガルは……」
「止める気なら、出発前に止めているさ」
俺ももう、何も言わない。彼らは、俺が思っていた程に子供ではないんだ。
「……私は」
俺の意見を確かめると、最初に瑠奈が口を開いた。
「ギルドに入ります。私は……ガルを少しでも助けたい。だから、彼と同じ立場で、同じものに向かい合っていきたいんです」
「……瑠奈」
凛とした態度の、少女の宣言。それが、俺にはとても嬉しかった。彼女に見付けられたからこそ、俺は今ここにいる……彼女との出逢いが、俺にこの道をもたらしてくれた。
「オレも、お願いします! そりゃ危険なのは嫌だけど、オレだってガルを助けたいし、ルナも助けたい。二人は、大切な友達っすから」
続けて浩輝。……友達、か。浩輝がそう思ってくれていたのは、教師をしていた立場としてはまずいのかもしれないが……個人的には、もちろん嬉しい。彼の真っ直ぐさには、俺も支えられてきた。
「ま、二人がこう言っているのに、俺は帰るなんてのは有り得ないですね。……別に、流されてるわけじゃないですよ。俺は、こいつらにずっと世話になってきた。ガルには命を助けてもらった。だから、俺にできる恩返しをして、みんなで一緒に帰るって決めているんです」
海翔の印象も、最初と比べるとかなり変わった。荒っぽいように見えて、いつでも周りに気を配り、誰かのためになろうとする頼もしい男だ。
「おれもです。おれは、人を助けるために武術を習ってきましたから、ギルドの活動は望むところです。それに……おれにも、目的がある。そのために、強くなりたいとも思いますから」
蓮の目的……ルッカのことか。その目標はきっと、果てしなく遠い。だが、彼はきっと堅実に前に進んでいくのだろう。ひたむきなその思いが届くまで、俺も力になってやりたい。
四人の真っ直ぐな願いが、ウェアに向けられた。ウェアは、そんな四人の目をじっと見つめ返していたかと思うと、ふっと笑顔を見せた。
「不思議なもんだな……あの時の子供達が、こんな形で訪ねてくるとは」
「え……?」
「覚えているはずはないだろうが、君達がまだ小さい時、抱き上げたこともあるんだよ。だから、少し感慨深くてな」
「そうなんですか……」
考えてみれば、彼は慎吾達の友人なのだから当然か。
「もちろん、瑠奈……君の兄、暁斗もな。彼は元気か?」
「あ、はい……今回もついて来るって言ってたけど、説得して残ってもらったんです」
「そうか……」
ウェアの口元が微かに動いた気がしたが、その言葉は聞き取れなかった。
「これも血筋なのかな。君達は、あいつらの若い頃によく似ている。……あいつらが闇の門での戦いに志願した時のことを、思い出してしまったよ。なあ、誠司?」
「……そうかも、しれないな。あの時のオレ達よりもさらに若いが……それでも、この心意気が本物であることはオレが保証する」
そうか、とほころんだ赤狼の表情が、どこか哀しそうにも見えたのは俺だけだろうか。
「だが、俺自身が見極める必要もあるだろうさ。君達の覚悟がどこまで本物か、これからじっくりと見せてもらおう。一員となった以上、俺は君達の力も平等に当てにさせてもらうからな? 期待しているぞ」
瑠奈達がその言葉の意味を解するのに、少し時間がかかったようだ。間を置いて、子供達は互いに顔を見合わせる。そして、ウェアに一礼。声を揃えて言った。
『よろしくお願いします!』
はっきり言って、今まで荒事に関わっていなかったみんなに、ギルドの仕事は多くの困難が待っているだろう。彼らもそれは理解しているはずだ。それでも彼らは、嬉しそうだった。
「若さとは良いものだな」
そんな様子を見ながら呟いた誠司。何かを懐かしむような、そんな表情だ。
「そうだな。昔を思い出すよ」
「ふふ……。思い出しついでに、オレもたまには荒事に挑戦してみるかな」
「何?」
誠司の言葉に、一同は訝しげに獅子の方へ振り返る。ウェアは何かに気付いたようだ。
「……まさか、お前もギルドに入るつもりか」
「問題か?」
「えっ、せ、先生……!?」
「なにを大袈裟に驚いている。オレは言ったはずだぞ? 引率だとな」
皆が驚愕に声を上げる……俺も、ある程度落ち着くまでの引率だと思っていた。
「オレは言ってみたら代表だよ。あいつらから、子供達について託された。ならばこそ、オレには最後まで導いてやる義務があるだろう。……それに、名目は研修で、彼らは変わらずうちの生徒だ。それなのに勉強させないのは困るからな」
