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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
2章 動き始めた歯車
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旅立ちの朝

 旅立ちの朝。俺たちは、フィガロ空港を訪れていた。


「人が少ないな……」


「事件の影響で、ここ最近はこの有り様だ。外出を控えるように通達を出させたのは俺だが、そうでなくともみんな不安なのだろう」


「外国に逃げようとする人とか、いそうなものだけどね」


「そういう者もいるのは間違いないな。だが、生まれ育った国を捨てようともなかなか思わないさ。冷静なやつならば、どこの国にも危険があることは分かるだろうしな」


 この一週間の混乱は、かなりのものだった。元々が平和だっただけに、衝撃が大きかったのだろう。今はある程度収まってきてはいるが……やはり、しばらくは根強い不安が残ってしまうと思う。


「一週間前には、こんなことになるなんて……想像もしてなかったね」


「そうだな……」


 平凡な暮らし……俺個人としては、それにいつか終わりが来ることは予測していた。だが、この国そのものがこうなるとは、確かに想像もしていなかった。


「ほらほら、あんま心配そうな顔してんなよ。こっちのことは気にせずに、お前らはやるべきことだけ考えりゃいい! だろ?」


 口ではそう言いながらも、暁斗の笑顔はやや引きつっている。それでも、あの日の選択は曲げず、気丈に見送ろうとしている。何も言わないべき、なのだろうな。


「さあ、行こう。あまり待たせても悪いしな」


「? ……ああ」


 慎吾の言葉に、俺と瑠奈はちらりと顔を見合わせる。待たせる……誰をだ? 楓は何のことか理解しているようだし、横でごまかすようにスマートフォンをいじっている暁斗も、寂しさと苦笑とが入り混じったような、何とも言えない表情を作っている。


