表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
2章 動き始めた歯車
65/429

それぞれの想い、それぞれの決意

「……英雄の権限は、どこにまで働くんだ?」


「さあな。その行使ができるのは慎吾だけだ」


 俺たちは……ファーストクラスを貸し切りにされていた。元から乗る人が少なかったのもあるとは言え、ここまで徹底しなくてもいい気がするが。子供達は、破格の待遇に後ろではしゃいでいる。


「上村先生……」


「誠司でいい。敬語もいらん。これからは学校で働くわけでもないからな。オレと君は、ある意味で対等になるんだ」


「……そうか。ならば、誠司。ウェアルドとはどんな人物なんだ?」


「そうだな……一言で言えば、強い奴だよ。戦闘力もそうだが、どんなことも諦めず、自分の意志を貫き通せる、そんな男だ。闇の門も、あいつがいたから勝てた部分は大きい」


「闇の門、か。誠司は、なぜ闇の門で戦おうと思ったんだ?」


「それは……若かったから、と言うしかないかな」


 若干照れくさそうに笑う誠司。学校では厳格な先生のイメージが強かったが、こちらが素の姿なのだろう。


「あの時のオレは、自分の力に自信を持っていたし、幼なじみでライバルだった慎吾が参戦すると言ったから、負けていられないと思ったんだ。馬鹿らしいほど単純な理由だろう?」


「……今の姿からは想像もつかないな」


「もちろん、正義感からの部分も大きかったがな。戦うことで平和になるなら、友を護れるなら。そう考えた」


 友のため、か。だから、似たような考えを抱いた浩輝たちを、止めようとしなかったのだろうか。


「けどな。初めて戦場に出た時、オレはどうしていたと思う?」


 俺が首を傾げると、誠司は小さく笑った。


「震えていたのさ。泣きながら、な」


 それは、過去の自分を戒めているかのような口調だった。


「仲間の死。命を落とす恐怖。そして、自分が数え切れない命を奪っていく感触。オレは、それに耐えられなかった。恐怖と血の臭いに……戦場で吐いたりもした。そんなことにも、実際に戦ってみるまで気付かなかったのさ」


「……当然の反応だろう。誰だって、最初からうまく戦えるわけじゃない」


 それでも彼は、戦うことを止めはしなかった。


「戦いに慣れてからも、オレの中に生まれた疑問は消えなかった。この戦いは、何を生み出すのだろう……と。相手がUDBであったとしてもだ。ただ奪い合うだけの戦いは、とても虚しかった」


 戦いが生み出すもの、か。そんなものは、俺の知る限りは存在しない。あるとすれば……憎しみ、悲しみ。そして、新たな戦い。そのようなものばかりだ。


「それでも、戦うと決めたから、オレは戦い抜いた。失ったものも、大きかったがな」


 例え、何も生み出さないと分かっていても……戦わねばならない時はある。

 生み出せなくても、護れるものはあるから。


「戦いの道は過酷だぞ? ガル」


「分かっている。それでも、俺も戦うと決めたから」


「そうか……ならばオレも、君の力になろう。君は素質のある後輩だからな、是非とも早くエルリアに戻り、教師として大成してもらいたい」


「……ありがとう、誠司」



 そう、過酷なことなど百も承知だ。それでも、彼らを護るためにも……俺は、戦い抜いてみせる。













 貸し切り状態に思いっきりはしゃいだ後、オレは適当な席に座って、親父から貰った包みを開く。

 現れたのは、黒いボディに装飾が施された、立派な銃剣。横には親父が書いたっぽい説明書きも入ってた。


「正式名称は〈GB-X・レクイエム・カスタムタイプ〉……」


 オレはけっこう武器とか好きなので、その手の情報には詳しい。

 レクイエム。切れ味、耐久性、射撃性能、全てが揃った、名前負けしてねえ高性能モデル。コストの問題で少数しか作られなかったらしいけど、性能としては最新鋭にも引けを取らないってやつだ。