「うっ……!?」
勉強という単語に、浩輝が明らかに顔をしかめた。
「俺は構わないが……お前にも家庭があるだろう?」
「妻にも息子にも話してある。学校も慎吾に任せたから問題は無いな……文句も無いよな? 橘」
「う……は、はい……」
尻尾をだらりとさせる浩輝に、賑やかな笑いが巻き起こった。……結局、みんな一緒になるんだな。不謹慎かもしれないが、俺は嬉しい。
ウェアはみんなのやりとりに微笑みながら、立ち上がる。
「お前達! いつまでそこにいるつもりだ?」
彼が一喝すると、申し訳なさげにドアが開き、ぞろぞろと先ほど酒場にいた面々が現れた。
「まったく、悪趣味な奴らめ……」
「いやあ、申し訳ありません」
口ではそう言いながら、涼しげに笑う人間の男性。どう見ても悪いとは欠片も思っていないようだ。
「まあいい。話は聞いていたな?」
「はい、しっかりと。この方達が、明日から同僚になるんですよね?」
彼らは俺達をじっくりと観察している。俺の事も聞いていたはずだが、幸いにも嫌悪感などを表している者はいないようだ。
「そうだ。自己紹介しておけ、明日からの家族だからな」
「了解よ、マスター!」
猫人の少女が明るく答え、それに合わせて一同が並ぶ。俺達も、誠司に促されて立ち上がる。
「では、まずは私から。私はジン・バルティス。一応、今のメンバーでは最古参になります。主にマスターの補佐を受け持たせていただいている、言わば参謀役ですね」
最初に名乗ったのは、緑髪の人間の男性である。長身で色白、眼鏡をかけており、穏やかな笑みを絶やさない。丁寧な物腰だが、ただ礼儀正しいというわけではないようだ。
「オレは上村 誠司だ。よろしく頼む」
「いえいえ。マスターの戦友の力、たびたび耳にしていました。期待させてもらいますよ」
眼鏡の奥で光る眼光……敵に回すと怖いタイプの男だな、という直感がある。いかにも切れ者、と言った佇まいだ。
「そんじゃ、次は俺様な。俺様はアトラ・ブライト! よろしく頼むぜっ」
続いて名乗った赤い豹人がウインクしてみせる。髪は少し長めの朱色で、気さくな笑みを浮かべている……何だか、視線が瑠奈に集中している気がするが。
「私は綾瀬 瑠奈です。よろしく、アトラさん」
「アトラで構わねえぜ? いや~、君みたいな可愛い子と一緒に働けるなんて、嬉しいねえ!」
「え? そ、その……」
……随分と軽い男だな。悪い奴ではなさそうだが……警戒しておこう、瑠奈周辺を。
「まったくもう。新入りさん達にこれ以上引かれる前にあんたは黙りなさい!」
白い猫人の少女が、アトラを押しのけてひらりと前に出た。女性にしては背が高めで、髪は水色のショートだ。全体的に、快活な雰囲気を見せている。
「私は相沢 美久よ。みんなはエルリアの人なのよね? 私も母さんがエルリア人なの。よろしくね」
「ああ。おれは時村 蓮だ。これからよろしく頼むよ」
「ええ、歳も近いみたいだし、仲良くしましょ? あ、瑠奈だったかしら。そこのエロ豹が何かしてきたらすぐ相談してよね!」
「誰がエロ豹だガサツ女! 心配しなくてもそのまな板に欲情なんざしたことねえよ!」
「何ですってぇ!?」
売り言葉に買い言葉、取っ組み合いを始める二人……ウェアが頭を抱えながら大きく咳払いすると、すごすごと離れていった。年齢は瑠奈達より少し上、程度か。母の姓を名乗っているようだが、何か事情があるのだろうか。
「もう……ごめんなさい、いきなり変なところを見せてしまって」
「はは、気にしねえでくれよ。むしろ仲良くていいなって思ったぜ、オレは」
「そう言ってくれると助かります。……最後は私ですね。コニィ・エルステッドです。都合により、医者の勉強をしながらこちらで働かせてもらっています」
最後に礼儀正しく頭を下げたのは、ふわりとした薄桃色のロングヘアーを持つ人間の少女だ。優しげで物腰の柔らかい、親しみやすそうな子である。背は平均か少し低め程度で、スタイルが良い。
「オレは橘 浩輝だ。えっと、同い年くらいかな? だったら、気楽に話してもらえると有り難いんだけど」
「そうですか? ……うん、そうね。よろしく頼むわ、浩輝」
優しげに微笑み、手を差し出したコニィと後期が握手している。一見するとギルド員に似つかわしくない少女だが、みんなともいい友達になれるだろう。
ここにいる全員の紹介が終わったが……改めて、メンバーが少ないな。ウェアを含めて五人だけでやってきたのか?
