それぞれの想い、それぞれの決意
「……英雄の権限は、どこにまで働くんだ?」
「さあな。その行使ができるのは慎吾だけだ」
俺たちは……ファーストクラスを貸し切りにされていた。元から乗る人が少なかったのもあるとは言え、ここまで徹底しなくてもいい気がするが。子供達は、破格の待遇に後ろではしゃいでいる。
「上村先生……」
「誠司でいい。敬語もいらん。これからは学校で働くわけでもないからな。オレと君は、ある意味で対等になるんだ」
「……そうか。ならば、誠司。ウェアルドとはどんな人物なんだ?」
「そうだな……一言で言えば、強い奴だよ。戦闘力もそうだが、どんなことも諦めず、自分の意志を貫き通せる、そんな男だ。闇の門も、あいつがいたから勝てた部分は大きい」
「闇の門、か。誠司は、なぜ闇の門で戦おうと思ったんだ?」
「それは……若かったから、と言うしかないかな」
若干照れくさそうに笑う誠司。学校では厳格な先生のイメージが強かったが、こちらが素の姿なのだろう。
「あの時のオレは、自分の力に自信を持っていたし、幼なじみでライバルだった慎吾が参戦すると言ったから、負けていられないと思ったんだ。馬鹿らしいほど単純な理由だろう?」
「……今の姿からは想像もつかないな」
「もちろん、正義感からの部分も大きかったがな。戦うことで平和になるなら、友を護れるなら。そう考えた」
友のため、か。だから、似たような考えを抱いた浩輝たちを、止めようとしなかったのだろうか。
「けどな。初めて戦場に出た時、オレはどうしていたと思う?」
俺が首を傾げると、誠司は小さく笑った。
「震えていたのさ。泣きながら、な」
それは、過去の自分を戒めているかのような口調だった。
「仲間の死。命を落とす恐怖。そして、自分が数え切れない命を奪っていく感触。オレは、それに耐えられなかった。恐怖と血の臭いに……戦場で吐いたりもした。そんなことにも、実際に戦ってみるまで気付かなかったのさ」
「……当然の反応だろう。誰だって、最初からうまく戦えるわけじゃない」
それでも彼は、戦うことを止めはしなかった。
「戦いに慣れてからも、オレの中に生まれた疑問は消えなかった。この戦いは、何を生み出すのだろう……と。相手がUDBであったとしてもだ。ただ奪い合うだけの戦いは、とても虚しかった」
戦いが生み出すもの、か。そんなものは、俺の知る限りは存在しない。あるとすれば……憎しみ、悲しみ。そして、新たな戦い。そのようなものばかりだ。
「それでも、戦うと決めたから、オレは戦い抜いた。失ったものも、大きかったがな」
例え、何も生み出さないと分かっていても……戦わねばならない時はある。
生み出せなくても、護れるものはあるから。
「戦いの道は過酷だぞ? ガル」
「分かっている。それでも、俺も戦うと決めたから」
「そうか……ならばオレも、君の力になろう。君は素質のある後輩だからな、是非とも早くエルリアに戻り、教師として大成してもらいたい」
「……ありがとう、誠司」
そう、過酷なことなど百も承知だ。それでも、彼らを護るためにも……俺は、戦い抜いてみせる。
貸し切り状態に思いっきりはしゃいだ後、オレは適当な席に座って、親父から貰った包みを開く。
現れたのは、黒いボディに装飾が施された、立派な銃剣。横には親父が書いたっぽい説明書きも入ってた。
「正式名称は〈GB-X・レクイエム・カスタムタイプ〉……」
オレはけっこう武器とか好きなので、その手の情報には詳しい。
レクイエム。切れ味、耐久性、射撃性能、全てが揃った、名前負けしてねえ高性能モデル。コストの問題で少数しか作られなかったらしいけど、性能としては最新鋭にも引けを取らないってやつだ。
「個人向けに、かなりピーキーにカスタムしてるみてえだな。けど……」
カスタム部分の説明を読んでいくと、分かった。こいつのチューニングは、連射速度とかの突撃力が重視されてる。親父の言う通り、オレの戦法とガッチリ噛み合いそうだった。
餞別としては最高だな。ありがとよ、親父。使いこなせるようにならねえとな。
と。突然、横に誰かが座ってきた……カイか。