「個人向けに、かなりピーキーにカスタムしてるみてえだな。けど……」


 カスタム部分の説明を読んでいくと、分かった。こいつのチューニングは、連射速度とかの突撃力が重視されてる。親父の言う通り、オレの戦法とガッチリ噛み合いそうだった。

 餞別としては最高だな。ありがとよ、親父。使いこなせるようにならねえとな。


 と。突然、横に誰かが座ってきた……カイか。


「よう。お前はそれ貰ったのか?」


「まあな。親父の……兄さんの、使ってたもん、だとよ」


「! ……そうか……」


 カイは少しだけ目を伏せた。けど、すぐに普段通りの顔に戻る。


「にしてもよ。俺ら、けっこう貴重な体験をしているよな」


「貴重?」


「ああ。自分たちが英雄の子で、過去を求める記憶喪失の男と共に、かつての英雄の一人を訪ねる……なんて、滅多にねえシチュエーションだぜ」


「……はは。そうやって言うと、確かにすげえな」


「だろ? ま、親父達が英雄って、全く実感が湧かねえけどな」


「言えてる」


 英雄だってことを知っても、オレにとって親父は親父でしかなかった。ま、当たり前だけどよ。

 オレにとっちゃ親父は、オンオフ激しい、家だとのんびりした普通のオッサンだ。たぶん、それでいいんだと思う。


「でも、今さらだけど、バストールに行ってそうするんだろうな」


「さあな。びびってんのか?」


「何でそうなるんだよ。単純に、何も聞かずに来たなって思っただけだっつーの」


「それを今になって気にすんのがお前って感じだよな」


「どういう意味だっての!」


 だけどその通りなので、オレがそれ以上言えないでいると、カイは愉快そうに笑う……くそ、何か負けた気分。


「別に何だって良いんじゃねえか? どうせルナは、ガルが記憶を取り戻すまで付き合うつもりだろうし」


「だろうな。あいつはそういう奴だ。それにオレだって、ガルのことは気になってるしな」


 たったひと月の付き合いだけど、ガルが良い奴なのは分かってる。しかも、オレ達はあいつのおかげで助かったんだしな。ほっとくってのも、薄情な話だ。


「ま、そうは言っても、危険がねえってことは無いだろうがな」


「……まあ、な」


 ただバストールに行くってだけなら、そこまで思い詰める必要はねえはずだ。UDBは出るかもしれねえけど、あいつら基本的に街は襲わないらしいし。けど、今回はガルのことがある。