「正規メンバーはこれだけか、ウェア?」
「ああ……実はこの間、メンバーが独立して、新たにギルドを開いたばかりなんだ」
「なに?」
「さっきも言ったが、ちょうど人手不足だったんだよ、うちも。実際の所、お前達の提案は、うちにとっても渡りに船だったって事さ」
……なるほどな。
「慎吾はそこまで考えて?」
「まさか。この事は話していないからな……と言いたい所だが、あいつならば有り得るな」
と言うより、慎吾がやったと考えれば、どんな事も有り得るのでは無いかと感じてしまう。
「ただ、現メンバーにもあと二人、フィオとイリアって奴らがいる。イリアは現在、他ギルドのサポートで他国に派遣されているがな」
「では、そのフィオは?」
「ああ、フィオは……ちょっと待っていてくれ」
ウェアは何か考え込むような様子を見せたあと、部屋を出ていった。
「どうしたんだ?」
「起こしに行ったのでしょう。フィオは昨日の依頼で明け方に帰ってきて、今は疲れて寝ていますからね」
「そうなのか……フィオというのは、どういう人物なんだ?」
「ん? あー……そうだな。見た目と仕草だけなら子供だ。あと、初めて見たらビックリする」
「……見たらビックリ?」
どういう意味だ。外見に何か特徴でもあるのか?
「ま、マスターもけっこう人が悪い所があるってこったな。大方、理由は想像つくけど」
「そうね。普段はジンさんのほうが目立つけど、したたかだもん、マスターって」
ギルドのみんなは何かを察しているようだが、当然こちらには何の事だかさっぱりだ。
「フィオが来れば分かりますよ。少しゆっくりしていて下さい」
何だか一抹の不安が拭えなかったが、ひとまずは言われた通りにするしか無いようだった。しばらくの間、軽い雑談をしたり部屋の中を観察したりして時間を潰す。そして、2、3分が過ぎた頃。
『うーん……正直、まだ眠いかな……』
『悪いが、大事な話だからな。少し我慢してくれ』
そんな会話が聞こえてくる。ウェアの相手は恐らくフィオと言う人物だろうが、確かに声だけを聞く限り少年のようだ。
それにしても、随分と平均年齢が低いようだな。ウェアとジンはともかく、アトラは俺より少し下程度、美久とコニィは瑠奈達と同年代だろう。熟年のメンバーはみんな独立してしまったのか?
だが、外見や年齢で判断出来ない部分もある。このメンバーで運営が出来ると判断したから、ウェアも独立を許可したのだろう。そもそも、高校生を引き連れて来た俺が言えた義理ではない話だ。
そんな事を考えていると、部屋のドアが開く。……ウェアの横には、一人の少年がいた。彼がフィオ、なのだろう。
「…………?」
「ふわあぁ……おはよ、みんな」
「おはよう、フィオ」
少年とギルドメンバーが平凡な挨拶をしている間、俺達は確かに『ビックリ』していた。そして、フィオの視線が俺達に向けられる。
「マスター、この人達? ……って、何で驚いてるの?」
フィオは俺達の様子に逆に驚いていたが、少し考えてからウェアを振り返った。
「マスター、ひょっとして説明してない?」
「ああ……。済まないな」
「うーん、僕はいいんだけどさ。僕から説明するのも少しややこしいんだけど……」
フィオは困ったように、深いブルーの瞳を行ったり来たりさせている。……少年の外見。確かにそれは、特徴的だった。
体格は、アトラの言うとおりに少年のもの。10代の前半、と言ったところだろう。
……黄金のたてがみに、白い毛皮。頭部は狼のようにも見えるが、竜のような角があり、部分的に白銀の鱗が覆っている。背中には、黒い羽根に覆われた巨大な翼。少年の体格には不相応な大きさだ。太い尻尾や手足も、頭部と同じく鱗に守られていた。
……彼の種族は、何だ? これはどう見ても、普通の獣人ではない。
最初に浮かんだのは、異種族間の夫婦に稀に生まれる〈複合種〉である事。……だが、違う。複合種は複数の種族が混ざった存在。彼の外見は、明らかにそれ固有のものだ。少数種族? それにしても……。
「……まさか」
ただ一人、反応が違ったのは誠司だ。彼だけが何かに気付いたようで、動きを硬直させている。だが、彼ほどの男がここまで驚愕しているだと? いったい、何が。
「あー……えっと、気付いちゃった、かな?」
「……君は……もしかして」
少年は、苦笑が混じった溜め息をつくと、誠司に向かって頷いた。
「そうだよ。僕は……UDBさ」
――確かにそれは、硬直するには十分な理由だった。