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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
2章 動き始めた歯車
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ギルド

「マスター。客人がいらっしゃいましたよ」


「ああ、聞こえている。少し待っていてくれ」


 慎吾からの伝達は問題なかったようで、酒場のスタッフと思われる男性が奥に向かって呼び掛ける。返事はすぐにあり、少し経ってから現れたのは、真紅の毛並みを持った狼人の男性だ。ウェアルドと思われるその男性は、俺を見て目を細めた。


「……君は……」


「…………?」


 何か失礼でもしただろうか、もしくは伝達漏れか。そう思っているうちに、他のみんなも入ってきた。ウェアルドの視線が一同を眺め、誠司を見たところで止まった。


「ああ……済まない。慎吾からは、君の細かい情報は『見てからのお楽しみだ』などと言われていたからな、顔などを知らなかったんだ。思ったよりも若かったから、少し驚いてしまった」


「……なあマスター、それ大丈夫なのか? 変な詐欺とかじゃねえよな?」


「はは。まあ、その証明も兼ねた同行者ということだろう。……久しぶりだな、誠司」


「よう、ウェア」


 俺の後ろにいた獅子人が、前に出る。旧友との再会に、その表情はほころんでいた。


「さて……まずは中に入りな。旧友とその連れを立たせたままってのもおかしいからな。お前達、悪いが片付けの残りは任せるぞ」


「ええ、かしこまりました、マスター」


 俺達は、ウェアルドに促されるまま、奥の部屋へと向かった。











 案内された部屋は、従業員の休憩室のようだ。いくつかのテーブルに、ソファーやテレビも置いてある。俺達は、一つのテーブルに集められている。


 英雄のひとり、ウェアルド・アクティアス……か。

 すらりとした体躯。無駄無くついた筋肉。ルビーを思わせる色の毛並み。髪の色は、俺と似た金髪だ。顔立ちも整っている。

 年齢相応の大人の雰囲気と、それにそぐわない若々しさを併せ持っている、とでも言うべきか。


「さて。慎吾からはどこまで聞いているんだ、ウェア?」


「おおよその事情は聞いているよ。しかし、さっきも言ったが、本人については直接確認してくれ、としか言われていなくてな。まったく、あいつは変わっていないよ」 


 苦笑いしつつ、どこか懐かしんでいるようにも見えた。尚、瑠奈達はと言うと、部屋の中を見回したりはしているが、緊張しているのか言葉は発しない。


「ガルフレア、だったな?」


「……はい」


 名前を呼ばれた俺は、姿勢を正す。


「君は、記憶が無いそうだな」


「はい。全て……では無いのですが、大部分が欠けてしまっています」


「そして、慎吾に俺を紹介されてここに来た……だが、詳しい説明は受けていないんだろう?」


「はい……バストールに向かえと言われただけで、何をすべきか、までは」


 あいつらしいな、と呟いて、ウェアルドはまた笑った。


「慎吾はあなたが、自分が知る限りで最も俺の記憶に近い人物だと言いました」


「だが、その意味は話さなかった、か」


 俺は小さく頷く。


「まず先に言っておくが、俺が君の記憶について明確な答えを持っているわけではない」


「……はい。それは慎吾も言っていました」


 落胆が無い、と言えば嘘になるが、そう簡単に事が運ぶとは最初から思っていない。


「彼の言葉の意味……どういう事なのですか?」


 ウェアルドは、考え込むように顎に手を添える。


「ガルフレア。君は〈ギルド〉の事を知っているか?」


「ギルド……」


 俺は、自分の知識を探ってみる。その中に、確かにその言葉はあった。


「この国において、人々からの依頼を受け、それを生業とする組合、ですね」


「そうだ。仕事内容は護衛や討伐……基本は荒事だがな。魔獣がはこびるバストールに、自然と生まれた文化のようなものだ。今では他国にも支部がある程の組織でもある。平和なエルリアには無いがな」


 俺の知識によれば、ギルドの力はこの国において必要不可欠。集結させれば、軍国の部隊にも匹敵する戦闘力を持つはずだ。


「さて、慎吾の言葉の意味だが……単刀直入に言おうか」


 ウェアルドは穏やかな……しかし苦笑が混じった笑顔を作る。


「ガルフレア。慎吾は俺にこう言っているんだ……君を俺のギルドに入れてやってくれ、とな」


 ……ウェアルドのギルドに? ……何故? いや、それ以前にだ。


「ウェアルド……あなたは、酒場のマスターではないのですか?」


「ああ、それは副業だよ。ギルドと言うのは収入が安定しないのが常でな。依頼が無い時にはこうしているのさ」


 ならば、まさか……店のスタッフと思っていた彼らは?


「俺はギルド〈赤牙〉のギルドマスター。酒場はギルドの食堂を一般に解放してるというわけだ」


「それならば、ここがあなたのギルドなのですか?」


「そうだ。ギルドメンバーも、正規メンバーは住み込んでいる。他は、人手が足りん時にフリーの奴らに働いてもらったりもしているがな」


「正規メンバーと言うのは……」


「……そこで盗み聞きしている連中だ」


 ウェアルドが溜め息混じりに言うと、扉の向こうからガタゴトという音が聞こえてきた……今、世界では盗み聞きが流行っているのだろうか?