「よう。お前はそれ貰ったのか?」
「まあな。親父の……兄さんの、使ってたもん、だとよ」
「! ……そうか……」
カイは少しだけ目を伏せた。けど、すぐに普段通りの顔に戻る。
「にしてもよ。俺ら、けっこう貴重な体験をしているよな」
「貴重?」
「ああ。自分たちが英雄の子で、過去を求める記憶喪失の男と共に、かつての英雄の一人を訪ねる……なんて、滅多にねえシチュエーションだぜ」
「……はは。そうやって言うと、確かにすげえな」
「だろ? ま、親父達が英雄って、全く実感が湧かねえけどな」
「言えてる」
英雄だってことを知っても、オレにとって親父は親父でしかなかった。ま、当たり前だけどよ。
オレにとっちゃ親父は、オンオフ激しい、家だとのんびりした普通のオッサンだ。たぶん、それでいいんだと思う。
「でも、今さらだけど、バストールに行ってそうするんだろうな」
「さあな。びびってんのか?」
「何でそうなるんだよ。単純に、何も聞かずに来たなって思っただけだっつーの」
「それを今になって気にすんのがお前って感じだよな」
「どういう意味だっての!」
だけどその通りなので、オレがそれ以上言えないでいると、カイは愉快そうに笑う……くそ、何か負けた気分。
「別に何だって良いんじゃねえか? どうせルナは、ガルが記憶を取り戻すまで付き合うつもりだろうし」
「だろうな。あいつはそういう奴だ。それにオレだって、ガルのことは気になってるしな」
たったひと月の付き合いだけど、ガルが良い奴なのは分かってる。しかも、オレ達はあいつのおかげで助かったんだしな。ほっとくってのも、薄情な話だ。
「ま、そうは言っても、危険がねえってことは無いだろうがな」
「……まあ、な」
ただバストールに行くってだけなら、そこまで思い詰める必要はねえはずだ。UDBは出るかもしれねえけど、あいつら基本的に街は襲わないらしいし。けど、今回はガルのことがある。
「ぶっちゃけ、ただの高校生が関わるべきじゃねえ問題だよな。記憶喪失の男だの、変な組織だの」
「そうだな……」
本音を言っちまえば、怖え。あんなことがあったばっかだし、な。
「でも、それが分かってて、どうしてお前はついて来たんだよ、カイ」
「ん? あー、そうだな……」
言いながら、カイは椅子にもたれかかる。
「別に難しい理由はねえぜ。ルナは昔っからの友達だし、ガルのことも気に入ってる。で、お前らも行くっつったから。そんだけだよ」
「……ほんと簡っ単だな」
「うるせえ。だいたい、お前だってさっきルナに同じようなこと言ってただろうが」
「そうか? ……そうだな」
言われてみりゃ、確かにそうだ。急に笑いが込み上げてくる。
「俺たちには、そんくらい単純なのが似合ってんだよ。大義名分なんて、むずがゆくて仕方ねえぜ」
「そうそう。シンプルが一番、ってな」
馬鹿みたいだと他人は思うかもしれない。けど、単純な理由で行動できるのがオレ達だからな。
「いろいろと大変かもしれねえけどよ……ま、今まで通りに頑張っていこうぜ」
「おう。乗りかかった船ってやつだっての。オレだって最後まで付き合ってやるよ」
オレ達は、二人で顔を見合わせて、心ゆくまで笑った。
「ルナ」
おれは、みんなと少し離れた席にルナを呼んだ。
「どうしたの? レン」
「いや……聞いておきたいことがあるんだ」
おれからしたら……聞いておかなくちゃいけないこと、かな。
「何?」
「お前、ガルのこと……どう想ってる?」
「え? ……急に、どうして?」
「理由はいくつかあるよ。だけど、とりあえずは……ケジメをつけるため、かな」
「……どういうこと?」
ああ。もし、それを説明出来たら、楽なんだろうな。けど、悪い。おれは、臆病なんだ。
「おれがこんなこと聞くの、筋違いだって分かってる。でも……矛盾してるけど、必要なことなんだよ。だから、答えてくれないか?」
ここまで言ったら、気付きそうなものだけど……たぶん、意味は分からないままなんだろう。こいつは、ずっとそうだったから。
ルナは少しだけ考える素振りを見せてから、口を開いた。