「ぶっちゃけ、ただの高校生が関わるべきじゃねえ問題だよな。記憶喪失の男だの、変な組織だの」


「そうだな……」


 本音を言っちまえば、怖え。あんなことがあったばっかだし、な。


「でも、それが分かってて、どうしてお前はついて来たんだよ、カイ」


「ん? あー、そうだな……」


 言いながら、カイは椅子にもたれかかる。


「別に難しい理由はねえぜ。ルナは昔っからの友達だし、ガルのことも気に入ってる。で、お前らも行くっつったから。そんだけだよ」


「……ほんと簡っ単だな」


「うるせえ。だいたい、お前だってさっきルナに同じようなこと言ってただろうが」


「そうか? ……そうだな」


 言われてみりゃ、確かにそうだ。急に笑いが込み上げてくる。


「俺たちには、そんくらい単純なのが似合ってんだよ。大義名分なんて、むずがゆくて仕方ねえぜ」


「そうそう。シンプルが一番、ってな」


 馬鹿みたいだと他人は思うかもしれない。けど、単純な理由で行動できるのがオレ達だからな。


「いろいろと大変かもしれねえけどよ……ま、今まで通りに頑張っていこうぜ」


「おう。乗りかかった船ってやつだっての。オレだって最後まで付き合ってやるよ」


 オレ達は、二人で顔を見合わせて、心ゆくまで笑った。













「ルナ」


 おれは、みんなと少し離れた席にルナを呼んだ。


「どうしたの? レン」


「いや……聞いておきたいことがあるんだ」


 おれからしたら……聞いておかなくちゃいけないこと、かな。


「何?」


「お前、ガルのこと……どう想ってる?」


「え? ……急に、どうして?」


「理由はいくつかあるよ。だけど、とりあえずは……ケジメをつけるため、かな」


「……どういうこと?」


 ああ。もし、それを説明出来たら、楽なんだろうな。けど、悪い。おれは、臆病なんだ。


「おれがこんなこと聞くの、筋違いだって分かってる。でも……矛盾してるけど、必要なことなんだよ。だから、答えてくれないか?」


 ここまで言ったら、気付きそうなものだけど……たぶん、意味は分からないままなんだろう。こいつは、ずっとそうだったから。

 ルナは少しだけ考える素振りを見せてから、口を開いた。


「ガルは……私にとって、凄く大切な存在、だと思ってる」


「それは、家族としてか?」


「うん。ガルのそばにいると安心できるんだ。レン達とか、暁斗とかと一緒にいるのとはまた違う感覚かな。上手く説明できないけどね」


「…………ふふ」


 思わず笑ってしまった。上手く説明出来ない? そこまで分かっていて、お前はまだ、自分の感情に気付かないんだな。

 おれは良く知ってるよ。お前が感じているものを、何と呼ぶのか。何故ならそれは、おれがずっと抱いてきた感情だから。抱いて、抱き続けて、結局何も伝えられなかった感情。


「馬鹿みたいだ、全く」


「レン?」


 まったく。おれって、本当に……何でこうも間抜けなんだろうな。滑稽すぎて、笑えてくる。元々、勝負しようとすらしてなかったのに、今さら悔しいと思ってるなんて。


「それだけ聞けたら十分だ……ありがとう、ルナ」


「…………?」


 おれの感謝の意味はやはり伝わっていないようで、彼女は首を傾げていた。



 ……心から諦めるのには、もう少しだけ時間がかかるだろう。それでも、もう分かったから。おれじゃ駄目なんだって……おれよりも相応しい奴がいるんだって。



 ガルフレア。一方的で、迷惑な頼みかもしれないけど……ルナのこと、お前に任せたからな。
















 バストール。




 豊かな自然を備えるこの国は、同時に多くの獣の生息地でもある。

 文明は発達しているものの、UDB関連の事件も決して少なくはない。少しでも郊外に出れば、そこは決して安全とは言えないのだ。


 だからこそ、この地に生きる人々は逞しいと言えた。街中は活気に溢れ、誰もが毎日を全力で生きている。





 そして、ここは首都カルディア。その街外れにある、一軒の建物……酒場〈red fang〉







「……んあー、疲れた……」


 机に突っ伏してダレる一人の男。明るい赤色の毛並みで、種族は豹のようである。


「おやおや、だらしがないですねえ。そんなところで寝られると片付けが進まないのですが、アトラ?」


 そんな彼の横に立つ、緑髪で優しい顔立ちの、眼鏡をかけた人間の男性。アトラと呼ばれた男は、突っ伏したままで答えた。


「そうは言うけどよ、ジン……野郎共の相手ばっかでいい加減やんなるぜ。可愛い子でも来てくれたら話は別だけどな~」


「あんたみたいなのがいるから、女の子が寄り付かないんじゃない?」


 横から容赦ない言葉を浴びせるのは、白い猫人の少女。その横には、桃色の髪の人間の少女もいた。


「うるせーな、美久。第一、フィオはどうした? あいつがいねえから回転率落ちたんじゃん」


「フィオなら、昨日の夜中まで仕事だったでしょ? 寝かせてあげなさいよ」


「そうですよ、アトラさん。可哀想じゃないですか」


「お前ら、あいつには優しいのな……」


 二人の少女の言葉に、アトラは逆らう気も無くなったようだ。と、キッチンの方から声が聞こえてくる。


「ほらお前たち、いつまで喋っているんだ? わざわざ営業時間を早めた意味が無くなるだろう。急いで片付けてくれ」


 その言葉を発したのは、真紅の毛並みの狼人の男性。彼がここの主のようである。


「了解です、マスター。コニィ、マスターと一緒に調理場の片付けをお願いします」


「はい。今すぐ行きますね、マスター」


「ほらアトラ、さっさと働いて下さい。働かないのならば、加工して食材にしますよ?」


「へいへい、働きますとも」


 アトラが気だるそうに立ち上がったその時、店のドアが開いた。店内に入ってきたのは、若い狼人の男性。


「……〈red fang〉とは、ここか?」


「ええ、そうですよ。ですが、申し訳ありません。今日は都合により、閉店時間となりました」


 ジンの指摘に、青年は困ったような表情を浮かべる。よく見ると、青年の後ろにはさらに何人かの年若い少年少女、そして一人の獅子人が立っていた。


「ああ……すまない、俺たちは客ではないんだ。事前に連絡が行っていると思うのだが」


「……ふむ? では、あなた方が……」


「店を閉めさせまでして悪いな……ウェアルド・アクティアスは、どなただろうか?」




 これが、やがて大きな運命へと立ち向かうことになる彼らの出逢いだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