「済まないが、あいつらの事はひとまず気にしないでくれ。どうせ注意してもあの手この手で聞こうとするだろうからな」


 ウェアルドの言葉に、俺はひとまず気を取り直す事にする。


「よく意味が分からない、という顔をしてるな」


「……正直に言えば。ギルドに入って、どうなると言うのですか? それが、俺の記憶とどう関わりがあると……」


「確かに直接の関わりはないな。だが、利点はある」


「……説明して貰えますか?」


「単純な話だ。ギルドには、独自の情報ネットワークがある」


「情報ネットワーク?」


「ああ。依頼の中には、人捜しだの何だのもあるからな。そういった情報は共用しているのさ」


 人捜し……情報の共用……なるほどな。


「何しろ、依頼は世界中から受け付けているからな。様々な情報が自動的に入ってくる」


「……つまり、俺の過去について、何らかの情報が入る可能性もあると?」


「そうだ。俺が君について尋ねる旨を出しておけばいい。アテもなく手掛かりを探すよりは確実だろう?」


 確かに、彼らはその道のエキスパート。俺が一人で闇雲に手がかり探すより、遥かに効率はいいはずだ。


「だが……問題もある」


「問題?」


「君が記憶を探している、と言う情報が外部に流れる事だ」


「…………!」


 彼の言わんとする事、そして、若干言い辛そうだった理由が分かった。


「記憶喪失の人物についての情報収集……その性質上、各地のギルドに君の情報を流す事になる。そして、広まった情報を完全に隠し通す事は難しい」


 通常ならば、情報が広まる事は利点の一つと言えるのだろう。相手が同じように捜していたとすれば、向こうがこちらを見付ける手掛かりになるのだから。しかし、俺の場合は。


「君についての必要な情報は、ある程度は慎吾に聞かされている」


「……では、俺が自分の組織を裏切った事も?」


「ああ……。君の元いた組織がどれほどの規模かは分からないが……恐らく、君の動向を警戒している筈だ」


「……彼らが俺を見逃したのは、今の俺に記憶が無く、障害になり得ないからだ。もしも俺が、記憶を追う過程で彼らの障害になれば。俺が記憶を求めている事を知られれば……彼らが襲い掛かってくる可能性も、あるでしょう」


 言わば、諸刃の剣。彼らと対峙出来れば、それは最大の手掛かりだ。だが、それは同時に命の危機を意味する。


「ギルドに『入る』と言うのは、その対策でもあるんだ。君について調査するだけならば、別に君がメンバーになる必要はないだろう? だが、俺達の一員として側にいれば、すぐに力を貸すことができる」


「……ですがそれでは、あなた達が危険な目に遭う可能性が……」


「それについては気にすることもないだろうよ。どちらにせよ、ギルドには荒事が多い。言ってみれば元から危険だらけなのさ。それに……君がこの話を断ったとしても、エルリアのような事件が起こる可能性はあるのだろう? 自分で名乗るのはむずがゆいが、俺も英雄のひとりなのだからな」


「…………!」


「ならば、君が俺達に力を貸してくれた方が建設的だ。少なくとも君のかつての仲間は、エルリアを救ってくれた。無関係な者に、話し合いもせずに襲い掛かってくるような連中ではあるまい」


 俺が厄介ごとを増やすのならば、その分の力を貸せばいい……か。それは、単純なギブアンドテイクだ。だからこそ、受け入れやすかった。


「さて。慎吾には、話を聞かせた上で君が望むようにさせてやってくれ、と言われている」


 ウェアルドの視線が真っ直ぐに俺を射抜く。その眼はどこか、俺に問いかけてきた時の慎吾に似ていた。


「ギルドに入るも、独自の方法を探すも、君の自由だ。勿論、エルリアに帰って皆と平和に過ごしても、全てを捨ててここで静かに暮らす事を選んだとしても、誰も君を責めはしないだろう……どうする?」


「…………俺は」


 正直、未練はある。偽りでも構わないから平和の中にいたい、とも思う。彼らに負担をかける申し訳なさもある……それでも。


「俺はもう、戦う事を決めた。自分の記憶から、逃げはしない」


「戦い抜くのは辛い道だぞ。それでも、か?」


「分かっているさ。誠司にも言われた事だ。だが、その道から逃げたら、俺はいつまでも自由になれないと思うから。それに……どれだけ辛い道であろうと、今の俺は一人ではないからな」


 瑠奈達に視線を送ると、自然と笑みが浮かんだ。

 もしも一人なら、全てを投げ出していたかもしれない。だが俺には、支えてくれる友人達がいるから。


「ふふ。口調が素に戻っているな?」


「あ……も、申し訳ない、思わず……」


「いや、そのままでいいさ。……じゃあ、お前の決断を聞かせてもらおうか?」


 心なしか、ウェアルドの口調も少し砕けている。


 ……迷いは無い。俺は、死にはしない。約束したからな……全員で帰ると。


「……俺を、あなたのギルドに入れてくれ、ウェアルド」


「…………ふ」


 赤狼は、満足したように小さく笑う。ウェアルドの笑みは、どこか人を安心させる……父の包容力に近いものを持っていた。


「良い目をしているな、お前は。慎吾があそこまで真摯に頼み込んできたことにも納得できるよ」


「もしもそうだとすれば、それは俺を支えてくれた人のおかげだ。みんながいてくれたから、俺は……前を見れるようになった」


「そうか。……良いだろう。赤牙のギルドマスターとして、お前を歓迎しよう、ガルフレア。お前は今日から、俺達の仲間であり、家族である。忘れるな」


 ウェアルドは手を差し伸べる。俺は自然と頬が緩むのを感じながら、それを握り返した。


「ありがとう、ウェアルド。……いや、マスター、と呼べばいいのか?」


「特にこだわりは無いから好きに呼んでくれ。マスター以外なら、ウェアと呼ぶ者が多いがな」


「分かった……ウェア。ならば、俺の事もガルと呼んでくれ」


 家族、か。思えば、このひと月だけで多くの家族が出来たものだ。だが……悪くないな。


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