「ガルは……私にとって、凄く大切な存在、だと思ってる」
「それは、家族としてか?」
「うん。ガルのそばにいると安心できるんだ。レン達とか、暁斗とかと一緒にいるのとはまた違う感覚かな。上手く説明できないけどね」
「…………ふふ」
思わず笑ってしまった。上手く説明出来ない? そこまで分かっていて、お前はまだ、自分の感情に気付かないんだな。
おれは良く知ってるよ。お前が感じているものを、何と呼ぶのか。何故ならそれは、おれがずっと抱いてきた感情だから。抱いて、抱き続けて、結局何も伝えられなかった感情。
「馬鹿みたいだ、全く」
「レン?」
まったく。おれって、本当に……何でこうも間抜けなんだろうな。滑稽すぎて、笑えてくる。元々、勝負しようとすらしてなかったのに、今さら悔しいと思ってるなんて。
「それだけ聞けたら十分だ……ありがとう、ルナ」
「…………?」
おれの感謝の意味はやはり伝わっていないようで、彼女は首を傾げていた。
……心から諦めるのには、もう少しだけ時間がかかるだろう。それでも、もう分かったから。おれじゃ駄目なんだって……おれよりも相応しい奴がいるんだって。
ガルフレア。一方的で、迷惑な頼みかもしれないけど……ルナのこと、お前に任せたからな。
バストール。
豊かな自然を備えるこの国は、同時に多くの獣の生息地でもある。
文明は発達しているものの、UDB関連の事件も決して少なくはない。少しでも郊外に出れば、そこは決して安全とは言えないのだ。
だからこそ、この地に生きる人々は逞しいと言えた。街中は活気に溢れ、誰もが毎日を全力で生きている。
そして、ここは首都カルディア。その街外れにある、一軒の建物……酒場〈red fang〉
「……んあー、疲れた……」
机に突っ伏してダレる一人の男。明るい赤色の毛並みで、種族は豹のようである。
「おやおや、だらしがないですねえ。そんなところで寝られると片付けが進まないのですが、アトラ?」
そんな彼の横に立つ、緑髪で優しい顔立ちの、眼鏡をかけた人間の男性。アトラと呼ばれた男は、突っ伏したままで答えた。
「そうは言うけどよ、ジン……野郎共の相手ばっかでいい加減やんなるぜ。可愛い子でも来てくれたら話は別だけどな~」
「あんたみたいなのがいるから、女の子が寄り付かないんじゃない?」
横から容赦ない言葉を浴びせるのは、白い猫人の少女。その横には、桃色の髪の人間の少女もいた。
「うるせーな、美久。第一、フィオはどうした? あいつがいねえから回転率落ちたんじゃん」
「フィオなら、昨日の夜中まで仕事だったでしょ? 寝かせてあげなさいよ」
「そうですよ、アトラさん。可哀想じゃないですか」
「お前ら、あいつには優しいのな……」
二人の少女の言葉に、アトラは逆らう気も無くなったようだ。と、キッチンの方から声が聞こえてくる。
「ほらお前たち、いつまで喋っているんだ? わざわざ営業時間を早めた意味が無くなるだろう。急いで片付けてくれ」
その言葉を発したのは、真紅の毛並みの狼人の男性。彼がここの主のようである。
「了解です、マスター。コニィ、マスターと一緒に調理場の片付けをお願いします」
「はい。今すぐ行きますね、マスター」
「ほらアトラ、さっさと働いて下さい。働かないのならば、加工して食材にしますよ?」
「へいへい、働きますとも」
アトラが気だるそうに立ち上がったその時、店のドアが開いた。店内に入ってきたのは、若い狼人の男性。
「……〈red fang〉とは、ここか?」
「ええ、そうですよ。ですが、申し訳ありません。今日は都合により、閉店時間となりました」
ジンの指摘に、青年は困ったような表情を浮かべる。よく見ると、青年の後ろにはさらに何人かの年若い少年少女、そして一人の獅子人が立っていた。
「ああ……すまない、俺たちは客ではないんだ。事前に連絡が行っていると思うのだが」
「……ふむ? では、あなた方が……」
「店を閉めさせまでして悪いな……ウェアルド・アクティアスは、どなただろうか?」
これが、やがて大きな運命へと立ち向かうことになる彼らの出逢いだった。