 慎吾に従ってしばらく進んでいくと、俺の視界に、予想外の人物が飛び込んで来た。

 荷物を傍らに、腕組みしてこちらを見据える獅子人の男性。


「上村先生……?」


「一週間ぶりだな、ガル、綾瀬」


 先生は、大会の時と同じくラフな格好だった。一つだけ違うのは……その大量の荷物だ。


「先生、どうしてここに?」


 どう見ても見送りという荷ではない。困惑する俺たちに、先生は静かに笑う。


「オレも、バストールに行くことにしてな」


「え……!?」


 そう言いつつ、上村先生は、一枚の紙を荷物から取り出した。


「それは?」


「慎吾の発案でな。学校として、綾瀬の長期研修に関する許可証を出すことにした」


「長期……研修? お、お父さん?」


「形だけはそういうことにした。学校の指導の下に研修を受けているていにしておけば、進級もできるということだ」


「とは言え、完全に形だけでも困るんでな。ガルフレア以外の教員も一人ついて行くことに決まったのさ」


「決まったと言うより、決めさせた、だろう?」


 慎吾の言葉には何も言わず、先生はそしらぬ顔をしている。……どうやら、自分からこじつけてバストールに行くことにしたようだ。


「……それは、どうして俺に隠されていたんですか?」


「ギリギリまで話し合っていたからな。全く何も言わなかった文句は、伝えていないその阿呆に言ってくれ」


「……慎吾。茶目っ気を出すのにも、時と場合を考えてくれないか……?」


「くく。すまんな、性分だ。これは一生直らんよ」


「自分で言うな自分で……。いずれにせよ、ウェアと交流のある者がいたほうがいいだろう? それに、()()も必要だからな」


「引率……?」


 ……何だろう、この「他にも何かある」という、嫌な予感は。

 何か、物凄く重要かつ、単純なことを見落としている気が……。



「よう、遅かったな」



『…………!』


 突如、俺たちの後ろから聞こえてきた、聞き覚えのありすぎる声。

 恐る恐る振り返った俺と瑠奈は、そのまま硬直した。


 そんな俺たちを……三人組は、楽しげに眺めている。


「一週間ぶりだな、ガル、ルナ!」


「……え、え……?」


 瑠奈は声も出せない状態だった。いや、俺もだが。


「ははっ、何固まってんだよ?」


「ずいぶん驚かせたみたいだな」


 俺たち二人だけが、取り残されたかのように慌てふためく。そして、ようやく瑠奈がまともな声を出した。


「こ、コウ……カイ、レン!」


 黙って行くはずだった三人。それが、何故かここに勢揃いしていた。


「どうしてお前たちが……?」


 三人の少年たちは、それぞれが大層な荷物を抱えている。明らかに、ついて来る気だ。


「黙って行こうなんて、寂しいことするじゃんか?」


「それは……」


「ま、黙ってようが、最初っから知ってたけどよ」


「最初から……?」


 俺は暁斗の方を見る。彼は、誤魔化すように明後日の方向を向いていた。

 ……失敗した。俺としたことが、暁斗の盗み聞きを知った後、彼らも聞いていたかもしれないという点まで意識が回っていなかった。


「暁斗、お前……知っていたな」


「いや、えっと。あはは」


「誤魔化すな。なぜ黙っていた?」


 視線を逸らそうとする暁斗を捕まえ、顔を俺のほうに向ける。彼は観念したかのように、両手を上げてみせた。


「悪かったよ。けど、知らなかったのお前らだけだぜ?」


「……何だと?」


 周りを見渡してみると、当事者である三人はもちろん、慎吾も楓も上村先生も……みんな、平然としていた。


「だから引率と言っただろう?」


「もちろん優樹達も、ついでに寺島も知っているぞ。奴もあの時寝ていなかったからな」


「……つまり、みんな知っていながら俺たちに教えず、なおかつ止めなかった、と?」


「そういうことね」


 ……あっさりと言ってのけた楓に、俺は少しずつ頭が痛くなってくるのを感じる。やはり俺は、この人達を甘く見ていたのかもしれない……。


「優樹おじさん、任せておけって言ってたのに……」


「止めるとは一言も言っていなかっただろう?」


「親父もあれでそういうとこあるもんなぁ。ま、慎吾先生の友達やってりゃ、そうもなるだろうけど」


「言っとくけど、今さら止めたって無駄だぜ?」


 海翔は、俺たちに否定を許さない口調で言い放つ。……確かにこの状況下では、今さら止められそうにない。

 しかし……どうして。瑠奈のことが心配ならば、彼女を引き留めればいいだけだろう。


「お前たちな……どれだけ危険か分かっているのか?」


「そんなの、当たり前だろう? 馬鹿だと思うかもしれないけどな」


「友達が危ないのを放っておけるかってんだ。で、この場合、友達ってのにはお前も含まれるんだぜ、ガル?」


「…………!」


 浩輝はにっこりと俺たちに笑いかけてみせる。俺が……彼らの、友達?


「今さら、関係ないなんて言うなよ? 関係なんて、ルナが俺たちの親友で、ガルが俺たちの先生ってだけで十分だぜ」


「……海翔」


「おれには個人的な事情もあるしな。とにかく、おれ達は自分の意志で決めた。お前たちについて行くって」


 蓮の言葉に、他の二人も同意を示した。……瑠奈と同じで、その目に迷いは全く見えない。


「お前の負けだよ、ガル」


「上村先生……」


「どの道、綾瀬の決意だけを認めて、こいつらを認めないのも不公平だからな。だからこそ、オレもこちら側についた。オレやお前にできるのは、止めるだけではないはずだ」


 俺にできること。それは……。


「瑠奈といいお前達といい、本当に……お人好し、だな」


「友達に力を貸すことをお人好しって言うなら、オレはそれでいいぜ?」


 浩輝の言いように、俺は思わず苦笑する。……そうか、そうだな。彼らはそういう奴らだった。友達のためにUDBの眼前に突っ込むことができるような、そんな子供たちで……俺の、自慢の教え子だ。


「……一つだけ、約束しろ」


「何だよ?」


「絶対に、全員で帰ってくる。それを達成するために、力を尽くすことだ。……いいな?」


 我ながら、馬鹿らしいほどの感情論。だが……感情論も悪くない。今はそう思う。


「それなら、何も問題はねえよ。俺はまだ死ぬつもりなんざさらさらねえし、みんなを死なせるつもりもねえ。そうだろ? みんな」


 海翔は振り返って二人にも確認をとる。浩輝も蓮も、彼の言葉にしっかりと頷いた。


「へへっ、心配すんなって、オレらが揃ったら、怖いものなんてねえぜ!」


「約束できるよ。おれ達は、またみんなでここに戻って来るって」


「……そうか」


 俺の中に、いろんな感情が湧き上がってくる。彼らを巻き込んだ罪悪感。彼らを守り抜くという決意。そして……言葉では表現出来ない程の、感謝、嬉しさ。彼らと出逢えて、本当に良かった。


「で……ルナ。何か言うことねえのか?」


「…………」


「いっつも自分で何とかしようとしやがって。ほんとに大変な時ぐらい、ちょっとぐらい相談しろよな?」


 それは、過去の話も含んでいるのだろう。いじめの被害に遭っている時、瑠奈はひとりで抱えた。それはきっと、彼らからしてみたら、今でも残る後悔のひとつになってしまっている。


「たまには恩返しさせろよ。辛い時は、オレにも少し分けろ。支え合ってこその友達、だろ?」


 彼は瑠奈に向かって言いながら、ちらりと俺のほうも伺った。お前も一緒だ、とでも言うように。


「オレたちに隠し事なんてするなっての。寂しいんだぜ、そういうの?」


「……うん。ごめん、コウ」


 そして、彼女は俺にしか聞こえないぐらい小さな声で言った。ありがとう、と。


「へへっ、じゃ、行くか?」


 これから向かうのは、険しい道になるかもしれない。それでも、みんなが一緒なら……不思議と、何とかなる気がした。


「なら、俺たちはここまでだな」


「ガル、誠司。みんなのこと、頼んだわね」


「ああ。任せておけ!」


 慎吾、そして楓。俺は、あなた達と家族でいられたこのひと月を、誇りに思う。願わくば、帰ってきた後も……また、俺を息子として受け入れてほしい。


「みんな、絶対に帰って来いよ! それと……困った時は呼べ。すぐに駆けつけてやるから!」


「心配するな。みんな、俺が守り抜いてみせる」


「お前は、こっちに何かあった時に頑張ってくれ。信頼してるぜ?」


 暁斗はやはり、自分だけ残る事に負い目を感じているようだった。彼のためにも、一日も早く、全てを終わらせないとな。


「お父さん、お母さん、暁斗。行ってきます!」


「ああ……元気でな」


「行ってらっしゃい、みんな!」


 俺たちは、三人の見送りを受けながら、飛行機の搭乗口に向かった。



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